……ろくなもんじゃないですよ
早朝本部。藤真悠夜は自分の席で考え事をしていた。
「悠夜、眉間に皺」
同僚の浅木志織に注意される。はっとした悠夜は一言、すみませんと苦笑いした。
志織も書類の整理で朝早くから来ていた。
「あんまり考えてばかりいると、老けるわよ」
「俺、まだ19ですよ」
「だったらもっと若者らしくいきいきした顔なさい。辛気臭い」
「……すみません」
辛気臭いとまで言われ、悠夜は眉をさげながらもう一度謝った。心配させているのは十分に分かっているのだ。ただ、どうしても気になってしまう。
あの男……。謎の男、崇王奏十。
涼しい顔をしながらも瞳の奥に宿しているのは狩る者の目だった。
「わたしも会ってみたいな、その崇王って人」
「……ろくなもんじゃないですよ」
興味を持った志織に悠夜は苦言を呈する。
「そうかしら? 人にあまり執着しない悠夜を悩ます相手よ? 気になるわよ」
志織の言葉に悠夜は僅かに目を見張った。……つくづくこの年上の同僚は人のことをよく見ている。
困ったような顔で悠夜は笑った。
「ひどい言われようですね」
「年を取ると目も肥えてくるのよ」
余裕な顔で志織はにっこり笑顔で悠夜を見る。その顔はまるで、誤魔化せないわよ、と言われているようだ。
その時、静かな朝の雰囲気を壊すように勢いよくドアが開いた。
「ういっス!」
元気な声で入ってきたのは相模陽絽だった。口々に悠夜と志織も返す。
「おはよう、陽絽」
「おはよう。こんなに早いなんて、珍しいわね」
「んー、何か目が覚めてさー。体、動かしたくて走ってきたら、早く着いたんだよ」
そう言いながら、陽絽は自席ではなく、大型テーブルの方の椅子を引くと、どかっと座った。
「由姫は今日は休みだよな。あれ? そういえば仄って帰ってないのか?」
久しく姿を見ない仲間のことを聞く。ああ、と志織も頷く。
「そうね。そういえばまだみたいね」
「長くね? 何の任務なんだ?」
「さぁ……? 捷も教えてくれないし。ただ『おつかい』って」
「おつかい?」
「そう捷が言ってたわよ。なんか任務というより、捷の私用で行ってるみたい」
「はあ? 何だそれ」
わけわかんねー、と陽絽がぼやく。確かに長いな、と陽絽と志織の会話を聞きながら悠夜も思った。ずいぶんと長い『おつかい』もあったものだ。
と、再びドアが開いた。
「おはようございます。朝から騒がしいと思えば、陽絽、来てたんですか」
これは珍しい。雨でも降るのでしょうか、と朝から毒舌絶好調のボス、神景捷が入ってきた。陽絽はぶすっとした顔をしながらも渦中の人物のことを聞く。
「うるせー。俺だってたまには早く来るんだよ。それより捷、仄いつ帰ってくんだよ」
「そうですね。今日か明日には戻りますよ」
「ほんとか? 俺、あいつとケーキバイキングに行く約束してんだよ」
陽絽が言った瞬間、志織が「あっこの馬鹿」という顔をした。
「…………いつ、そんな約束をしたんです?」
静かに笑みを浮かべながら、捷が聞いてきた。やべ、と陽絽も自分の失態に気づく。
「い、いやっ、あいつが任務前に、季節限定のバイキングがあるから行きたいって言ってて、だからっ」
「ほう? それで行く約束をしたんですね」
しどろもどろに答える陽絽を、威圧をまとった笑顔で尋問する捷。
溺愛してやまないお気に入りの子の知らぬ間に男との約束など、易々と見逃してなるものか。捷は笑顔を崩さずに、
「それ、僕も行きたいです」
「な、なんでだよ! お前、甘いの食べないだろ!」
「まさか。好きですよ。好きになりました」
「ウソつけー!!」
「大勢の方が楽しいですよ。志織と悠夜も行きましょう」
爽やかな笑顔を放ちながら、どんどん人数が増量していく……。
「考えておくわ」
「……俺も」
ため息をつく志織と、肩すくめる悠夜は無難な受け答えをした。ふざけんなー! と陽絽は大声でわめいた。
「ケーキバイキング楽しみですねー。では、元気な陽絽君に、お仕事を差し上げましょう」
終始笑みを絶やさないボスが追い討ちをかけるように仕事を押しつけてきた。
「鬼っ! お前は鬼だー!」
踏んだり蹴ったりの陽絽は悪態をつく。
「はいはい。鬼でも何でもけっこうです」
軽く受け流しながら、手に持っていた資料を渡す。
「人と同化が完了した『妖影』です。封じてきてください」
「……」
陽絽は資料を乱暴に取り、黙読する。その目はすでにプロの目だった。
「ストレスを発散してくるといいですよ」
「誰のせいだよー!」
悪びれもせずに言う捷に、陽絽はまた噛みついた。どうやら内容は理解したようだ。
「陽絽、気をつけて」
悠夜が声をかけた。ニ、三度首を回しながら、「おうっ」と陽絽は応える。
「あまり、周りの物を壊さないでね。つい最近も電柱折ったでしょ」
「志織姉……なんでそれ、知ってんだよ」
「由姫から聞いたのよ。一帯が停電になって大変だったって言ってたわよ」
「あいつっ! 喋りやがったなー!!」
喋んなって言ったのに! と、ふてくしながら陽絽は出ていった。
先日の報告書が遅かったのは始末書も一緒に書いていたからだろうか、と思いながら悠夜は見送った……。
「さて」
嵐が去ったのを確認すると、捷は悠夜の方へ向いた。
「悠夜、少し話があります。僕の部屋に来て下さい」
……その言葉に悠夜は僅かに表情を固くし、無言で頷いた




