一時間目延長 相手が異世界にいると納得させるための弁舌法
「少しは落ち着いたかい?
『お茶』、まだまだあるから、
ゆっくりとお飲み。」
「あ、ありがとうございます。
お、おいしいです。」
「あはは。
ちゃんとお世辞を言える
ぐらいには賢いんだね。
馬鹿にして悪かったよ。」
その後、なんと実は素っ裸であった私に対して、
おばあちゃんは体を拭いて
ワンピースのような服を
着せてくれました。
さらに隣の部屋の暖炉の前に連れて行き、
火に当たらせながら、
あったかいお茶まで出してくれたのです。
お茶は飲んだことがない味であったけど、
砂糖が入っているのか甘くて
十分美味しいと言える味でした。
あとでおばあちゃんになんていうお茶なのか
聞いてみようと思います。
未だにどうして急におばあちゃんが
言うことが分かるようになったのか、
皆目見当がつきませんが、
世界には未知の技術が色々あるのでしょう。
学校の屋上から転落したはずの自分が、
なぜ素っ裸で異国の泉に浮かんでいたのかは、
あまりに不思議であると同時に、
何があったのか不安ではあるのですが、
目の前にこうして自分を気遣ってくれる
人がいるというだけでも有り難いです。
取り敢えず自分の身の安全は確保されているんだし、
あとは彼がどこに行ったのかを確かめることが
出来れば・・・、えっ彼!
そうだ、私、あの時一緒に屋上から!!
太郎君!!!
「お、おばあちゃん、私、一人で浮かんでいたんでしょうか!?
一緒に中学生、15歳くらいの男の子いませんでしたか?
私と事故に巻き込まれていたんです!!」
「こらこら、興奮しなさんな。
お前さんが何故ここにいるのか、
事情を説明してあげるから、
少し落ち着きなさい。」
「で、でも、あの子が無事じゃないと
したら私・・・」
「恐らくその子は『無事』じゃよ。
もちろん完全に『転生』してしまっている可能性も
なくはないが、
うん、お前さんの『記憶』を見る限り、
その子は死ぬような怪我はしていないはずじゃ。
だからきっと『元の世界』で元気にやっているはずさ。」
「そう無事だったんだ、彼・・・
良かったー。
あれ?でも何か所々意味が良くわからなかった気が。
というか何でおばあちゃん、
あの子が怪我してないなんて分かるんですか?
あと『元の世界』ってどういう事なんですか?
そもそもここは日本じゃないですよね?」
大事なことを思い出して再度
混乱に陥りかける私を何とか
宥めようとするおばあちゃん。
あの子の無事を伝える言葉に一瞬
ホッとするものの、
何故そんなことが分かるのか、
そして自分の状況や相手の言っている
ことを少し理解し始めたところで
またパニックを起こしかける私。
もう色々グダグダでした。
「そんなに一辺に質問するんじゃないよ。
全く、セイヤーズの言うとおりだよ。
『異世界』からこのトリップスに不十分な形で転生した人間が、
どんな反応を示すかなんて良く前もって予想できたもんだ。
自分はトリップスに来たことにほとんど混乱を示して
なかったって言うのにねえ。
ああ、もうソーブの大馬鹿者は本当になんてことを
してくれたんだい!
異世界からやって来ながら、
『魔法』を十二分に習得し、
こちらの世界の『文化』をあれほどまで
理解できる『人間』なんて『前代未聞』だっていうのに、
つまらない『権力闘争』のためにあの子を放り出しおって!!
しかもあの子が『魔王』になったことを理由に私を辺境に
飛ばしておきながら、被害が拡大してきたから私を王都に
召喚して対策を聞かせろだなんて、
全くあいつには『恥』ってもんがないのかい!!!
