休み時間その2 あっはっは、酒池肉林だ!!
魔王城を恐怖のどん底に陥れた
ご乱心から数日後、
本日の魔王陛下は実に上機嫌であった。
「ふん、ふ、ふーん♪」
執務室では基本気難しい顔をしている彼が
鼻歌まじりに政務に取り組んでいるその理由は、
かねてから攻略に取り組んで来た人間側の要塞を
ついに昨日陥落させたからである。
「よし。今日の政務はこれで終了だ!
堕天使レグナよ、宴の準備は順調か!?」
「は、はい、魔王様。
お酒や料理の用意はできておりますし、
『ご命令のもの』も•••」
「うむうむ。
要塞攻略に貢献した豚人族の闘士達も、
待ちくたびれているだろう。
私が直々に移動魔法で城まで連れて来たことだし、
まずはパァーッと飲んで緊張をほぐしてやるとするか!!」
早めに政務を切り上げた魔王は
要塞攻略を祝う宴の準備の首尾を聞いて、
さらに機嫌を良くしていた。
その様子を見た魔術士団長クイガームは
通常ならいつもカリカリしている上司が
上機嫌でいることに安堵してもいいはずなのに、
なぜなのであろうか、
どこか不安な気持ちに駆られていた。
ファンタジーの世界の魔王軍などと聞けば
放蕩の限りを尽くしているイメージがあるかもしれないが、
少なくともこのトリップスの魔王軍は
基本いつも貧乏というか清貧といってもいい状態である。
トリップスにおいては人間の数が明らかに魔人達の数を
上回っており、
農業生産力なども数の違いからやはり人間が圧倒している。
ならば略奪にいくのがいわゆる『魔族』の本領なのではないかと
思われるかもしれないが、
この世界の魔人達は一様に『大人しく真面目な』者達が多い。
彼らは今ある自然の恵みに感謝し、
原始的な耕作や狩猟をしながら生活して来たのである。
•••どちらかというと略奪を行うのは『人間』達の方であり、
知恵の限りを尽くして生産力を上げても足りない場合は、
他の人間の集落、そして時には魔人達の集落を襲うことさえ
あるのである。
欲望のままに突き進むイメージは
人間にこそ当てはまるというのがこの世界の常識である。
そんな状況に風穴を空けたのが
人間族出身の現魔王であり、
彼の知略によって
人間達との戦いでの勝率が劇的に上昇しただけでなく、
彼の指導の元、農業生産力が大幅に向上し、
人間達から奪取した鉱山等を用いた工業も、
ドアーフ族などの手先の器用な種族を積極的に登用することで
人間達の技術に迫る勢いなのである。
今回の宴についても通常なら予算の関係上なかなか難しい所を、
要塞攻略に伴って支配下においた鉱山からの収入を盾に、
魔王が魔王軍の会計責任者でもあるクイガームを説得して
実現したのである。
だから軍の財布を預かる者としての不安がないわけでは
ないのだが、
すでに予算を承認した以上それに対してとやかく言う気は
クイガームもないのである。
もちろん日頃魔王様やエニオーレ様が食するものと同等の食事を
戦いに功績のあった数十人に振る舞うというのは大きな支出であるが、
これから入ってくるであろう収入を考えると、
士気の向上のためと割り切れば十分納得のいく額であった。
ただ気になるのはその予算の中に、
布地を買う予算とその裁縫にかかる費用、
そして給仕係として追加の人員を徴集する費用なんてものが
盛り込まれていたのがどうも気になるのである。
それらは決して大した金額ではなかったし、
魔王様からも
「闘士達を労うためのちょっとした余興だ。」
と聞いており、
それほど問題はないはずである。
ただ、何と言うか•••
「ちなみにレグナよ。
この後、
エリーは拳技の修行のため
3時間は魔王城に戻らない•••、
それはいつも通りだな。」
「は、はい。
修行なさる洞窟までけっこうかかりますし、
修行後そこで水浴びをされてから
戻っていらっしゃいますから。
お食事も遅くなるので
先に召し上がっていてくださいとのことです。
ただそれは毎週のことでは?」
「う、うむ。
一応確認したまでだ。
他意はない。
お前も修行に同行するのだったな。」
「は、はい。
それでは失礼します。」
そう言ってレグナを下がらせた時の魔王様の
何かホッとしたような、
そしてどことなくニヤついている顔が
クイガームとしてはやはり気になるのである。
日頃あれほどエニオーレ様を溺愛している陛下が
わざわざ彼女を遠ざける理由とは?
