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突き刺さるのは視線。同級生の、後輩の、顧問の……。そして、相棒の。
それは大半が同情だった。3年生としての最後の個人戦。しかも私はおそらく、ギリギリで団体戦に出られない。だから本当にこの大会が、――この個人戦が中学生活の集大成だった。それは相棒も同じことで、この大会は相棒にとっても集大成だったはずだった。
いつもなら。普段通りなら。この市大会は難なく勝ち進んで県大会に出ていたことだろう。そして県大会でもベスト4まで這い上がって、関東大会に進んでいたことだろう。
しかしそれはすべて打ち砕かれる。あまりにも容易く、私の中学生活のすべては散り去った。
そんな私を、哀れむような視線。
だけどその中に、それとは違う視線が混じっている。私はそれを見ることができない。その視線の主は辿らなくてもわかってしまっているから、顔が上げられない。私にはそれと向き合う勇気なんて、なかった。
私を憎々しげに見るような、視線。それは、相棒からのものだったからだ。
私だけならよかった。私の中学生活がすべて台無しになるのは私のせいだから仕方ないと思えた。だけど、私だけじゃない。相棒の中学生活のすべても、あの敗北とともに散り去ってしまった。それが私には、苦くてたまらない。
*
私はすべての視線から逃げるように飛び起きた。いきなり瞼を持ち上げたせいか、視界が霞む。
頭、いてぇなぁ。
思わず握り込んでいた拳は汗で濡れている。もう1年が経とうとしているのに、私はいまだに「あの夢」に動揺するらしかった。
ははっと、乾いた笑いを発しながら、押し入れを見る。苦痛と共に押し込めた思い出たち。だがしかし、苦痛とは思ってもラケットを捨てることはできなかったし、ましてや、感情に任せて地面に叩きつけることなんて、できるはずがなかった。どれほど苦痛だと思っていても、私にとってはやっぱり大切な思い出なのだと思わざるを得ない。だからこそ私はもうそれを、傷つけたくはないのだ。
押し込めて、傷つかないようにバリアを張って。退屈な人生を繰り返そうとも、傷つくよりよっぽどいい。私は弱い人間だから、それしか自分を守る方法が浮かばなかったんだと思う。
この沈んだ気持ちを吐き出すようにして、私は息を吐いた。それから間もなく、携帯のアラームが鳴り響く。珍しく早く起きれた朝だったけれど、これほど目覚めの悪いものもない。
動くのも億劫だとは思いつつも、私は制服を手にする。本来なら着るはずでなかった制服。だなんて、皮肉にも私は制服を見てすら様々なことを思い出すらしい。本当に、皮肉だ。ここなら、すべて閉じ込めたまま、学校生活を送れると思ったのに。
窓の外から差し込む光が憎い。このまぶしさは今の私には辛かった。
*
ふわぁっと、大きなあくびをする。
いつもより早く目覚めたせいだろうか。まだ朝だというのに眠くて仕方がない。
「三崎さん!」
そんな私の耳に飛び込んできた声。それは私を一気に憂鬱にさせた。
できればもう見たくなんてなかったその姿。本当なら無視してやろうと思っていたけれど、そんな私の思考回路を読み取ったかのように彼女は私の行く手を塞いでいた。
「なに?」
仕方なしに、不機嫌さを含んだ声を発した。大体の人は私が、この身長に、いつもより低い声というタッグを繰り出すと関わらないでくれたりする。私がよっぽど怖いのか、私の気持ちを汲み取ってくれてのことなのかは知らないけれど。
だから素直に道を譲ってくれるだろうと。そう、思っていたのに。
「私、4組の椎名彩夏です」
彼女は、言葉を続けた。
私はそんな彼女を睨みつける。正直面倒くさかったというのもあるけれど、それ以上にやっぱり、関わりたくなどなかった。
「昨日、いろいろ考えました。それで私は、」
彼女は一度目を閉じて、すうっと息を吸った。そして目を開いた時。私は本気で、嫌だと思った。
その視線が同情だったからじゃない。嫌悪だったからじゃない。それはただ、何か強い意志を持ったもの。いまの私に、欠如しているものだった。
「三崎さんとテニスがしたいんです!」
心が、悲鳴を上げた。
「三崎さん、私ともう一度、ソフテニやりませんか?」
この年になって初めて、泣きたいと思った。
「絶ッ対に嫌だ」
私の表情はひどく歪んでいただろうけど、それに気が付かなければいい。言葉を発するので精一杯だったって、気づかれてなければいい。