・・・ああ、ごめんよ、まくし立てて悪かった。
まだ『リンク』が不十分だから、
色々言われたら辛いだろう。
ごめんよ。」
「は、は、はいーー。」
おばあちゃんの長ゼリフを聞いていて
何とか状況を理解しようとした私でしたが、
途中の単語単語を聞いていると頭痛とめまいがしてしまい、
半ばうつろな状態になっていました。
おばあちゃんが気づいて止めてくれなかったら、
吐いてしまっていたかもしれません。
「顔色が悪いね、本当にごめんよ。
元『魔道士長』たる私でもこんな魔法は初めて
だからね。
事情を説明するのはもう少し馴染んでからに
しようか。
ついておいでこっちに横になれる場所があるから。」
「あ、はい。」
まだボーッとした感じが抜けないまま、
私はおばあちゃんに手を引かれて隣の部屋へと
移動しました。
そこにはベッドのようなものがあり、
しばらくそこで休むように言われたので、
私は言われるがままにそこに横になりました。
おばあちゃんは私が横になるとすぐ隣の部屋に
行こうとしたのですが、
私が
「もうちょっといてくれませんか?」
とお願いすると、
「ああ、気がつかなくてごめんね。
まだまだ『子ども』だものね。
眠るまで隣にいてあげるから、
安心してお休み。」
と微笑みながら答え、
ベッド横の椅子に腰掛けてくれました。
そのセリフを聞いてなお私は、
「東洋人って外国の方から見ると
若く見えるのかなあ?」
ぐらいにしか状況を把握できていなかったんです。
本来なら色々と考えなければいけない
はずなのですが、
体よりも心が疲れてしまったのか、
私は間もなくぐっすりと寝入ってしまったのでした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
どれくらい時間が経ったのでしょうか?
外の物音に目が覚めて周りを見渡すと、
まだ外は明るいようでした。
部屋におばあちゃんはおらず、
隣の部屋にでも行ってしまった
ようです。
戻ってくるまでもう少し寝ていようかな。
そんな考えもなくはなかったのですが、
現在の自分の状況を把握することが
先だと思い、
何とか体を起こしました。
ここがどこの国なのかは分かりませんが、
日本に帰る手段を探さなくてはいけません。
おばあちゃんの言うことを信じるなら、
彼は無事なはずだし、
何とか一人で帰国する手段を考えましょう。
それにしてもここはどこなのでしょうか?
部屋中見渡しても電化製品がある気配は
ないことから、
欧米ってことはないでしょうし、
どの国だとしても首都に近い場所ってことは
ないはずです。
それでいて先ほどのおばあちゃんが使った、
翻訳のための機械?なのかな、あれは凄かったです。
少し不安になって額を触ってみますが、
何かが埋め込まれた感じはないし、
認証作業か何かだったのでしょうか?
あの感触は気持ち悪かったし、
その後の翻訳の際に気分が悪くなったのは
どうかと思いましたが、
高等な技術であるのは間違いありません。
翻訳の精度がまずいのか、
魔法だとか、異世界だとかよく分からない
単語が出てきていましたが、
あれだけ意思疎通が出来れば十分でしょう。
話している限りおばあちゃんに私への
害意は感じられませんでした。
もちろん何か目的があって私を助けた
可能性もなくはないでしょうが、
何とかうまく話をして
しばらく働いたりしてもいいから、
最終的に日本に帰れる方向に
持っていかないと。
どういう経緯でこんな見知らぬ秘境に
連れてこられたのかは分かりませんが、
今頃日本では大きなニュースになっていることでしょう。
家族も心配しているはずだし、
通信だけでもできないものですかねー。
そんな風にまだボーッとした所のある頭を
何とか動かしながら、
今後の方針を固めていきました。
そうすると何だか少しだけ
勇気が湧いてきた気がしました。
よし、事情を話したげると言っていたし、
おばあちゃんに話を聞きに行こう!
そう決心して恐る恐るベッドのある部屋の
ドアを開け、
隣のさっきの部屋へと足を踏み入れたのですが、
やはりそこにもおばあちゃんの姿はありませんでした。
本当におばあちゃんはどこにいるんでしょうか?
あ、もう一個先ほどのベッドへ向かうものとは
別のドアを発見しました。
近づくと何かブツブツつぶやくおばあちゃんの声が
聞こえました!
ようやく見つけましたよ。
「おばあちゃん!」
「ほほほ。
まだまだ若い気でいたけど、
お前さんにそう呼ばれると決して悪くないね。
・・・そうだね、ちょっとショッキングかも
しれないけど、
実際に見てみたほうが実感できるだろうしね。
お嬢ちゃん、こっちに来てみなさい。」
「へ?一体、何があるんですか?」
ドアを開けると、そこは廊下のようになっており、
左右に幾つかのドアが付いていました。
結構お部屋の多いおうちのようです。
それで問題のおばあちゃんはその廊下の一番先、
玄関なのでしょうか?
開け放たれたドアの先の地面に座りながら、
こちらを振り向き、
私を呼んでいました。
その声に従って、廊下を通り抜け、
玄関をくぐって外に出ると、
実は外はもう日が沈んでしまっている
ようでした。
「あれ、もう夜なんですか?