また良からぬことを考えていなければいいが•••
「それでは私も行くとするか。
あとは任せたぞ、クイガーム。」
「は。お任せください。」
前回のご乱心以来、
改めて上司との文化の違いについて
再考の必要性を感じていたクイガームは、
退出する魔王に頭を下げながらも、
そんな茫洋とした不安を胸に抱えていたのであった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それから2時間程が経過して、
クイガームも執務室を後にした。
独身である彼は魔王城内部にある宿舎で寝泊まりしており、
食事は基本城内の食堂でとっている。
魔王城は人間族の住処からは遠く離れた場所に
作られており、
巨大な岩場をくり抜いたその姿は
所謂『お城』とは大分違う印象であるが、
そこに住む魔人達が必要な設備は十分に整っている。
また魔王城の周囲には広範囲にわたって強力な結界が張り巡らされており、
人間には入ることは愚か、発見することさえ困難になっている。
そのため城の周りには人間の街ほどの規模ではないにしろ、
『城下町』に近いものが形成されており、
魔王軍でも結婚した者はそちらに居を構えている。
二人の子持ちであるオーギップなどはこの口である。
いつものように高級士官用食堂の
自らの定位置に座り、
配膳係から受け取った今日のメニュー表を
眺めている時に、
彼は食堂のいつもとは違う雰囲気に気がついた。
「今日はやけに男が多いな。」
「は。何やら魔王陛下のご指示で
独身の女性兵士・士官の多くが
宴の方に参加しているとのことです。」
「・・・そうか。」
配膳係に自分の感じた違和感について
話してみると、
どうやらそこに上司が一枚かんでいることが
明らかになり、
クイガームは胸にしまいこんでいた
不安が再燃していくのを感じていた。
魔王軍は数が根本的に足りないことから
女性の兵士・士官も多数登用しており、
特にクイガームの統括する魔術士団は
女性の方が基本的に魔力量が多いことも相まって、
過半数が女性で構成されている。
というか彼の直属の部下である副士団長ですら、
チバールという名の兎人族の女性魔術士なのである。
クイガームが食堂の異変に気づいたのは、
いつもなら目ざとくこちらを見つけて寄ってくる、
彼女の姿が今日は見えないからでもあった。
「『独身の女性兵士・士官』をお呼びか。
また陛下がおかしなことを
思いつかれたのであろうが・・・。
しょうがない、一応様子を見てくるか。」
そのまま食事を取る気にもなれなかったため、
クイガームはため息を一つ付くと、
配膳係に後でまた来る旨を伝えて、
食堂を後にしたのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
会場となっているのは軍全体への訓示などで
使用する大広間のようであった。
宴を行っているのだがら、
多少騒がしくてもおかしくはないのだが、
かなり離れていてもその声が聞こえてくるくらい、
中は盛り上がっているようであった。
「あまり水を差すのも悪いか。」
そう考えたクイガームは魔術士団長が訪れたことに驚き、
直立不動になる入口の兵を制して、
少しだけ扉を開けて中を覗き込もうとした。
が、扉を開けようとした次の瞬間、
「もう、こんなの耐えられませんわ!」
「ぐっ!」
中から飛び出してきた人物にタックルを
食らわされてしまった。
「きゃっ、す、すいません。
・・・えっ、クイガーム様!!
み、見ないでくださいませ!!!」
クイガームは何とか踏みとどまりながら、
逆に跳ね返されて尻餅を付いてしまった相手を
見返すと、
その相手は謝罪の直後、
自分の体を両手で隠して蹲ってしまった。
本来なら、魔術士団長である自分に対して
非常に失礼な態度ではあるのだが、
相手の格好に対する驚きがその非礼に対する
怒りをどこかに追いやってしまった。
先程も述べたように魔人達は基本的に
『大人しくて真面目』であり、
その服装や立ち居振る舞いは、
『地味で素朴・奥手』というのが普通である。
にもかかわらず目の前の女性士官は
布地が胸の周りと腰周りにしかないいわゆる
『ビキニ』状態であり、
その頭から生えた兎耳によって、
ホンモノの『バニーガール』状態となっていた。
普段お堅いお局様として若い女性魔術士達の
行動に目を光らせている彼女としては
そのような格好は耐え難い羞恥なのであろう。
そう考えると目の前の部下の今の混乱ぶりも分からないでは
なかったクイガームであった。
「チバール、これを羽織っていなさい。」
「あ、ありがとうございました。
・・・も、申し訳ございません、クイガーム様!!
