君になら任せてもいいかな
――――深夜。
夜空では満月が仄かに輝いている――――……。空も地上もすっかりと夜の静けさで覆われていた。
その闇に溶け込むように男が一人、廃墟ビルの前で佇んでいた。
辺りに人の気配は感じられない。男は不気味な雰囲気を漂わせるビルを見据えた。
建物の中に入る気配はない。その必要はなかった。何故なら、何があったのか男は知っていたから。
そう。崇王奏十は知っていた。
「派手にやったもんだ」
奏十が呟く。
「そうかな? 手始めとしてはこんなものだと思うけど」
呟きに対する返答があった。奏十は声がした後方へと視線を向ける。
――――そこにはサングラスをかけた青年が立っていた。
ほんの数秒前まで人の気配など全くなかったのに……。だが奏十は別段、突然現れた青年に驚くこともなく、それどころか呆れた声をあげた。
「おまえな、いい加減夜にサングラスかけるの止めろよ」
「これはもう、クセみたいなものだよ」
青年は奏十の苦言を気にすることなく受け流す。奏十が溜め息をついてみせると、青年は笑った。
「それより奏十、他の『神影』の方はどう?」
あっさりと話題を変えられてしまい、奏十は肩を竦める。
「まぁ、何人か骨のあるヤツはいたな。使えるようになるかはこれから次第だ」
「そうなの。でも一番はやっぱり『藤真悠夜』なんだろう?」
「まーな。あいつは別格だな」
「そうだね。彼は強くなるよ。もしかすると、君より強くなるかもしれないね」
青年の、いくらか挑発とも感じさせる発言に奏十は不敵な笑みを浮かべる。
「だったらいいんだがな」
その態度に今度は青年の方がやや呆れたようだった。
「嬉しそうだね。もっと危機感持ったら?」
「なんでだよ。強くなった悠夜と戦えたら面白いじゃねぇか」
愉快に笑う奏十に、青年は「これだから戦闘馬鹿は……」と冷ややかに一瞥しながら、ついでにと忠告をする。
「せいぜい返り討ちに合わないようにするんだね」
「そういうお前こそ仄にやり込められるなよ」
忠告を忠告で返され、またその内容に、青年は意外な顔をした。
自分が? 咲宮仄に? ……静かに薄い笑みを浮かべる。
「それは面白いね……」
クスクスと楽しそうに笑う青年に、奏十は「人のこと言えねーじゃねーか」とぼやく。
一頻り笑うと、青年は奏十へと声をかけた。
「そろそろ戻らない? カケルが待っているよ」
「お子様はとっくにおねむの時間だろ」
「待ってるよ。久しぶりに君に会えるから眠れないみたいだ」
「んだよ。小さなガキかよ」
顔をしかめ悪態をつきながら、奏十は踵を返す。どうやら帰る気らしい。青年は奏十の行動にサングラス越しに目を細めた。
「……優しいね、君は」
「俺は女、子どもと年寄りには優しいぜ」
青年の独り言のような呟きに奏十は殊勝な顔で答える。自分でよく言う。青年は肩を竦めながらも、何か納得しているようだった。
「まあ……確かに、君になら任せてもいいかな」
「ああ。まかせとけ」
どこか含みのあるいい言い方にも奏十は迷いのない返事をする。
そして、その青年の言葉と奏十の返答こそが『次に』彼らが起こす行動への合図でもあった――――。
夜空では一瞬、満月が風に流れてきた雲に覆われ、空も地上も闇に支配される。
再び満月が顔を覗かせ、空と地上を照らした時、先ほどまで地上に立っていた二つの影はすでになかった――――……。
……そこに残されたのは真の静寂のみ……。
***
神景本家に向かった神景捷がその日の内に本部に戻ってくることはなかった。
翌日、ボスが不在の中、術者たちは各々の業務をこなすこととなった。
本部四階の斎場では廃墟ビルで捕らえて仮封印をした妖影の『汚れ』を祓うため、浄化能力を持つ志織が浄化を執り行っていた。サポートとして将護と由姫がついている。
「なかなかの大物ね。仄もよく仮印できたものだわ」
志織は祭壇の上に置かれた札に手をかざしながら浄化を進める。妖影が暴走しないように将護と由姫が地場を固めて動きを封じていた。これで志織は浄化だけに集中できる。
「時間がかかりそうですね」
浄化の変化を見ながら由姫が言う。将護はいつも通り無言で祭壇を見続けていた。志織は焦った様子もなく落ちついている。
「まあ、じっくりいきましょう」
そう言って勝気な笑みを見せた。




