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出会い

 人ひとりの人生の何が平凡で何が波乱万丈なのか、究極的には本人しか語ってはいけない。振り返る事の無かった日々でふと発した言葉だったが、もう議論する相手は居ないのだ。

 自らの足跡を、そっと目を閉じ本能のままに辿れば――。


 彼が歩んで来た懐かしさの先に、青い星が静かに浮かび上がっていた。




 半年前、その姉弟に出会った。


 国立月見大学の宇宙科学研究室長ショーン・ハワードが、淡い色のジャケットに袖を通す。20代後半から愛用している彼のお気に入りは耐久性の有る生地で、10年以上経ってそれが証明された形になった。逆に言えば、彼が『デザインは良いのだけど値段が』と尻込みしつつも実験的に購入したとして合格点をあげられる結果なのだが、其の時の店員が今も店に居るとは限らない。

 一週間振りの教壇に向かう途中、ガラスの前で左右の襟を合わせた。

 その彼が月研究サークルの一員マリアの内なる思いに接する機会があり、彼女の独自の解釈に共感を覚えた事は運命だったのかもしれない。


『人類は月を手に入れた、だが未だに謎だらけである。それでも我らは宇宙に恋焦がれ、遠く銀河の向こうに未来を夢見続ける』


 たまの講義は彼のこの言葉で始まる。

 世界中から集まった生徒が文言ひとつも逃すまいと、ある者は翻訳機の鈍い反応も苛立つほどに陶酔し、ある者は心地良い抑揚に居眠りを楽しむなど、多くの受講者にとってそれは非常に得難い時間だった。

 中央の席に座るマリアも、教授に特別な眼差しを向けるひとりである。彼女と関係のある『在る人物』と思想が重なる、マリアはそんな感情を抱いていた。 



 週末の午後、ショーンは休日を利用し、未だに手放せないファミリーカーで研究者仲間の集まる場所へと足を運んでいた。

 26世紀現在、月を研究する定番をひとつ挙げるとすれば、まず先人達の慣わしに従い縁側パーティーで俳句を創作する事で、それ以外は素人のお遊びだ。月見団子を目で味わい舌で吟味しながら、月のクレーターに思いを馳せ『名月や……』などと始まる自作の句を披露し研磨し合う、今どきの科学者の登竜門である。

 初めて参加した席上で、マリアはいきなりその持論を唱えた。およそ好き勝手には発言出来ない格式高い雰囲気の中、巧妙かつ鮮やかで小さな反乱は、此処『いささか』にて静かに幕を上げる事になる。


 まず彼女は片っ端から月見団子を頬張った。胃の丈夫さと頬の筋肉の柔軟性を見せ付け、同時に人間の限界に挑戦する。

 網膜に映し出されるより早く団子を放り込みながら、決して目で味わう事も忘れないという、まるで嘘をついている様な離れ業も披露した。危険な挑戦ではあったが、これは全て主催者側の和菓子担当者に追加注文を取らせる為である。

 命令系統が麻痺し、配膳係が補充に戸惑い不満を口にすればもうひと息だ。

 更に追い討ちを掛けるように、彼女が通った先での団子の食べかすがセンサーに反応し、正義感の強いルンバ隊がモーター音を響かせ多数出動した。足元の薄型家電製品に踊らされ、右往左往する警備員達の姿をマリアは見逃さない。

 屈むようにして素早く壇上に進み、自慢の俳句を発表していた参加者のマイクを取り上げると、開口一番彼女はこう言い放ったのである。


「ご来場の皆さん! あの月には裏の顔があるんです!」


 参加者全員には只ならぬ気迫が伝わり、最前列のショーンには餡子と薄皮が飛び散った。会場である高級縁側店が俄かにざわめく。出入口のボディガードが振り向き、DJがボリュームを下げ、隣の囲碁会場も誰もが両の手を袖に収めた。

 彼女は尚も続ける。


「証拠なら! 出してみせます、近い内!」


 其の時、一般参加者の老人が呟いた。


「いやはや、見事な五七五ですな」


 すると、やっとの事で全ルンバをオフにした警備員が登場、まだまだ言い足りなそうなマリアが両腕を掴まれ、反抗虚しく壇上から降ろされる。


「何だよ! 面白そうだから、最後までしゃべらせろよ!」


 隣に居た幼顔の男が、主催者側に異を唱えながら彼女の後を追った。

 ショーンは主犯者と共犯者の構図を見て取り、意見に共感はしたが関わるのは得策では無いし、共感した事も口にするべきでは無いと判断した。政府批判の極めて真ん中の部分に当たるモノにどうして首を突っ込む事が出来よう。

 しかし後に、男が彼女の弟ユスケンである事が判明すると、暫らく迷いながらも地球政府の秘密を探る作戦に同意する事になる。



「微力ではあるが、私の力を貸そう」


 郊外にあるショーン・ハワード邸に姉弟を招いた教授は、数々の勲章や盾、それを上回る賞状に驚く彼らに手を差し伸べた。かたや2人は相手が誰なのかが一番分かる場所で手を握られ、明らかに有頂天だった。


 西暦2514年、ようやく人類は月への移住を再開。

 今から遡る事5年前に、都合3つ目の月が完成した事実からしてみれば、やはりと言うべきか判断が少し遅いくらいである。


「ハワード教授は、2つ目の月はどう見ますか?」


 マリアがショーンに尋ねたかったのは、何を措いてもこの事だった。


「私は、あのセカンドムーンは……」


 ショーンが小声で話はじめる。


「ここでは仮説と言う事にして欲しい。その域を出ないという前提だが、あれは当初の予定に無かった物に姿を変えてしまった、と今でも信じている」

「地球全体の宇宙技術が急激に発展を遂げた25世紀の後半、およそ半世紀前の話だ。其の後は君達も知っての通り、まずセカンドムーンが人類の新たな住処として遥か上空、国境が無いとされる宙域に建造された訳だが」


「酸素生成テクノロジー、温度調節バイオスーツ、何処でも万能カナヅチ。いわゆる宇宙3大発明品が世に出た頃ですね」


「流石に詳しいな、マリア君」


 マリアは、用意していたもう一つの疑問をぶつけた。


「もしかして教授は、私達姉弟の事も御存知なのでは」


 微かに革の擦れる音を残し、ショーンがソファから立ち上がる。

 無数の蔵書の中からそれだけを掴む目的で、至極流線的な一連のモーションの先に、教授は一冊の本を彼ら2人の前に差し出した。


『オリジナルムーンの謎と脅威』


「この本の著者はアンドリュー・ヨヒーク。人類史上最も偉大な科学者、不世出の歴史家にして世紀の狂人。そして、君達のお祖父さんでもある人物だ」

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