ハリガネムシ
僕の同僚には昆虫マニアがいる。昆虫飼育の王道、所謂カブトムシやクワガタなどの甲虫類は言うまでもなく、ムカデやヤスデなどの唇脚類、果てはサナダムシのような寄生虫も飼育しているらしい。彼はその中でもハリガネムシという虫が好きだった。一生の大半をカマキリやバッタなどの体内に寄生して生きる生物であるが、水生動物なので水の中であれば生きることは可能なのだとか。
その日、僕と同僚は仕事が終わって近くの居酒屋に飲みに来ていた。酒が進んで来ると、同僚はいつものように昆虫についての蘊蓄を語り始めた。マニアとはそういう生き物なのだろう、口から機関銃のように放たれる昆虫の話に僕は生返事を返しながら大部分は聞き流していた。
「すいませーん、ビール生で」
「おいおいちょっと飲みすぎなんじゃないの?これ会計割勘でしょうに」
どうも今日の彼はよく水を飲む。いや、居酒屋に来たのなら飲むのはそりゃ当たり前かもしれない。けれど今日は、いつもに比べてやけに飲んでいる。彼は居酒屋に来る前にもやたらと自販機で飲み物を購入していた。脱水症状でも起こしているのだろうか?心配とは裏腹に彼は何かに憑かれたかのようにビールのジョッキを勢いよく呷っていた。
会計を済ました後、酔い潰れてふらふらとしている同僚を家に送ろうと僕と同僚は薄暗い道のなかを歩いていた。僕は同僚の家がどこにあるかを知らないのでどうにか酩酊状態の同僚に道を聞き出していた。
「違う・・・・・・そっちじゃない」
「本当にこっちなのかい?だってこっちは川沿いの方だよ」
同僚は震えた指先で道を指し示しているが、どうも違和感を感じる。ここいらの川沿いは氾濫による被害が酷く、それを避けてか団地などの建物はあまり見当たらない。こんな場所に同僚の家があるようには思えないが、同僚の指す方向は依然と変わらないので僕達は仕方なくそちらの方向に歩いていくことにした。
結局道中に家らしき家は見つからず、私と同僚はついに川の前まで来てしまった。
「結局なんにもないじゃないか」
半ば呆れるように僕は彼にそう言った。そもそも酔っ払いの妄言をばか正直に信じる方が悪いのだと僕は自分を諌め、同僚を連れてまた来た道を戻ろうとした。すると突然、同僚が苦しそうに口から何かを吐き出し始めた。それは嘔吐物などではなくもっと異質な何かだった。虫だ。しかも細長く線虫のようなものだった。虫は生白い皮膚をテカらせて同僚の口からはい出たかと思うと、石の上を必死にのたうち回っていた。やがて虫は蛇のような蛇行をしながらそのまま川底へと消えていった。
次の日、同僚は出勤して来なかった。あの後どうなったかというと、僕は倒れた同僚をホテルに預けて、逃げるように自宅へと帰っていった。僕は同僚の消息が気になり、休憩中に彼に電話を掛けてみることにした。同僚は電話には出たが、体調が酷く悪いようでとても苦しそうだった。そして、あの夜の出来事はなにも覚えていないらしい。
ハリガネムシという生物は寄生した後に、水場を求めて宿主を操り誘導する。ハリガネムシが出ていった後の宿主はそのまま衰弱していきやがて死に至るそうだ。
同僚の死が知らされたのはその数日後だった。