出雲国と大江山(2)と近江
八岐大蛇の物語は酒呑童子と比べると少しばかり知名度が高いに違いない。
酒呑童子は何者か?
この謎の一説に、『八岐大蛇の子』というものがある。八岐大蛇は出雲の国でスサノオノミコトに退治される訳だがその後、出雲の国から近江に逃れ、そこで子を成したというのだ。その子供が酒呑童子なのである。
父である八岐大蛇はスサノオの酒の罠に掛かる程の酒好きで、息子は名前に『酒呑み』とまである。私にその説を信じさせるには充分だった。八岐大蛇は神話の時代だが、酒呑童子が都を荒らしたのは平安、鎌倉時代。父も子も人ではないのだろうから――息子は人だったとも言われているが――そんな時代のズレは人ではありえない寿命とかその辺りで想像豊かな幼い私は片付ける。先の『大江山は大枝山の事』という話も、根拠が圧倒的に北部の大江山より強固であるにも関わらず、私の地元である北部の大江山こそ物語に相応しい地であると考えた。
出雲と近江。この離れた地が結びつく。遠く離れた地が実は自分と縁深いものだったという発見(この時点では大江山という山が出雲と無関係ではなかったというだけで、ここには私個人は関係していないのだが)。この楽しい妄想を補強する説を手に入れ、私は物語の中を進んでいく。
次の出雲と近江の関係は歴史に詳しい、特に室町、戦国あたり人なら知っている話かも知れない。いや、私より知っている人が多い筈で、ここでもまた『これは私の妄想です。しかも専門家でも何でもない素人です』と言い訳しておかねばならないだろう。
中国地方の戦国武将と言えば誰を思い浮かべるだろう? 何人か挙げる事が出来ると思うが、まず最初に挙げるであろう名は『毛利』、『尼子』のいずれかではないだろうか?
この両氏はどちらも中国地方を制覇した事がある。それこそ詳しくは無いので言える事は少ないが、尼子氏が最初に勢力を広げ、その後に毛利が力を付けて尼子を滅ぼしたという。
この尼子氏の『尼子』という名は近江の地名である、と私は聞いた。今の滋賀県に『尼子郷』という場所があったらしい。中国地方で特に知名度の高い尼子氏は、近江の出であったのだ。尼子氏の源流は近江源氏と呼ばれる佐佐木氏。歴史の時間に習ったような習ってないような南北朝時代の婆娑羅大名、佐々木道誉(高氏)の孫が『尼子』を名乗った最初の人だった。




