少々時間がかかりそうです
ウェイターが立ち去るのを待ってから、悠夜から聞いた。
「本家で何かありましたか?」
「いや、そうじゃないんだ。妖影のことなんだけど」
「妖影?」
「最近、強い妖力を持ったのが度々報告されている」
悠夜の瞳が細められる。
「……それは、式になるくらいのですか?」
「そこまでのは稀だけどね。神器鏡の件は聞いてるよ」
先日の一件はやはり本家まで伝わっていたか。
「式になるくらいの妖影は、その個体そのものに強い妖力を備わっているんだけど、報告を受けている妖影はそうではないんだ」
悠夜は黙って聞く。
「どうやら、外部から力を加えられているようなんだ」
……。それはつまり……。悠夜の思考が一瞬で「そこ」に行きつく。
「術者の中で妖影に力を与えている者がいるってことですか」
一気に空気が張りつめる。昴琉は表情を崩さず、悠夜を見ている。それからその空気を消すように、一度小さく息をはいた。
「確証はまだないんだ。今調査をしているよ」
「……でも、妖影に力を与えるなんてこと、できるんですか」
自分で言っておいてなんだが、そんなことが本当に可能なのか疑ってしまう。
「できないことはないよ。それなりに知識と技量があればね」
思いのほか、あっさりと昴琉は認めた。あっさり認めたことと、彼が言った言葉に悠夜にまた緊張が走る。
「高度な技術をもった術者が、意図的にやってるんですね」
悠夜の確認に、昴琉は頷いて肯定した。
とんでもない話だ。
「俺も調べたらいいんですね?」
自分にその話をしてきたということは、そういうことなのだろう。
悠夜としても、放っておくことなどできない事例だ。
昴琉は眼鏡の奥の瞳をふわりと笑った。
「君の察しのいいところは、いつもありがたいと思ってるよ。でも、無理はしないように」
「はい。この件のことを、捷は知っているんですか」
「一応この間の会合でね。だけど、不確定要素が多いから、多分、捷さんも情報を集めている途中だと思うよ。話してもらうのは問題ないから」
「わかりました」
悠夜の了承を確認すると、昴琉は伝票を取って立ち上がった。
「それじゃあ、僕はそろそろ行くよ。久しぶりに会えてよかった。あ、ここのブルーマウンテンおいしいから、ゆっくり飲んでいって」
「ごちそうさまです」
「仄によろしく」
「はい。今度は仄も連れてきます」
「それは楽しみだな」
そう言うと、昴琉は会計をすませて出て行った。
昔、自分の分を払おうとしたら「僕は君よりお兄さんだよ?」とにこりと笑顔で言われて以来、悠夜が払うことは一切ない。
悠夜は緊張を解くようにソファにもたれて、一口珈琲を飲んだ。
少し冷めたブルーマウンテンはそれでも豆のうま味と香りを十分に感じさせるものだった。
※※
本部に戻ると、悠夜は執務室にいる捷のところへ向かった。
昴琉との話の内容を伝えると、捷は肩をすくめた。
「ずいぶん早く伝わってしまいましたねえ」
「捷も調べ始めたばかりだろうと昴琉さんが言ってました」
「そうですね。少々時間がかかりそうです」
身内に犯人がいる可能性が高いのでは慎重にならざる負えない。
「注意を促すために、近いうちに全神影一門の術者に向けて、妖力の増している妖影が出現していることは開示されます。でもそれ以上のことはまだ伏せておいてください」
「……捷も「中」を疑っているんですか?」
一門に属さない術者の可能性だってあるはずだ。
捷はそれには肯定も否定もしなかった。
「なんとも言えません。ただ、他の支部とも交流がある中で下手に疑心暗鬼になってもらうのは避けたいので、お願いします」
「……はい」
捷のいうことは分かる。仲間内で潰し合いにならないための措置だ。
「では、通常業務のお仕事です」
そう言って捷は悠夜に資料を渡した。悠夜は受け取ると目を通した。
「……石?」
「そうです。妖影が入り込んでます。調査と封印を頼みます」
「わかりました」
悠夜はしっかりと頷いた。
……いつも通りの業務。そう思っていた。
だがそれは闇歴史の扉を開く第一歩だった……。
ゆっくりと、だが確実に、漆黒の闇が悠夜に迫ってこようとしていた――――……。




