あいつは根っからの心配性だ
肩にタオルをかけ、悠夜は浴室から出てきた。
母屋に戻った時に紗也夏からシャワーを浴びてくるようにいわれたのだ。一緒に戻ってきた仄はそのまま紗也夏の朝食作りの手伝いをしている。
廊下を歩きながら熱い湯を浴び、アルコールもすっかり抜けて頭の中もクリアになったことを感じる。
そしてふと先ほどの仄の力を思い出す。
白き浄化の力。そしてその強大さ。仄の能力はあんなにも高かっただろうか。それは廃墟ビルの一件でも感じた。発展途上中といえば聞こえがいいが、それにしては仄の体が追いついていっていない。
予想以上の仄の能力に悠夜も思案する。何か策が必要かもしれない。そう思った。
※※
朝食を食べ終わったあと、悠夜と仄と朋樹は要に呼ばれて離れの一室にいた。
要は肘掛の坐椅子に片肘を付きながら悠夜を見た。
「悠夜、酒は抜けたか」
「……おかげさまで」
涼しい綺麗な顔で尋ねる屋敷の主に悠夜は力のない笑顔を返す。彼に二日酔いの気はない。いつも通りの切れ長な瞳に紺色の生成りを着こなしている。そう。いつも通りだ。それは側近の紗也夏も変わらなかった。二人ともざるなのだ。悠夜の反応に要は小さく笑いながら持っていた紙を朋樹に向ける。
「トモ、資料を二人に配れ」
要に言われ、朋樹は資料を受け取ると悠夜と仄に渡す。三人が資料に視線を落としたのを見て要が説明を始めた。
「妖影が複数出現している報告を受けている。可能な限りの封印と原因を調べてきてほしい」
記された場所は屋敷からそんなに遠くはない。それよりもひっかかるのは……複数?
妖影は通常単体で動く。仲間意識など皆無で共に行動を取ることはない。
崇王奏十が関わっているのだろうか。ただ、霊場的地場があれば自然と引き寄せられて集まることがある。どちらにしろ確認が必要なようだ。
「わかりました。見てきます」
年長者の悠夜が自動的にリーダーになる。悠夜が立ち上がると朋樹もそれに続く。しかし仄は座ったままだった。
「仄?」
悠夜が声をかけると、はっとして仄は慌てて答える。
「悠夜さん、先に行っててください。すぐに行きますから。……少し、要さんとお話させてください」
「なんだ? やはり気が変わってウチに来る気になったか?」
面白そうに瞳を細めると「ちがいます~!」と仄がすぐに否定をし「また振られたな」と要はくすくす笑いながら悠夜を見る。
「悠夜、しばらく二人にしてくれ。心配するな。捷が拗ねるようなことはしない」
そう言われては悠夜も何も言えない。では、と朋樹を促して部屋を出て行った。
襖が閉められ要と二人きりになった仄は少し固い表情で要を見た。そんな彼女を要は穏やかに見据える。
「悠夜に聞かせられない話、ということは『例の件』のことか?」
神影の奥深いところまで知る彼は仄が言いたいことをすぐに察したようだ。仄はこくりと頷く。
「すぐに出た方がいいのか?」
「……いえ、そこまで急ではないのですが、近日中には少し様子を見に行きたいです」
「わかった。こちらのことは気にしなくていい」
「ありがとうございます」
要からの了承の返事をもらい、仄の表情が和らぐ。要は肩を竦めた。
「おまえも気苦労が多いな」
「そんなことないですよ。悠夜さんなんて年中人の心配していますもん」
「それは言えているな。あいつは根っからの心配性だ」
今しがた出て行った優秀な術者を二人で笑う。ひどい言われようだ。緊張が解けた仄に要は言った。
「仄、何かあれば私か捷にすぐに言うんだぞ」
要の言葉に仄は瞳を見開いたがすぐに柔らかな笑顔を見せる。
「……はい」
小さく返事をした。
玄関を出たところで悠夜と朋樹が仄を待っていた。天気は晴れ。明るい陽射しに心地よい温かさを感じる。朋樹が悠夜に話しかけた。
「チビは連れて行かなくてもいいんじゃないのか」
朋樹の言いたことはわかる。妖影の確認に行くのは勿論危険なことだし、屋敷なら要がいる。ここにいる方が安全かもしれない。しかし……。
「仄が納得しないからね」
大人しくしている娘ではないのだ。朋樹が苦虫を潰したような顔になる。
「藤真さんも要も紗也夏も、みんなあいつに甘すぎるぜ」
「じゃあ、朋樹は留守番で残れる?」
「絶っ対、嫌だ!!」
図体はでかいがまだまだ若いこの少年はとにかく血の気が多い。そして彼は強くなることにどこまでも貪欲だった。実践の経験を積めないのは彼にとってストレスでしかないのだ。悠夜は苦笑した。
「頼りにしているよ、朋樹」
「俺が全部蹴散らす!!」
それだけが目的ではないのだが。だがまあ、やる気があるのはいいことだ。
「すみません。お待たせしました」
仄が出てきた。手には護符を数枚持っていた。
「要さんが捕獲できそうな妖影がいれば仮印してくるようにと言ってました」
「……俺、加減できねえぞ」
渋い表情の朋樹に仄はジロリと見る。
「なんでも封滅させればいいってものじゃないよ、相原くん」
「ああ?俺は封滅専門なんだよ」
「それは単に自分の力が制御できていないってことでしょ」
指摘され、カッとなった朋樹は言い返そうとしたが、
「――――わたしも人のこと言えないけどね」
彼女らしくない冷えたその声に朋樹は言葉を飲み込んだ。
「仄……」
悠夜が気遣うように声をかけると、仄はにこりと笑った。
「行きましょう。悠夜さん!」
普段の明るい声。仄は屋敷の敷居に向かって歩き出す。悠夜と朋樹は互いに視線を合わせたが何も言えなかった……。