私、何たるご無礼を!!!」
「いや、まあ、その点については不問に付す。
だからお前のその妙な格好の理由について
教えてくれないか。」
自分の付けていたマントを目の前の部下、
副士団長であるチバールにかけてやった
クイガームは、
出来るだけ相手を見ないようにしてやりながら、
事の次第を問いただした。
羞恥で真っ赤になった部下を気遣った点もあったが、
あられもないその姿を凝視していると
明日から彼女と働くのに流石に支障が生じそうな気が
していたからだ。
彼も魔人の一員である以上、
刺激の強いのには決して強い訳ではのである。
「はい。
魔王様のご指示で、
その結婚の決まっていない女性兵士・士官は
この格好で今回の功労者達に給仕をするようにと。
それでいい相手が見つかったらと・・・。
わ、私はクイガーム様、一筋ですから、
このようなことは嫌だったのですが、
部下の手前、ご命令に逆らうわけにはいかず、
それで」
「分かった、分かった。
魔王様もお前がやれば
他の部下たちもやらざるを得ないと思って、
声をかけたのだろう。
はあ・・・・。
陛下はどのようなご様子だ?」
「大分お酒を召し上がられたようで・・・」
「・・・放っておくわけにもいかんか。」
女性士官としては最高位であったチバールが
出て行ってしまって、
会場は収集がつかなくなっているだろう。
流石に目の前で泣きかけている部下に
会場に戻れと命じるのも忍びないことから、
クイガームは改めて扉を開けると、
中の状況を確認したのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ど、どうぞ、お酒の方もう少し召し上がりますか?」
「か、かたじけない。
魔王城の方に、こ、こんなに歓待してもらえるなんて・・・」
「は、はーい、あーん。」
「た、食べていいのでしょうか?」
「恥ずかしいのですから、早く食べなさい!」
「りょ、了解しました!」
「あんまり見ないでくださいね。」
「す、すいません。でも、その、
す、すごく綺麗です。」
「あ、ありがとうございます。」
「ああ、じゃあ、隣の村の出身なんだ!
うわー、こんなところで同郷の人と会えて嬉しいな。」
「私もですよ。
それにしてもあの難攻不落の要塞を落とされたなんてすごいですわ。」
「いや、魔王様の作戦があってこそですよ。」
会場の中ではチバールと同じように
露出の非常に大きな
服を着た女性達が、
今回の功労者である豚人族の闘士達に
お酒をつぎ、
料理を口に運びながら、
楽しそうに談笑していた。
もう少し変な騒ぎになっていないか不安であったが、
取り敢えず風紀上問題な行為が行われている
わけでなかったことにクイガームはホッとしていた。
「あっはっは。何だ、クイガームではないか。
お前も飲んでいくか!」
「魔王様、これは一体・・・」
酔っ払って顔を真っ赤にしながらも
クイガームの姿を目ざとく見つけた魔王が、
そう笑いかけてきた。
現在の状況にそこまで問題がないことに安堵しながらも、
その真意をつかみ兼ねていたクイガームは
上司にこの場の意義を尋ねてみたのだった。
「全く、魔人共は男も女も奥手だからのー。
人間たちは盛りまくって子どもを作っているのに、
こっちはデート一つまともにしているやつも少ないから、
この分では一向に戦力差がうまらんわ。」
「はあ、まあ、結婚前に男女が話をすること自体、
避けられる風潮がありますからな。」
「それじゃ、これからはいかんのだ!
ということで今回は要塞攻略の慰労会を名目に、
女性兵士・士官達を着飾らせて、
お酌や給仕をさせるという形で、
男性兵士・士官達と交流させようというわけだ。
題して『魔人合コン大作戦!ちょっぴりキャバクラ風味』だ!!」
「な、なるほど。最後の作戦名はよく分かりませんが、
ご意図は納得できます。」
やっていることはふざけているが、
その意図は今後の魔王軍、そして魔人族の発展を
考える上で重要な視点であることにクイガームも気づき、
会場の様子をもう一度見回してみた。
会場の女性の中には自分が統括する魔術士団に属するものも多いが、
普段は潔癖すぎて男性兵どころか、
同業の男性魔術士とも仕事で必要な場合以外には
ほとんど話すことのない者も多いのが実態であった
それが恥ずかしそうにし、
お酒の力を借りながらも、
戦地で活躍する屈強な兵士・士官達と談笑している姿に、
クイガームは少なからぬ感銘を受けていた。
単純に既婚者が増え、次の世代が増えることも有益であるが、
こうして異なる種族の男女が知り合うことで、
多種族多文化でなかなか全体の融和が進まない
魔人達の協調に繋がることはさらに価値のあることである。
そこまで考えてこの機会を設けたのだとしたら、
やはり自分の上司は今までとはひと味もふた味も違う
名君と言えるだろう。
「まあ、俺も最近ムラムラしていたし、
たまには女性陣のボンキュンボンな
水着姿でも鑑賞したいっていうのは
本音としてあったんだがな。」
「魔王様・・・」
「それはそれとして結構受けがいいようだし、
今度は魔王城内でもやってみようと考えておる。
どうだ、クイガーム。
お前も独身主義を返上して誰か
いい子を探したらどうだ?
