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黎明のまほら~アルテミスの祈り  作者: 葵しん
第一章、 景行大王と大碓、小碓
9/109

     四の一

     四


 稲作の文化では、それまでの狩猟採集文化よりもずっと難しいことがある。それは季節を正確に捉えることである。梅雨時の田植えも終わり、雑草取りも終わって盛夏を迎える。今年の収穫を左右する直前の時期に、神を祭り豊作を祈願する。このあと数週で、収穫を左右する発芽の時が来る。稲の花はたったの二時間ほどの間に咲き終わる。花が咲くとおしべが弾け飛ぶ自家受粉という方法で受粉する。穂先から咲き始め、五日間ぐらいで全部が咲き終わる。その短い間に受粉しないと実が結ばない。

 この時期の風や雨の状況が直接収穫量を左右する。この時期の(かんなぎ)(シャーマン)の働きが重要となる。時期を間違えてはならないのである。暦や占卜、薬草術に通じた巫達にはその土地々々に独自の正確な暦があった。

 現在は田植えの時期が大幅に早まっているが、決して良いことではない。ただし時期が早まったのは、受粉後の台風なら幾らかは助かるが、受粉前に台風が来てしまうと全滅も有りうる。それくらい微妙な時期だからかもしれない。

 初秋、豊作祈願の祭りも終えて一段落した頃、日代の宮の(かしわで)(どころ)に、纏向に住む親族達が夕餉の集いにやって来た。封地に出向いているときを除き、纏向に住む皇族達は、大概夕方の食事を共にする事になっている。皆短袖の麻の狩衣に袴姿、公式の場でもないから、帝と大妃、妃達以外は絹の衣など着ていない。女性の場合は首の後ろで髪を結び、後ろに垂らす。男は饅頭髷を布で縛った髪型。小碓は女性と同じ髪形で、ごく幼い子供らは鬼髷に結っている。

 広い板敷の部屋で、帝は最上席で菅畳に座って(たか)(つき)の酒器を手に取る。その下座に中央を向いて二列ずつ向かい合うように居並ぶ皇族達。四、五十人も居るだろうか、什器の膳に盛られた漆器を手に取り、静々と食べ物を箸で口に運んでいる。(かし)(わで)の水仕達が四、五人、配膳役として周りに控えて座っている。

 …箸は六世紀末に聖徳太子がもたらしたとされるが、甚だ疑問である。支那国では太古の昔から箸はあった。普及の度合いは異なるだろうが、伝わっていないとは思えない。…

 普段より静かに感じるのは、帝の顔色に反応しているのであろうか。それともこのところ微かに巷で聞こえてくる噂のせいであろうか、皆が帝の顔色を覗っているようだ。

 食事中、帝は頻りに右手の空いた席を見る。帝の席を除けば最上席である。

 帝はそれとなく周囲に目を配り、皆の御機嫌を覗う。右を向いてやや口元を綻ばせたのは、二番目の席で食している(おお)(きさき)に対する愛想であろう。大后も微笑み返す。

 いつもとは違う雰囲気に幾分不機嫌そうな帝は、左最上席の小碓に手招きをした。小碓は座を低くしたまま帝に近づき、座り直した。

 帝は、自ら小碓に体を寄せて、小声で尋ねた。

「どういう訳で(なれ)の兄は、夕餉の膳に顔を出さんのじゃ。何か知っておるか?」

「いえ、一向に存じませんが」

 と、小碓は合わせるように小声で答えた。

「左様か、困った息子殿じゃ・・・」

 帝は左手の人差し指が気になるのか、親指で弾くような仕草をしている。そろそろ爪を噛みたい心境になってきているようだ。

 帝はまた前のめりになって小声で話す。

「吾は怒っとらんから気にせんでよいと、お前行って来て、善きように計らっておくれ」

「はい、分かりました、陛下」

 と言って、小碓はまた自分の席に戻っていく。

 小碓はごく軽く引き受けてしまった。初めはどうして一緒に住んでいる大妃に言わないのか良く分からなかったが、単に大碓を夕餉に連れてくればよいのだなと解釈した。

 この時の小碓には、この帝の()()がのちにどういう運命を自分にもたらすかなど、知る由もない。

 八尺の大叔父にも(いさ)められ、帝の勘気も治まったと安心してはいた大碓である。すっかりほとぼりも冷めたというのに、大碓は纏向の自邸に籠ったままで、帝と顔を合わす勇気がなかった。その一方で暇を見つけては封地の垂井にしばしば足を運んだ。

