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one win  作者: 白石ひな
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 「三崎、置いてくよ?」

 「あー、待った待った」


 私はごそごそと机の中を漁る。どこぞの男子かと突っ込まれてもおかしくないほどに汚い机の中にいっそため息でも吐きたくなった。


 移動教室なんてめんどくせぇ。しかも次は私の苦手な音楽。なんで私、音楽選択にしたんだろう。

 ああでも、美術のほうがもっと苦手だったわ。


 音楽か美術かなんて選択、私にとっては最悪の二択だった。この中に体育が入っていたらどれだけよかったことだろう。もっとも、私の得意教科は体育くらいなものなのだが。


 「おっそい!」


 私はその怒鳴り声に少しだけ焦りを覚えて、机の中からやっとの思いで見つけ出した教科書を抱えながらドアのところに仁王立ちで立っている理香子のもとに小走りで向かう。理香子の顔はもう般若のようで、私から見てもちょっと怖かった。


 「ん、ごめん」

 「早く行こ」


 クラスにはもうほとんど人が残っていなくて、不安になる。そんなに長いこと教科書を探していたのだろうか。やっぱりそろそろ机の中整理したほうがいいのかな、とか考えてはみたものの、チャイムはまだ鳴っていない。クラスのみんなが早くいっただけなのだろうと思い込むことにしてゆっくり歩き出した。



 「えぇっ!! ちょっ、先生! どうにかなんないんですか!?」


 教室を出てすぐ、隣のクラスの前で何やら色素の薄い、茶色っぽい髪をした女子生徒と中年くらいの眼鏡をかけた先生が話していた。私はちらっとそれを見るがすぐに目をそらした。


 「椎名(しいな)には悪いんだけど……ごめんなぁ」


 先生は困ったように笑いながらそう言う。しかし女子生徒は、納得いかない様子でいた。


 「あれ、ソフトテニス部の顧問だよ」


 隣で理香子が耳打ちする。私はその言葉に上手く反応できず、その代わりに顔をしかめた。距離としてほんの数メートル。音楽室に行くにはあの2人の横を通らねばならない。


 ……って、なんで私が気負ってるのさ。何の関係もない、私が。


 私は握っていた教科書をさらに強い力で握りながら2人の横を通り抜ける。2人は私には見向きもしない様子でまだ何かを話していた。そのことに、少しだけほっとする。


 「えっ、……あぁっ!!」


 しかし、先ほどの女子生徒が大きな声をあげる。そして上履きを床と擦らせてキュッという音をたてながら、私と理香子の前に飛び出してきた。私は思わず驚きを隠すことも忘れて表情に出した。普段はそんなこと、めったにしないのに。


 「あの! 寺田中の三崎さんですよね? 前衛の!」


 胸が、高鳴る。背中を嫌な汗が流れた気がした。


 なんで知ってんだ、私のこと。なんで掘り返すんだよ、そんなこと。


 「そう、だけど」


 言いながら睨み付ける。普段だって目付きが悪いって言われる私のことだ。今の顔はさらに増して、怖いに違いない。だけど、目の前のこいつは目を輝かせるだけだった。羨望と尊敬が混ざりあったような眼差しで見てくるだけだった。それが、私にとってどれだけ居心地の悪いものかも知らずに。


 「うわあっ! 2年の秋からずーっと憧れてました!」


 どうやら目の前の少女は私の居心地の悪さに一切気が付いていないらしく、興奮したように言葉を紡ぎ続ける。私はどうしたらいいかわからなかった。


 「あっそ」


 言葉は自然と冷たくなる。とげを隠そうともせずにむき出しにしたような言葉だった。それにさっさと気が付いて私の前からいなくなってくれよ。そんなことを切に願った。だって、こんなに痛いこと、ない。もう関わらないって決めたのに。どんだけ冷たい目で見ても、こんなキッラキラの目で返されるなんて。


 「もしかして、三崎さんもウチのソフテニ入るんですか? いやー、嬉しいなぁっ」

 「アンタ、ばっかじゃないの」


 あ、やべ。


 そう思ったのは口に出してからだった。私の言葉を聞いて、眩しいくらいの笑顔が固まる。それを見て後悔しなかったと言えばうそになる。だけどもう止まらなかった。


 「ソフテニ続けるつもりだったら、こんな弱小校に進学したりしない」


 自分で言っといてなんだけど、これ、結構キツい。目の前の名前も知らない子は、ひどく気まずそうな顔をしていた。たぶん何て言ったらいいんだか、わかんないんだと思う。私もこんなこと言われたら、なんて返したらいいかなんて、わかんない。


 私は何も言わずにその場から立ち去る。後ろから理香子が駆けてくる音がした。そして隣につく。

 振り向いて私が傷つけたあの子のことを気にしてやる余裕はなかった。私自身がこの場から離れるので精いっぱいだった。はやく、はやく。この場から離れよう。そう思えば思うほど歩みははやくなる。


 「三崎キツいよー?」


 理香子は私の表情をちらっと見ながらそう告げた。なるべく重たくならないように、まるで冗談を言うみたいに軽く言ってくれたのは私を思ってのことだったのかもしれないが私はそれにこたえることはできなかった。


 「知ってる」


 私がこぼした言葉はただの八つ当たりのように強く重い。


 自分でもわかってる。だけど言わずにいられなかったのだ。私は私自身を守るために。もう、傷つかないために、誰かを傷つける以外の方法が見つからなかった。



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