外から光が差し込んでいたのに。」
「ああ、今は満月だからね。
このあたりには人が殆ど住んでいないから
新月の時は本当に真っ暗になってしまうんだけどね。
でもまあ、これも好都合だね。
これなら色々なものがよく見える。
お前さん、びっくりして大きな
声を出しちゃダメだよ。
隣にお座り。」
「はい?わ、わかりました。」
闇が深いようで変に明るいことを
不思議に思いながら、
私はおばあちゃんが言うままに
隣にペタンと膝をつきました。
私が隣に腰掛けたのを確認して、
おばあちゃんはおもむろに何かを
口に咥えて、
「ピーーーーーー」
「きゃ、むぐむぐ」
一気に鳴らしました。
注意されたのにも関わらず、
声を出しそうになった私の口を
おばあちゃんが手で塞ぎます。
「声を出すなっていっただろ。」
「ご、ごめんなさい。
でも一体何を?」
「見ていりゃわかるよ。
セイヤーズも初めて
『りゅうぶえ』を見たときには
たまげていたしね。」
「はあ?」
小声でおばあちゃんに説明されましたが、
イマイチ要点をえません。
『りゅうぶえ』って何なんでしょうか?
小首を傾げていた私でしたが、
数秒後轟音と共に
巨大な影が目の前を通過したことで、
完全に固まってしまいました。
エッサッキノナンデスカ?
目の前を通過したものを信じきれずに
茫然自失となってしまいましたが、
自分が見たものが幻覚であるという
僅かな可能性にすがりたくて、
何とか目線を上げました。
でも私の儚い願いはそこにいた
想像外のモノによって打ち砕かれました。
「あ、ひあ、あれ。」
「大声を出すんじゃないよ。
『緑竜』は比較的温厚な種族だけど、
びっくりさせると攻撃態勢に入る
可能性があるからね。」
「あ、あれ、ド、ドラゴンってやつですかね?」
「うん、やはりお前さんのイメージは
あの子とそっくりだね。
やはり同じ世界から来たと見て
間違いなさそうだ。」
一人納得するおばあちゃんの反応の意味を
考える余裕もなく、私は夜空に轟音をあげながら
羽ばたく緑色の大きな生物をただただ
信じられない目で見つめていました。
そう、そこに居たのは、
昔友達がはまっていたテレビゲームに登場する、
ドラゴン、
そう表現する他にない生物でした。
そのドラゴンさんが暫くして
何処かへ行ってしまってから、
おばあちゃんは改めてこちらに
向き直ると少し試すような顔をしながら、
私に語りかけました。
「大体、自分が置かれた状況を理解できたかい?」
「ド、ドラゴンって実在したんですね!
ここって一体何ていう国なんですか?
テレビでもみたことないです、
あんなすごい生き物!!」
「・・・何を言っているのか一部分からないけど、
これでもダメなのかい・・・
全く柔軟性のない子だね。
さてじゃあ、次はどうしたら、いいかね。」
興奮する私を尻目におばあちゃんは
どこかがっかりした風です。
いや、でも大発見ですよ。
昔恐竜で空を飛ぶっていうのがいたらしいですけど、
あんな巨大な生き物が現代にまだ残っているなんて、
これはもう歴史に残る大発見です!
やっぱりここはアフリカとか中南米の未開の奥地
なんでしょうか?
地球にはまだまだ人間が知らない秘密があったんですね!!
今までにない喜びの表情を浮かべる私とは
対照的におばあちゃんの顔は更に難しい
表情になっていき、
ため息をつきながらひとりごちていました。
「あの子によると、
あれを見せたらきっと異世界に来たと
信じるだろうって話だったんだけど、
当てが外れたねえ。
あの子によると『魔法』を仮に使っても、
すごい道具かテジナっていう演芸だと勘違い
されるのがオチだって話だし・・・」
「他にもすごい生き物いるんですか?
例えば例えば、所謂ペガサスなんかも!」
「・・・あんたの頭で想像している奴と
大体おんなじ様なのが何種類かいるけどね・・・
でも多分珍しい動物扱いするだけだろうし、
どうしようか?
ロイに頼んでエファリでも連れてきて
もらおうかね。
言葉を話す『魔人種』も効果的だと
セイヤーズは言っていたけど、
この分だと期待薄な気はするし。」
「他にはどんな生き物がいるんですかね!?
なんかちょっと楽しくなってきました!
それにしても明るいですね。
場所によってこんなに月の明るさも違う・・・」
「ん?急に黙って、
どうしたんだい?」
私は空を今一度見上げた瞬間完全に
固まってしまいました。
先ほどのドラゴンさんが
衝撃的でなかったかと言ったら、
そんなことはありません。
あれも十分私の常識を揺るがすものでは
あったんです。
でもそれでも、あれならまだ何とか、
自分の知識と想像の範囲内で
説明が無理やり付けられたんです。
いえ、多分どこかでうすうすそんな気は
していたのですが、
それでもどこかに受け入れたくないという
思いがあったんです。
だってそんなのありえないじゃないですか!?