 恥ずかしい事をしてしまったと後悔している。皆にどのような目で見られるのか怖かった。大碓が皆に口止めしたとしても、帝や八尺の大叔父、仕丁らも大碓のしたことを知っているのである。噂が流れることは必定であろう。

 西三野垂井に封地を持つ大碓と、近江日野に封地のある小碓とは二卵性の双子である。大碓は大柄で体も顔も四角ばった、帝に似た容姿であるが、小碓は体の線が細く、切れ長の大きな目をした丸顔で、童顔だった。二人とも親譲りなのか臆病で、繊細である。しかし大碓はどちらかというと触らぬ神に祟りなしと考える()()だが、小碓は怖さや危険度がどれくらいなのかを見極め、避け得なければ震えながらも立ち向かうという性質だった。

 臆病ゆえに大碓は先の先まで考えてしまいがちだが、小碓はそこまで気が回らず、一か八かという大らかさがある。ここに少しだけ小碓の方に心の余裕を感じるが、無鉄砲ともいえる。親の反動なのか共に潔癖症で、あまり小細工はしたがらない、理に適わないことが嫌いだった。その点は似ているのに、何故か気が合わない二人であった。


 翌日の昼ごろ、向かいの大碓の屋敷に向かった小碓は、大路に面した四脚門を潜り、左手に見える馬小屋で働く仕丁に訪いを告げると、仕丁は敷地の奥を指差した。見ると広い敷地の中央にある池の袂で大碓が佇んでいた。一礼して小碓は歩きだした。

 四囲を高さ二メートル弱の板塀で囲み、大路に面して四脚門があり、反対側にも裏門の木戸がある。北側に千木や鰹木のある萱葺きの切り妻屋根、高床で平入りの母屋である。その西側に洗い場や井戸があり、西の壁に沿って膳処(厨房)、仕丁小屋が並び、南側には馬小屋や鳥小屋、厠が並ぶ。中央の庭には日代の宮から接ぎ木した桃の木と池があって、円形に盛りあがった(アーチ状の)石橋が架かっている。

 皇族の屋敷はだいたい同じ造りであったが、纏向では殊のほか桃の木を植える屋敷が多い。どの家も千木が高々と天に向かい、日代の宮の朱雀門ほどではないが、大きな鳥居のような四脚門がある。大路を歩いている者から見ると、さぞかし壮観なことであろう。

 大碓は庭の池の傍らに佇んで、(ふくべ)に入った餌を池の鯉にやっている。

 小碓が近づき、

「兄上、御機嫌はいかがで御座いますか」と、軽く九拝した。

「おお、小碓か、何をしに参った」

 大碓は些か不愛想である。

「はい、しばらく兄上のお顔を見ないもので、どうしたのかなと思いまして・・」

「なあに、別に変わりはないさ」

「どこか体が悪いわけではないのですね。されば、何故(なにゆえ)に食事に参らぬのですか」

 仏頂面の大碓は無言でえさをやり続けている。

「実は陛下が兄上の事を心配しておられます、ついぞ夕餉の食膳に見えぬと申しまして。一体どうしたのですか? 陛下と何かありましたか」

 小碓はつい気軽に口走ってしまった。人の心の動きなど、まだ感じ取れるほど成長していない小碓であった。

「うっ・・へ、陛下が吾を心配していると・・(なれ)は陛下から何か聞いているのか」

 と、気の小さい大碓は警戒した。

「いえ、別に。ただあまり顔を見せないので、少し怒っているようでした」

「何? そ、そうか・・・」

 気もそぞろな大碓は、空になった瓢を頻りに揺すっている。

「気にせんでいいから顔を見せるようにとの事です。ですからいいですか兄上、今宵の夕餉には、きっといらっしゃって、顔を見せて下さいよ」

「あ、ああ分かった・・・そうしよう」と、気もそぞろな返事。

 安心して自邸に戻っていく小碓ではあったが、何か兄が心ここに在らずの感じがして気になった。そこで家臣の三太夫にそれとなく見張らせた。すぐ隣の屋敷なので、高い所からなら見渡せるのだ。

