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ヴェルタースオリジナル

作者: 中川京人

 えー、あ三十分前ですね。

 それでは、あのう。はい、課題を集めますんで。いちばん後ろの席の方、前まで集めて来てください、よいしょっと。

 どうでしたか。百文字以内といっても、名言というのは、いざ作るとなるとけっこう骨が折れるでしょう。さ、もうタイムアップですよ。急いでください。

 えー、それでですね。課題の読み上げの前に、ちょっとお時間をいただきますね。

 その前にと。えーと。いちばん前のあなた、はいあなたです、お名前は。え、ああ、はい? アクタガワさん? てあの芥川さん? てか、あの、というのはおかしいですよね。まあいや、アクタガワさん。

 では、アクタガワさん、聞いてください。


 『ヴェルタースオリジナル』というキャンディーのCMがありますね。

 何年か前のCMですが、覚えてらっしゃいますか? 覚えてますね。

 椅子に腰掛けた白いひげのおじいさんが、子どものころにもらったという飴の思い出を語り出します。

 おじいさんが四歳のころの回想シーンですな。かわいい男の子が飴をほおばってうれしそうです。

 話のおわりごろに、「いまではわたしがおじいさん」という台詞が出てきます。

 これ、いいですねえ。今では私がおじいさん。

 「あれから何年たったでしょうか」とか、「忘れられない思い出です」などとはせずに、あくまで『おじいさんと孫』という構図だけを保持して放さないんですね。

 わたしはこの台詞を聞いたとき、しびれました。強い印象を得たのです。

 そして確信しました。

 言葉は、使い方次第で恐るべきパワーを持ちうるのだと。

 いまではわたしが名言の先生。

 アクタガワさんに教えるのは、もちろんこの言葉です。

 なぜなら、アクタガワさんもまた、特別な存在だからです。──て、どうしましたアクタガワさん、笑うところじゃありませんよ。

 言葉は、鈍物にも穎才にも公平に与えられています。言葉を磨き、削り、いきいきと働くように処方できるかどうかは、アクタガワさん、あなた次第なのですよ。

 名言を考えるさいには、ぜひ参考にしていただきたいと思います。


 はい、アクタガワさん、開放です。お疲れ様でした。

 みなさん。わたしはいま、アクタガワさんだけに向かってお話しました。いまみたいに、みなさん……と話しかけたわけではありません。

 しかし、どうでしたか。

 みなさんは、「アクタガワさんにだけ話しかけているんだから、俺たちあたしたちには関係ないわ」と思われたでしょうか。

 きっとそうじゃないですね。

 「みなさん聞いてください」と話しかけられたときより、なんだなんだと聞き耳を立てたんじゃありませんか。

 おそらくそうだろうと思います。

 言葉は、不特定多数を相手に放散するよりも、特定のひとりに命中したものの方が、はたで聞いていても凄味が出て記憶に残りやすいのです。


 ひとつ例をあげましょう。

 たとえば、激辛カレー店……ってあるのかどうか知りませんが、とにかく、辛いカレーを売りにしているお店があったとします。辛いもの好きのメッカですね。

 このとき、店のポップの──ポップというのは、購入を促すための小さな立て札みたいなものですね──文言の候補として、次のふたつを考えたとします。主旨は同じものです。


 (1)新作超弩級激辛カレー。辛いもの好きの挑戦を受けて立つ!

 (2)激辛王新井和響氏よ。このジャワカレー#8を食ってみろ!


 これはたとえばの話ですよ。でも多数を相手にした(1)より、いち個人を相手にした(2)の方が迫力が出てるでしょう。(2)を読んだとき、多くの人が、「おれは新井和響じゃないからどうでもいいよ」なんて思ったでしょうか。思わないんです。むしろ辛いもの食いの人なら、「よしいっちょう、俺も試してみようか」となるんですね。

 (1)の場合よりも言葉が磨かれていて、針で刺すような具体性があるからです。

 先ほどの『ヴェルタースオリジナル』の話でも、なぜ「あるお菓子のCMで……」と切り出さずに、固有名詞からはじめたのか、もうお分かりですね。

 言葉は磨けば、なんぼうでも光ります。研いで研いで研ぎ澄ませば、どんな切れ味でも見せます。なまくらのままなら、相手の心臓に届くどころか、上着も貫通せずに目の前でゴミのように落ちるでしょう。

 感動させられなかった言葉は、それこそゴミにしかならないのです。

 逆に、感動させた言葉は、相手の心に根を下ろして……そのあとは、相手次第です。


 はい、ではいよいよ、みなさんの力作を読み上げます。

 どんな感動が、この教室に現れるんでしょうか、楽しみです。

 えーと、まずはこれです。


 了


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