必ず助けるから
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やはり、というべきか、午後の授業へ出ることはなかった。あの電話の後、由姫と惠は学校を出て落ち着いた雰囲気のカフェに場所を移していた。
由姫の様子から誰かを待っているようだった。しばらくして店のドアが開いた。入ってきた人物はこちらの席へと真っすぐ近づいてくる。
「こんにちは」
目の前に立つ人物に惠は声を失くした。その人はまさしく昨日、自分のブレスレットを褒めてくれた人だったからだ。
「藤真悠夜といいます」
固まったままの惠に対し、一言挨拶をすると、悠夜はブレスレットへと視線を移した。
「……昨日とはずいぶん違う色になったね」
静かに言う悠夜に、惠はハッとして自分の左手首を見た。
――――薄緑色だった石は黒く沈んだ色になっていた。そう。まるで夢で追いかけてきた、あの黒影のように……。
「……何これ? どうして……?」
石の色の変化に惠は動揺を隠しきれない。焦りを見せる彼女の正面に座った悠夜が口を開いた。
「まずは学校を抜け出すようなことをさせて、すみません」
最初に出たのは謝罪の言葉。そして、
「でも、君の命に関わる事なんだ」
『命』という言葉に惠は戸惑う。普段あまり意識しない言葉のため、いまいちピンとこない。
いつもだったら「何それ~?」と笑ってやり過ごす所だが、悠夜も彼の隣に座る由姫も真剣な顔をしていて、とてもそんな空気ではなかった。
何より惠自身、生命の危険なら感じていた。今朝の夢で。たかが悪夢。しかし惠は今でもしっかりと覚えている。
命を取られそうになる恐怖を――――。
「脅かすつもりはないんだ」
黙り込んだ惠に悠夜は声をかけた。
「でも命が危ないのは本当のことだよ。原因は、そのブレスレットなんだ」
「……これ?」
悠夜に指摘され、惠は自分の左手を持ち上げる。今は随分と色が黒くなったストーンブレスレット。
「そのブレスレット、今すぐ外した方がいいですよ」
黙っていた由姫が口を挟んだ。
「え? でもこれは……」
幸運のブレスレットだから、と言おうとした時、また手首に痛みが走った。
「いた!」
思わず声をあげてしまう。先ほどより確かな痛み。
惠の苦痛の声と同時に、悠夜はテーブルの上に置いていた自分の右の人差し指の先でテーブルを静かにトン、と叩いた。
――――瞬間、手首の痛みが退く。
どうやったのかは全く分からない。だが、目の前にいる藤真悠夜が何かをしたのだというのは惠にもわかった。
「痛む?」
惠の顔を覗き込むように悠夜が聞いてきた。
「大丈、夫です」
近い顔にドキドキしてしまい、思わず惠は顔を後ろに退いてしまう。
「滝島さん、そのブレスレットは危険です。外してください」
由姫がもう一度忠告した。
「でもっ、これはわたしにとって大事なものなの。だってこれは……」
「幸運のブレスレットなんかじゃありませんよ」
まさに今、自分が言おうとした言葉を言われて、惠は唖然とした。しかも由姫は『幸運のブレスレット』をきっぱり否定したのだ。
「それは、妖影の力です」
「あやかげ?」
聞きなれない単語に惠は眉をひそめる。
「じゃあ、まずはそこから話そうか」
悠夜は言葉を引き取ると、不安と緊張で混乱している惠に分かるように、ゆっくりと話し始めた……。
妖影は人の心の隙を狙って、体を乗っ取ろうとする妖怪。
惠は今、その妖影に憑かれているのだと悠夜に説明された。これまでの『幸運』は妖影の力によるもので、喜んで気が弛んだ惠の心の隙を狙っているのだと。
惠は黒影に追いかけられてきた今までの悪夢の話をすると、それが妖影の本体だと教えてくれた。
悪夢を見たり、体に痛みが走るのは、妖影からの生命危険を無意識に感知している場合が多いのだが、普通の人間はそれがなんなのかに気づくことはない。
惠だってそうだ。まさか幸運のブレスレットだと思っていた石が、悪夢の原因など微塵も思っていなかった。
「幸運のブレスレットなんてあり得ません」
由姫が断定する。確かによく雑誌の広告に似たような宣伝文句で販売されているのを見るが、それを信じたことは惠もなかった。
努力も何もしないで、良いことなんて起こるはずがない。
分かっていたのに、ちょっと自分の願いが叶うとそんな気持ちなど簡単に崩れてしまう……。
人間とはなんと心の弱い生きものなのか――――……。
惠は楽をして幸せを得ようとしていた自分がとても恥ずかしいと思った。
それから一度深呼吸をすると、意を決してストーンブレスレットを勢いよく抜き取る。
「お願いします」
決意のこもった顔で悠夜へと差し出す。
「ありがとう。必ず助けるから」
そう言って悠夜が受け取った。――途端にブレスレットが黒い光を放つ。
まがまがしい黒い光。黒い影、と言ってもいいのかもしれない。
悠夜はそれを見据えると、手に納まったブレスレットを握り締める。……やがて黒い光は打ち消された。
石が光らないことを確認すると悠夜は自分の上着のポケットへしまった。由姫はそれを静かに見守っていた。
惠はというと、何が起こっているのか全く分かっていなかった。
ただ、悠夜がブレスレットを握り締めたと同時に、急に体が軽くなった感覚に陥って驚いた。
「もう大丈夫だよ」
悠夜の言葉に、自分には何も見えなかったが、彼がどうにかしてくれたのは理解できた。
手首が痛くなったらそれを止めてくれたり、今だってブレスレットを渡した途端、体が軽くなったり……。
藤真悠夜はほんとに不思議なことをする人だと惠は思った。
「あのっ、うまく言えませんが、体がすごく軽くなりました! ありがとうございます!!」
頭を下げ礼を言う惠に、どういたしまして、と悠夜は笑顔を向けた。