 高さ十八メートルを超える(いちい)の大木が小碓の屋敷の庭に生えていて、その木を手入れしているように見せかけて三太夫は見張っていた。すると夕刻になってあわただしく動き回る人達、そして大碓が仕丁二人を連れ、旅姿で裏木戸を開けて出ていくのが見えた。

 驚いて木を降りる三太夫。

 そこへちょうど夕餉を終えて小碓が帰ってきた。

「なに、兄上が旅に出ただと。あれほど約束したというのに、夕餉に現れないからどうしたかと思ったら。兄上は一体何を企んでいるのだ。旅という事は垂井だな、それ以外に行ける所はない」

「いかが致しましょうか、わいが付けて行って、調べましょうか」

「んん、いや、吾も行く事にしよう、何があったか調べねばならん・・この分では今から急いで連れ戻しに行ったところで兄は従わないだろう。事情を把握した上で陛下に報告することにしよう」

 小碓は執事の(ものの)(べの)(くら)(んど)に、明日から垂井まで兄を連れに行くことを告げ、旅支度をしてその日は休んだ。


 翌日早朝、小碓と三太夫は近くの船着き場に向かった。外はまだ夜が明けきっていない。一般の者が利用する船着き場である。今と違って電気の無い時代では、東の空が白む頃には仕事が始まり、一番暑くなる西日の頃には既に仕事を終えて一日の汗を拭い、日が暮れてきた頃には夕餉を食べ終えている。暗くなるずっと前に、寝る支度までするのが当たり前の時代である。

 小碓はなにゆえ兄が出仕しないか気になって仕方がない。腰に水の入った(ふくべ)を下げ、背には朱鞘の刀を結わえつけている。背中の刀がぶつからないように工夫した背負子を担ぎ、干し肉や薬草などの入った麻袋を括り付けている。

 夕暮れ頃、垂井についた小碓と三太夫は金山神社の裏手にある洞穴を宿とした。大碓の屋敷と金山神社との距離はゆっくり歩いても半刻とかからない、目と鼻の先に在る。

 翌日、兄の屋敷の北にある裏山に入り、樹に登って遠くから様子を窺うと、何か緊張感の漂う物々しい雰囲気。屋敷の周りを巡回する者が二組、門で槍を持った者が二人、そして中で槍の訓練をしている者が大勢いるのが見える。竹槍ではない、さすがに伊福連を家来筋に持つ大碓だけに、みな鋼の刃先を付けた槍である。

「これはすごい数だ、いったい兄上は何をしようとしているのだ」

「主、これは帝を恐れとるのやろな、纏向から逃げて守りを固めとるくらいじゃからな」

「そのようだな。ともかく何があってこんな事になったか探らねばならぬ。二人で手分けして調べよう」

 小碓達はひとまず金山神社に隠しておいた荷物を取りに戻り、ここを落ち合う場所と決め、手分けして旅姿のままあちこちに聞き込みを始めた。

 街道が交差する(とう)(さん)(どう)の不破には古くから関所があった。不破の関がすぐ西にあるため、人の往来が多い垂井には市が立つ、物々交換するために都合のよい場所であった。食べ物や衣類に限らず刀剣や農具、馬や奴隷売りもいた。あちこちで商売が始まる。

