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そして月へ

『昨晩、セカンドムーンの関連施設が、何者かによって次々と不法に占拠されました。犯行グループは現在も立て篭もっている模様です』



「昨日のやってるよ、ほらパパ」


 彼がリビングに入るなり、パジャマ姿の娘が【LIVE】の文字を差して、父親を目で追った。

 サイドボードの傍らにはいつか公園で撮った家族の写真があって、弟がまだ生まれていない頃の四人が納まっていた。身重の母親の代わりに彼女を抱っこしている祖父、その車椅子姿の背景には、大きなかざぐるまがフレームからはみ出していた。

 朝から各局ニュース番組でトップ扱い。にも関わらず、この父親は【我関せず】の姿勢を貫くが如くに眠い眼を屡々と動かしながら。


「ふぁあぁぁぁ、ホントだね。あ、俺朝飯いらねえや」


 首をグニャリと前に、ぶら下がっているだけのダークのネクタイ。指先で乳白色のボタンを留め、横目で姉弟の食事を見守る眼差しは優しいそれだが――。

 しかし先程見てしまった。

 マリアが朝食を前に、握ったスプーンに映る目は誰からも言われる通り父親そっくりだ。が今さっき、長い欠伸で誤魔化した鋭い目の方が、後の彼女の記憶に鮮明に残る事になる。

 なにか私にも手伝えないものかと、子供心に気を使ってしまう程の。



「君とならきっと僕は強くなれる、だから君を守る。で……つまり、君には僕が必要。もとい、僕には。 ん? 思ったより上手く言えないけど」


 どこまでも続く涼やかなかざぐるまに、公園の欄干で愛を語る恋人達の吐く息が力を与えて、この地球をぐるぐると回していた。

 この恒久的エネルギーの絶対値を引き上げたのもセカンドムーンの設計者で、まさに救世主的活躍なのだが、本人はそんな賛辞など何処吹く風である。いつか彼は取材で『自分はこの役割を与えられているだけ、実は文字さえ読めれば誰にでも出来る仕事だ』と語り、インタビュアーの質問を交わす姿は風見鶏を思わせた。



 昨晩の犯行時刻は、陽が落ちて間もなくの頃。

 人工月の動力源も担う海上エネルギー施設がまず狙われ、ほぼ同時に軌道ステーションビルもテロ組織の手に落ちた。

 この緊急事態に、素早く動いたのはアメリカ政府の特殊部隊『ササット』

 近隣の公園を全て立ち入り禁止にし、総延長500kmに及ぶ西海岸沿いの施設の中から、ある一つの潜伏場所を特定した。その動きは玉虫色のリーク情報を慎重且つ迅速に見極めた結果でもある。

 一方、地上50mの位置に停止している宇宙船型軌道エレベーター『キットカット』を確保する為、空から突破口を図る別働隊。しかし奴等は、乗客を窓際に並ばせて見える形で盾にしてきた。

 それに加え『月の住人、約800万の人質』


 引き換えに身代金と『在る人物の命』を要求して来たテロ組織。移住計画から外された国、月の建設に加われなかった国、その他様々な後ろ盾が推測されたが、緊急国際会議の場で交渉に有効となる情報は出てこなかった。


 結論として、月に運用されている最先端技術を盗むだけなら『其の人物』を要求したりはしない、とは各国の一致した意見である。

 それを踏まえてか、ある幹部が「地球上のどの工場のそれよりも真ん丸く、絶妙な塩加減に仕上げる極めて高度なテクノロジーの流出だけは、我が社として是が非でも避けたいものだ」と語ったが、当然社内会議だけでの発言だ。



「お早う御座いまーす」


 父親がマリアの靴を履かせている最中、ドアのノック音に被さって大きな声がした。聞き覚えのある声の主は隣のスティーブという青年である。

 一年前に引っ越してきた独身男性で工場に勤めており、月見団子のあまりの美味しさに、それを極めんと単身月に上がった珍しい経歴の持ち主だ。


「ニュース見ました? 何か大変な事になってますね」


 だからと言って、勝手に玄関を開けて良い筈は無いが、彼は続けて「通り道ですので」と幼い姉弟の通学の護衛を買って出た。色んな事をひと息でされたので、少し頭を整理してから丁重に断り、父親は「大丈夫ですよ」と語気を強めた。

 とは言っても、それほど疑っている訳では無い。

 原因とすれば少々不機嫌気味だったのと、何故かマリアの左の靴を一緒に支えてニコニコしている横顔が気に入らなかった位だ。結局、彼を含めた四人で学校まで歩いたが、どう見ても警戒されているのはスティーブの方だった。

 彼を見送り、親子三人だけになると父親が


「いいか、マリア、ユスケン。ああいう人に心を許すなよ、なんてね」


 と笑いながら言った。その目の奥を本物の慈愛で満たしながら。




「そういえば教授はサードムーンへは?」


「いや、上がった事は無い。ああ、実を言うとセカンドムーンには一度だけ」


 ショーンは自身の膝に力が入らないのを確認したにも関わらず、そこは科学者らしく原因を明らかにしようと半ば無意識に行動を起こす。納得のいかない事に対する本能、いわゆる研究脳の性である。

 それに無理やり踏ん張ったら、遠くに見える無数のかざぐるまから、ちょっとくらいは力が貰えるような気もした。 


「けど私は高所恐怖症で……この足の震えで分かると思うのだが」


 声だけは平常を保ち膝に手をやると、床以外は全面ガラスの、彼を夕日から遮るものは何も無いそこに向かって、恐る恐る歩を進める。

『だったら止せばいいのに』とマリアもユスケンも心の中で思ったに違いない。

 際まで来た所で、ショーンは改めて目の前の現実を噛み締めた。


「ほ、ほら、見事に全て透明だ」


 半笑いの彼に、姉弟は重ね重ね『見れば分かる』と頷いた。


「教授、『アポロ』が合図を待っていますが」


 マリアが問いかけるも、ショーンがガラスに額を付け「私の両足は地に着いている、私の両足は地に――」とうわ言で繰り返す呪文には絶対に終わりが来ない気がしたので、黙ってシステムにGOサインを出した。


『出発します――』


 直後、グングン上昇するアポロ。

 その加速感に引き伸ばされるようにアナウンスが聞こえて、突然『プツッ』と前ぶれなく途絶えた。自己暗示も虚しく彼は気を失ってしまう。

 次にショーンが目にするのはサードムーンの大地。オリジナルの1/4スケールで作られた、限りなく地球に近い朝焼けだった。

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