というか副士団長のチバールとか
絶対お前に気があるだろう。」
「いや、魔王様、いきなり何を
おしゃってるんですか!」
とはいえ、相手が面倒な酔っ払いであることに
違いはない。
今はまだいいがこれ以上酔って過激なことをすると
この後問題になりそうだし、
適当なタイミングで終了にするか、
そんな風にクイガームが策を巡らせ始めた頃であった。
会場の空気を一変させる事態が発生したのは。
バタン!
大きな音を立てて、
扉が開かれたと思うと、
そこには修行の際に身につける
武具を装備したままの、
エニオーレ姫が仁王立ちしていた。
その顔はいつものように穏やかな笑みを
浮かべてはいたが、
その内心が決して安穏としたものではないことは、
会場にいるすべての者が瞬時に理解したのだろう。
騒然としていた会場が一気に沈黙に包まれてしまっていた。
「お兄様。」
「え、エリー。
す、随分と帰ってくるのが早かったんだな。」
「はい。レグからお兄様がよからぬことを
考えていると聞いて、
早めに切り上げて戻ってきたのです。」
「いや、よからぬことと言っても、
これにはちゃんと理由があってだな。」
いつもの威厳はどこへやら、
必死になって釈明をする魔王陛下。
その姿はどこか情けない様子でさえあったが、
それも仕方がないことであろう。
横で見ているクイガームからも今の
エニオーレから発せられている闘気は
全盛期の前魔王にすら匹敵するものであったからである。
「それについては聞き及んでいます。
奇異な催しでは有りますが、
魔人の今後を考える上で重要な試みである
ことは私も十分承知しておりますし、
その点については流石兄様であると
私もいたく感心しております。」
「そ、それなら何でそんな怒って」
「ではお兄様、レグに出したこの指示は
何なんでしょうか?」
エニオーレが突き出した紙には
恐らく準備をした堕天使レグナの
ものであるのだろう、
会場の配置について、
「魔王様は『胸の大きな女性』を自分の近くに希望」
と走り書きがされていた。
それを見た瞬間、
魔王の表情に絶望が現れたのと同時に
声にならない声で
「あのバカ堕天使」
と口にしているのがクイガームの目に入った。
すでにこの後どうなるのかは
決まりきっているような気がする。
周りの魔人たちも同様に気づいたのか、
そそくさと魔王の周りから離れていったのだった。
「エリー、それは」
「・・・兄様の、兄様の
バカーーーーーーーーー!!!!」
「魔障壁てんか、ギャーーーーーー!!」
何とかごまかそうとする魔王に対して
エニオーレの怒りが爆発し、
その全力の闘気を乗せた正拳突きが
魔王の展開しようとした魔障壁を貫通して
彼を壁まで吹き飛ばしたのだった。
その様子を見ていた魔人たちからは、
「さすがは『拳王』と呼ばれたナタス様のご息女だ。」
「魔王様の魔障壁が破られるなんて始めて見ましたわ。」
「・・・エニオーレ様の前で『胸』の話をするのは
絶対にやめておこう。」
感心・恐怖など様々な感想が漏れていた。
魔王城最強は一体誰なのか、
そんなふざけた話題が城の周辺で話されるように
なったのはこの頃からであったとも言われている。
取り敢えずそのまま泣いて居室に戻ってしまった、
エニオーレを慰めるのを外にいたチバールに任せ、
クイガームは魔王の救護と会場の片付けに
奔走しなくてはならなくなった。
まあ、エニオーレの怒気に当てられて
皆冷静となったため、
粛々と片付けを進行することは出来たのだが。
最後にオチが付いてしまったが、
魔王の尊い犠牲によって
今回の宴によって10組以上の魔人カップルが
誕生したことは大きな収穫であっただろう。
地球の文化は魔王個人の趣味に左右されながらも、
少しずつ魔人にも影響を与えているのであった。
アリアンローズ新人賞応募作品です。
しばらく本業が忙しくて更新できていませんでしたが、
魔王サイド第二弾をお届けします。
初めは魔王が草食系の兵士達を叱咤する
話にしようと思っていたのですが、
怒るのが魔王ばかりでも何なので、
今回はエリーちゃんに怒ってもらいました。
話の流れから副士団長チバールも登場させました。
ウサ耳娘です。
この子とクイガームの絡みもこれから色々と
書いていければと思います。
魔人たちの文化についても少しずつ
雰囲気を感じてもらえたら幸いです。
それでは次回はまたイーコサイドです。
次こそはメインキャラの一人を出せると
思います。