というよりも、
そんなことを信じてしまったら、
もう「帰れる」って希望が消滅しちゃうじゃないですか!!
「おばあちゃん、私の目がおかしくなっているかも
しれないので、正直に答えてくださいね。
空に浮かぶ月についてなんですが・・・」
「『月』・・・
ああ、なるほど!
こりゃ、まあ、失敗だった。
その点についてはあの子、大した反応を
示さなかったからね。
まあ、これも今回はあんたと私がリンクしていて、
考えていることが大体分かるから、
理解できる話なんだけどね。
何だ、単に『ヌーム様』を見せるだけでよかったのかい!
わざわざ危険を冒してりゅうぶえなんて使う必要は
なかたったね。
いいよ、あんたの疑問を言ってみな。」
「えっと、多分私疲れていて目がかすんでいると
思うんで、
笑わないでくださいね。」
「御託はいいから早く言ってしまいな。」
私の無駄な抵抗をすでに見抜いているのか、
おばあちゃんは笑いながら私を急かします。
もうすでに答えは出ているじゃないかとでも
いう風に。
私はそのありえない想像を何とか
頭の隅に追いやろうとしながら、
ついに決定的な質問を口にしました。
「私にはいま空に・・・、
ふたつの月
が見えるんですが、
気のせいですよね?」
「ははは。
何を言ってるんだい!」
「で、ですよね、ですよね。
そんな訳ないですよね。」
私は大笑いするおばあちゃんの姿を見て、
ほっと胸をなで下ろしました。
勘違いで良かった。
もしこれが正しかったとしたら、
ここは
外国
どころか、
少なくとも私の知っている
地球ですらない
ことになってしまいますから!
本当に見間違いで良かったです。
私はしばし幸せな勘違いに浸っていました。
そんな私の様子を見て、
おばあちゃんはどこか同情した風に
前置きを言ったあと、
しかししっかりと宣言しました。
「リンクしているとあんたの感情まで
伝わってくるから、本当のことを言うのは
辛いねえー。
でもまあ、現実を受け入れない限り、
前には進めないだろうから勘弁しておくれよ。」
「え、それはどういう」
「あんたの見たのは間違いじゃないってことだよ。
ここでは天にましますヌーム様、
あんたがツキと呼ぶものはいつも『2つ』と
決まっているんだよ!」
無情にも告げられる過酷な真実。
私はその言葉を聞いて、
ついに観念し、
涙ながらにそもそも本質的な
疑問を口にしました。
「じゃあ、もしかしてここは
私の住んでいた地球じゃなくて・・・」
「あんたと同じ世界から来た奴から
そちらの世界の考え方は多少なりとも聞いてはいるよ。
正直10年研究した今でも、
ここがどれくらいあんたのいる世界から離れているかは
ほとんどわからないんだ。
ただ事情を知っている人間としては、
この世界で生きていく踏ん切りをつけさせるためにも、
これだけは言ってやらないとダメだと思っているんだ。」
おばあちゃんの口ぶりから、
見知らぬ世界に放り出された私へのいたわりが、
十分感じられました。
でもそれでも、そんな真実、
聞きたくはなかったんです。
だってそんなのあんまりじゃ、
ないですか!!
「そう、この魂の集う世界、
私たちがトリップスと呼ぶこの世界は、
あんたがいたチキュウっていう世界とは、
全くの別の世界なんだよ。」
そう、あの月を見た瞬間に私も
気づいてはいたんです。
自分が想像もつかないような
今までいた場所とは遠く離れた
世界に来てしまったことを。
恐らく二度と戻れないような場所に
来てしまったということを。
私は双月の照らす月夜の下、
自身が全く未知の異世界に来てしまったことを実感しました。
それは今まで感じたことのない、
何も掴めないような、
深い深い絶望を伴った、
あまりに悲しい「発見」でした。
アリアンローズ新人賞応募作品です。
あれ、予想以上に
主人公がショックを受けてしまったぞ!
まあ、こういう風に捉える人もいるかな、
という感じで考えていただけたら幸いです。
他の作品ではもっと適応早いんですかね?
今回のお話では異世界である所ぐらいまで
しか説明できなかったので、
十分に説明できていない魔法や
主人公がおばあちゃんと話が出来ている
理由については後のお話で説明したいと思います。
次の話は語り手を変えて、
魔王サイドからのお話をお届けします。
異世界に対するテンションの違いを感じていただけたら幸いです。




