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幻葬記  作者: ことは
第15話:神景
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はい。とても綺麗です

沙也夏(さやか)さん!」


 女性を誰かを認識すると、仄は今まで怒っていた顔からぱっと明るい顔になる。

 沙也夏と呼ばれた女性がこちらへ近づいてきた。

 和服を上品に着こなす綺麗な女性だ。

「仄、久しぶりですね。元気にしていましたか?」

「はい! 沙也夏さん」

 仄は嬉しそうに沙也夏に寄る。沙也夏はにこりと仄に微笑みかけると、悠夜を見た。

「悠夜も久しぶりですね」

「お久しぶりです。沙也夏さん」

 悠夜は頭をさげて挨拶をする。

「んだよ、沙也夏。話の腰を折るなよな」

 機嫌悪そうに朋樹がぼやくが、沙也夏は澄ました顔だ。

「朋樹、あまり粗暴な態度をとるは慎みなさい。要様の品格が疑われます」

 隙のない顔でピシャリと言われ、朋樹は舌打ちした。

「仄、一緒に離れに行きますか?」

「離れ? わたしも行っていいんですか?」

 首を傾げて聞く仄に沙也夏が頷く。

「今からお茶を出しに行く所なんですよ。要様も貴方の顔を早く見たいだろうし、一緒に行きましょう」

 そう言われ、仄は悠夜を見る。

 今は仄と朋樹を離した方がいいな、と悠夜は思った。おそらく、沙也夏もそう思ったのだろう。

 悠夜が頷くのを確認すると、仄は嬉しそうに沙也夏について行ってしまった。


 二人がいなくなってから朋樹はボソリと声を発した。

「……藤真さん、なんでチビが『術者狩り』に入ってんだよ」

 その顔は苦々しい顔だった。

『術者狩り』は危険なんじゃないのか。なぜ咲宮仄が入っているんだ。そう言いたげだった。

「要さんから聞いてない?」

「まだ詳しくは……」

「そうか。じゃあ俺から少し説明するよ」

 悠夜はそう言って穏やかに笑った――――……。



 気のせいだろうか。離れは空気が澄んでいるように感じる。仄は沙也夏の後ろにピタリとくっつきながらそう思った。

 

「要様、お茶をお持ちしました」


 沙也夏が部屋の襖の前で膝をつき声をかけた。了承の返事はなく、代わりに中に居る者によって襖が開けられた。

 姿を現したのは黒い生成りの和服を着たこの屋敷の当主、――――神景要。捷によく似た雰囲気と美貌を兼ね備えた人物だった。

「沙也夏、茶はいい――仄?」

 要は沙也夏に言いながら、後ろにいた仄に気づいた。仄ははにかむように笑いながら要に頭を下げて挨拶をする。

「よく来たな。待っていたぞ」

 要の目が優しげに細められた。その時、部屋の中からまた声が聞こえてきた。

 

「では、これで失礼します」


 部屋からはスーツ姿の男性が一人、出てきた。優しげな顔の青年。この人物が先程、朋樹が言っていた『神景』一族の者か。仄も初めて見る人物だった。

 青年は廊下で自分を見上げる仄を見ると、にこりと笑った。

 

「初めまして。神景響(みかげきょう)と言います」


 やはり青年は『神景』一族の者だった。慌てて仄も頭を下げる。

「初めまして。捷さんの所でお世話になっています、咲宮仄です」

「捷さんの? そうですか。また会うこともあるでしょうから、これから宜しくお願いします」

「はい。こちらこそ、お願いします」

 響は仄との会話をそこそこに、要に挨拶を済ませると「見送りはいいです」と、離れの玄関へ向かって去って行った。

 仄は青年の後ろ姿をじっと見つめた。……うまく言えないが、何か彼に惹かれるものを感じる。

 ――――頭で考えるより体が動いた。

「お見送りしてきます!」

 要と沙也夏へ向かって早口に言うと神景響の後を追った。後ろで要か沙也夏か、それともどちらもだったのか、声をかけられたような気がしたが、仄は追いかけるのを優先させた。


 玄関では響が靴を履き終えて外に出ようとする所だった。

「響さん!」

 仄の声に響が振り返る。その顔は少し驚いているようだった。

「どうしたの?」

 年下の仄と二人きりのせいか、響の言葉使いは幾分くだけていた。おそらくこれが本来の彼の話し方なのだろうと感じる。

「えっ……と、やっぱりお見送りに来ちゃいました」

 焦りながら仄は言葉を探す。

 本当はもう一度、きちんと見てみたくて……とはさすがに言えなかった。響が笑う。

「見送りはいいって言ったのに。……でも、ありがとう」

 笑う響を仄はじっと見る。段差の上にいる仄が僅かに響を見上げる状態。自分を見てくる仄の顔を覗き込んだ。

「なんだい?」

「……響さんの瞳って……何だか不思議ですね」

「……そうかな?」

「はい。とても綺麗です」

「ありがとう」

 響はにこりと笑う。その笑顔に仄ははっとした。

「す、すみません。初対面の人に対して、こんな事を言って」

「別に気にしないよ。俺も嬉しかったしね」

 恐縮する仄に響は本当にくだけた話し方をする。

「さ、そろそろ要さんの所に戻った方がいいよ」

「あの、……また会えますか」

 仄の言葉に僅かに響は瞳を見開いた。しかし、すぐに穏やかな笑みを浮かべる。

「そうだね。すぐに、また会えるよ」

 仄が嬉しそうに笑うと、響はその頭を優しく撫でた。

「またね」

 それだけを言うと、仄に見送られながら響は今度こそ離れを後にした。



 敷居を出た所で神景響は一度振り返り、今出てきた建物を一瞥する。

 ――――顔は相変わらず穏やかな笑み。

 踵を返し歩みを始めながらネクタイを軽く緩めた時、声をかけられた。


「会えたのか?」


 一言の問いかけに、神景響は声の主に対して、にこりとだけ笑う。その顔を見て、問いかけた男は眉をしかめた。

「満足そうな顔しやがって。お前今、すごい顔だぞ」

 男の悪態にも響は笑顔を絶やさない。よほど上機嫌らしい。


 ――――日が傾き始めていた。

 空は夕日と交代するように、月がほんのりと輝いている。夜の闇に支配されれば、その輝きは一層増すことだろう。

 響は月を軽く見ると、無造作に両目を何かで覆う。――――その瞳を覆ったのは夜の世界には相応しくない……サングラス。機嫌が良いまま、サングラスをかけた響は男に言った。


「帰ろうか、奏十(かなと)


 それだけ言うと、神景響と崇王奏十(すおうかなと)の二人の男の影は夜の闇へと消えていく――――……。


 月が先程よりも美しい輝きを放ち出していた――――……。



神景 end.


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