「おう、その馬は何となら取りけぇるんだ、おらんとこの瓜、ひと山ではいけねぇけ」

「あほぬかせ、馬と瓜とでは比べもんになるかいな」

 市の中を馬曳いて売りに出ている馬子が呼び止められて、あまりの安さにすげなく断るが、相手の瓜屋の親爺の横に座っている女を見て驚いた。

「そのなんだ、そこの、あんたの側にいる娘っ子、その娘っ子だったら取り替えてやってもええわ」

「馬鹿こぐでねぇ、この娘は売りもんではねぇだ、おらの娘だがな」

 と、親爺はいやな貌をした。

「これ、こっち隠れてろ。本とに、うかとは出来ねぇもんだ」

 娘が親父の陰に隠れて、馬子を睨んだ。

「そんじゃあなんだ、この(くわ)()(すが)でどうだな。ついでに瓜も付けるで」

「刀か・・・(はがね)だな、まぁそんならええか、取っ替えてやるわい・・・それにしても、おまはんの娘、ええ女だなぁ、偉い別嬪だがな、残念だなぁ」

「はは、そうかね、ほならこれとこれをっと、どっこいしょ」

 親父は鍬と小刀を渡し、瓜が山と入った籠の蔓を持ちあげ、馬子の前に置き、蔓と手綱を交換した。

「この馬っこはなんちゅう名だね」

「青とでも何でも呼んでりゃええわな、おとなしい馬だから・・・ところでおまはん、ここらへんで時々めっぽう綺麗な娘さんが歩いとると聞いたことあるが知っとるかいな、何でも姉妹だっちゅう事やけど」

「ああ、そりゃ垂井の殿さんの嫁さんの事だがや。二人とも別嬪だってのに、その二人ともが嫁さんだって話だな。一眼見たら目が潰れると言われとるだ」

「へぇ、何で目が潰れるんだ」

「殿さんが家来をいつも護衛に付けとるでな、じっと見たりする奴がいると刀で斬られるって話だ。まぁそいつは嘘だが、それくれぇ殿さんが入れ揚げとるってことだなぁ」

「へぇ、そいつぁ一遍見てみたいもんだな、父っつぁん」

 これを小脇で耳にした三太夫が瓜を齧りながら割り込んできた。

「おい、お父っつぁん、いまの話の娘ってのは誰の事だ? 垂井の殿様に姉妹の嫁はんなんぞおらんやろ」

「ええ? いやぁ、四月の初めごろだったか、本巣の殿さんから嫁いで来ただよ、そりゃぁもう偉い別嬪でなぁ、垂井の殿さんはしょっちゅう纏向からやって来ては乳繰り合っとるちゅう話だ。偉く仲が良くてのぉ、何でもはぁ二人とももうおめでたではねぇか、ちゅうことだな」

「へぇ、ほんまかい、おめでた・・本巣の殿様の娘ねぇ、ふーん、羨ましいこっちゃな。有りがとよ」

 礼を言って瓜の芯をぽいと投げると、三太夫は急に市を抜けて東に向かう。瓜屋の親爺も商いあってか、可愛い娘と馬を連れてそそくさと歩き出す。瓜を買った馬子は、今度はまた別の所で交渉を始めている。忙しいことだ。

 遺跡によると瓜は縄文の頃には存在している。この瓜が本巣国の真桑瓜と同種だったかどうかは分からない。真桑瓜は三世紀の応神大王の頃に(からの)(くに)から伝わったとされる。

 一方、琵琶湖方面に向かった小碓も、同じように潮干狩りに来る姉妹の噂を耳にした。本巣の大根王の娘が大碓に嫁いで来たとか。

 その後本巣に向かった三太夫が重大な情報を掴んで戻ってきた。娘二人は帝の所に行くはずだった、それを大碓が横取りして替え玉を帝に贈ったというのである。


 数日後、金山神社で落ち合った小碓と三太夫は思案に暮れた。神社の裏手の小山にある洞穴で、(かが)(りび)を左右に置き、石に腰掛けて向かい合っている。間に石を囲んだ囲炉裏のようなものがあるが、火は付いてない。地面から六十センチぐらいの高さにある篝火からは炎とは別に()()りの煙が朦々と出ている。

「それにしても兄上は何という大それたことをなさったものか。一体どうすればいいのだ」

「既に娘らは身籠っていると聞きましたで。最早娘らを帝に差し出す訳にはいきませんな」

「どうしようか、三太夫、陛下に報告に戻ろうか」

「いや、それでは二度手間ですがな、なんとか説得して大碓命を帝のもとへ連れてゆかんと。しかし、あの様子ではただでは済みますまい・・・こうしましょ」

 三太夫はそう言うと焚火の燃えさしを掴み、地べたになにやら書き始めた。屋敷の見取り図のようである。小碓は三太夫の言う事に一々頷いて聞いていた。いつの間にこんなに情報を掴んだのだと、小碓は三太夫の働きに、すっかり感心してしまう。


