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軌道エレベーター

 日本という国には四季がある。

 春には大地が色めき、あの夏雲の弾力は心地良さそうで、ふと秋空を見上げれば物悲しくはなるが、きっと冬の人々の心はどの季節よりも温かい。


『はて、月面は季節で言うと?』


 ショーンが姉弟に会ってから半年が過ぎた。

 独りの冬も無事乗り切った所で今年も例年のように疑問に思う事がある。春服の明るい色が自分に似合わなくなったのは、一体いつの頃からだったろうと――。

 賞味期限の切れたワサビ色やカラシ色の服が並ぶ冷蔵庫扉みたいなクローゼットを覗き込み、月へ上がる為に必要なシミュレーションを幾度と無く繰り返すが、どうにも最適な結論が出ない。

 つまりは、月の住人はファッションに無頓着であってくれと、他力本願なままになるべく姉弟に合わせる格好で、彼は待ち合わせの場所に立っていた。


「教授、お待たせしました」


 春の芽吹きを感じられる公園は、多種多様な人々で溢れ返っている。

 ベンチに座る読書人や子供と何をするでも無い母親、緑の芝生の上では日光浴をする若者も居れば、登山に赴く目の前の二人組は教授の知り合いらしい。ショーンの身軽な姿は家族サービス寄りの旅行スタイルだったが、姉弟はエベレスト寄りの冒険スタイルで現れた。

 念の為、物騒な物を所持して無さそうな方の、ユスケンに確認をしてみる。


「ええ、持ってます」


 マリアが当然です、といった顔をした。

 肩提げバッグに手荷物を詰めた後、余った空間にビスケットを入れて「これで良し」と言った昨晩の自分を安全な場所に避難させたい、今の彼に必要なのは闘争心でも武器でもなく、タイムマシンだ。



『乗客全員に警告します! 緊急事態が発生しました! 速やかに身の安全を確保して船を降りて下さい! 繰り返します。緊急事態が……』


 ユスケンを先頭に、3人が月への軌道エレベーターのメインコントロール室に乗り込んだのは10分前の事だった。


「よし、もう大丈夫だよ」


「上手くいったわね、流石はユスケン。頼りになる」


「あの……」


 宇宙科学の名門マサチューセッツ工科大学を主席で卒業した。

 今や彼の発表した論文は世界中から認められており、時代をリードする科学者の筆頭候補に挙げられる人物でもある。『ショーン・ハワード、40才』その順風満帆かつ平穏な日々がほんの10分前から怪しくなった。


「どうしました? 教授」


「いや、もう少し穏やかな旅行かと思っていたから、驚いている所だ」


『出航までおよそ5分です』


 この船内アナウンスはいつもの自動プログラムであった為、言葉の感情含有率はゼロで全く機械のそれだった。「オヨソゴフンデス」と、ユスケンが無表情でアナウンスの真似をしてみせたのはショーンの緊張を解きほぐす目的だったが、手に持った銃口から煙が見えているので笑えない。

 いつかレンタルした家政婦ロボットはどこか抜けていた。

 主人に対して「調味料の種類が足りません」などとリクエストした料理をボイコットしてくるので「何とかしろ」と再命令をしたら、そのまま無視された事が何度もある。暫らく黙っていると決まって「いえ、これは少し我が儘に振舞うという感情機能オプションで……」とロボット自ら説明してしまう事を思い出した。

 ショーンが『俺は何を求めていたのだろう』と在りし日を回顧するが、今のユスケンに聞いてもしょうがない。



 昨年の初頭、新たに人類の移住が開始された第3の月・サードムーン。

 彼らを導く宇宙船型軌道エレベーターは『アポロ』と、宇宙を志す者のみならず誰もが知っている名を付けられた。約500年前、20世紀に人類が最初の月『オリジナルムーン』への歴史的第一歩を記した偉大な計画の総称である。26世紀現在も引き合いに出される功績は、比肩する物を探す方が難しい。



「ところで、君達は宇宙は初めてなのだろうか?」


 軌道ステーションビルを眼下にコックピットに腰掛けたショーンには、高度50m程の壮観一歩手前くらいが丁度いい。鳥の群れがこの巨大ストローを旋回していくのとライフラインスペースを凝視して、彼は自分に暗示を掛けていた。


「いえ、両親と住んでいました。10年前までは」


 マリアが左手を翳すと、やや湾曲したガラスに端正な横顔が映し出された。

 彼女の脳裏には、この地上の景色と寸分変わらぬ遥か上空に浮ぶ第2の月・セカンドムーンが『寸分変わらぬ』その僅かな祈りと共に蘇っている。

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