少し気にかけてほしい。危うい子だから
仕事の引き継ぎや体制を整えること数日――――。
朝、身支度を整え、リビングのガラステーブルに置いてある携帯電話を取ろうとした時、藤真悠夜は昨日の電話のことを思い出した。
昨夜、自宅にいる時、一本の電話がかかってきた。
その相手は――――。
『悠夜、今大丈夫?』
神景総帥側近、咲宮昴琉からだった。
「はい。大丈夫です」
『悪いね。こんな遅くに』
そう言われて部屋の掛け時計を見やると、時刻はまもなく1時を指そうとしていた。
「俺はもう家なんで。昴流さんの方こそ、まだ仕事中じゃないんですか」
悠夜が逆に指摘すると、電話の向こうで苦笑が聞こえた。
『まあ、そうだね。少し残業中かな』
おどけた返事が返ってくる。深夜1時で少し、か……。側近の彼は抱えている仕事も膨大なのだろう。
「あまり無理しないでください」
『これでもまだ若いから、平気だよ』
おどけてはぐらかせようとする昴琉に悠夜は続ける。
「仄も心配しますよ」
『……仄かぁ。ああ、うん。そうだね。気をつけるよ』
かわいい従妹の名を出され、そしてその言葉に「言いつけるぞ」の意味が含まれていることが読み取れ、昴琉もやや神妙になる。
『でも、君だって引き継ぎで忙しいだろう』
悠夜が『術者狩り』の黒幕を追うメンバーに入っていることは本家にも伝わっているようだ。
「将護さんがしばらく本部にいてくれるので大丈夫です」
『そうか。よかった。……あと、仄も『術者狩り』のメンバーに入ったんだね』
「……はい」
『少し気にかけてほしい。危うい子だから』
小さな体に宿す大きな力。神景捷も昴琉も危惧している。
携帯に耳を傾けながら悠夜は頷いた。
「はい」
『任せるようなことをさせて悪いね。僕もなるべくフォローするから』
「仄の心配もわかりますが、昴流さんはもう少し自分の体を心配してください」
『それは悠夜も一緒だろう?』
釘を刺したつもりが、まさかの反論をされてしまった。
一瞬、返答につまったが笑顔で返す。
「俺は平気ですよ。若いですから」
『はは。心強いね』
今しがた自分が使った台詞を使われ、昴琉は笑った。
『ああ。ダメだね。すぐ切るつもりが悠夜と話すと、いつも長話になってしまうよ』
「俺は別に構いませんが」
『いやいや。仕事がたまるのは困るから、本題に入るよ』
多忙の咲宮昴琉が電話をかけてきた理由。
悠夜の表情も真顔になる。
『崇王奏十の件は聞いているよ』
受話器を持つ手に力が入る。
『ただ今の所、実際にその姿を見たのは、君と将護さんだけだ。他の支部からの確認は取れていない。だけど、捷さんからの話を聞いている限り、僕も『術者狩り』にからんでいると思う』
それから、と昴琉は続ける。
『この前に会った時に、妖影に力を加えている者がいるって話をしたけど、それに該当する人物がいることも聞いてる』
石を製作している術者のことだ。だが、この男の姿は目視できていない。
『随分強い力を持っている術者のようだね』
「そうですね。……あの、昴流さん」
『ん?』
「製造された石があれば、昴琉さんなら作った術者を見つけられますか?」
『ああ、波動を追うってこと? できないことはないけど、でもそんなことで足がつくようなヘマはしないと思うよ』
術者の力が凝縮された石は廃墟ビルの時のみ。他の件の石は妖影が封じ込められていたものだ。
そして、廃墟ビルの時の石はその場ですぐに消えてしまった。
なるほど。昴琉の言う通りだ。そんな簡単に尻尾を出すような相手ではないようだ。
「変なことを聞いてすみません」
『そんなことないよ。可能性はどこにあるか分からないし。その『石』が手に入った時は見せてほしいよ』
「はい、わかりました」
要件も終わり、そろそろ切る時だろうか思ったが、昴琉は少し、声を落としてさらに話を続けた。
『悠夜』
「はい?」
『最近、そっちで何か変わったことはないかな? ……気になることでもいいんだけど』
随分と抽象的な聞き方だ。崇王や術者狩りの件でないことぐらいはわかる。悠夜は困惑した。
「すみません。俺は特には……」
『いや、何もないんだったらいいんだ』
なんだろう。ひっかかる物言いだ。
「昴流さん? 何か起きているんですか?」
『ああ、ごめん。本当に深い意味はないんだよ。ちょっとイレギュラーなことが多く起きているから大丈夫かな、と思っただけなんだ』
「捷がいるので、大丈夫ですよ」
『……うん。そうだね』
昴琉は少し間をあけ、小さく相槌した。
『じゃあ、そろそろ切るよ。仄のこと頼むよ』
「はい」
――――それが昨夜の話。
電話を切った後に、仄が何か動いていることについて聞けばよかったと思ったが、捷からの仕事ならそう懸念するものではないかと思い直した。
悠夜は携帯電話をジーンズポケットに入れると部屋を出た。
早朝の外は天気が良く日差しが心地よかった。