 朝暗いうちに起きだした二人は、顔を洗い、焚火で(あぶ)った干し肉を齧りながら段取りを確認し合った。そして、日差しが輝き始めた頃になって大碓の屋敷に向かう。幾分気が昂って髪の毛が逆立つのを感じる小碓は、

「さ、三太夫、妙なことになって・・」

 と、声が震えてならない。

「落ち着きなはれ。そんなに震えていては、どうもなりまへんで」

 と言いながら、三太夫は小碓の両肩を後ろから急に叩きおろした。小碓がびくっとして驚いたが、そのお陰で震えが幾分治まった。

「どうだす、よくなったやろが」

「ふ、震えている訳ではないぞ、緊張しとるだけだ、ははは」

 と、小碓は虚勢を張った。その姿に、「くくっ」と、笑う三太夫である。

 二人は、三太夫が稽古着として考案した麻で作った草色の上下を着こんでいる。現在の柔道着に似た(たれ)(くび)の上着と(くるぶし)まで隠れる(はかま)である。麻以外に樹木の蔓から取った()綿()という堅い繊維をふんだんに織り込んである。分厚くて刃が中々通らないのだ。手足が動きやすいように裾の所が木綿の紐でしっかり結わえてある。

 …()綿()とは、字は同じだが()綿(めん)ではない。この時代、まだ()()()は存在してない。…

 背には二人ともあつらえた朱鞘に入った鉄剣を木綿の紐で縛って吊るしている。三野の鍛冶屋に作らせた鋼の刀を自邸に育つ(いちい)の木の枝で作った鞘に納めたものである。鉄の道具は当時極めて貴重であった。三太夫も小碓も肩まで垂れる長い髪を首の後ろでまとめ、黒い麻紐で縛り、額を木綿で縛っている。

 屋敷の見張りに気付かれないようにあちこち仕掛けをし、ようやく昼ごろになって大碓の屋敷の門前にやって来た。こっそり道なきところを抜けてきたので、まだ誰も気付いてはいない。ひたひたと門に近づき、三太夫が小碓を見て目配せをし、小碓も頷く。

 そして、小碓だけ一歩門口に踏み込むと、

「兄上、兄上は居るか!」

 と、大音声で呼びかけた。

 二人の門番が吹き飛ばされた如くに後ろに倒れて、尻餅をついた。

 小碓はこの一声で腹が据わった。中で稽古をしている者達がバラバラっと集まってくる。慌てて主を呼びに行く者も居る。外を見回りしていた者も集まってきた。

「な、何奴じゃ?」

 と、小碓らを取り囲んで、中の一人が(わめ)いた。

「弟の小碓だ、(なれ)(われ)を知らんのか。なにゆえ得物を持って取り囲むのか? 吾は帝の命を受けて、兄上を迎えにやって来たのだ。吾に刃を向けるのは、帝に向けるも同じ事ぞ。武装を解かぬと謀反と看做すが、それでもよいか?」

 小碓のあまりの剣幕に、囲みを解いて震える者が出る。が、大概の者は幼い小碓を見て、何を小癪なと、槍を手に、目じりを吊り上げてジリリ、ジリリと寄ってきた。

 やがて人を掻き分けて大碓が現れた。

「おお、兄上、これは一体どういうことです? なぜ武装しているのです。謀反を起こすつもりですか」

「小碓よ、そう喚くな。吾が陛下の前に行けば、殺されるに決まっている。汝も既に知っておろう、吾は陛下が所望した大根王の娘姉妹をわがものとした、陛下を騙したのだ。陛下が気付かずに余生を全うしてくれるのを待つつもりだった。けど知られた以上、吾もまだ死にたくはない、このままここで陛下の死を待つ」

「左様な事が許されてか? 素直に謝って処分を受けよ、兄上」

「それは出来ん、許せ小碓よ。者共掛かれ」

 と言って、手を振り上げた。主のひと声で、槍を振るって、ワァーッと、掛かってくるところ。このままではやられてしまう、槍と刀では長いほうが有利に決まっている。

 その時突如、小碓と三太夫が、

「喝っ!」

 と、声を合わせて一喝した。


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