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黎明のまほら~アルテミスの祈り  作者: 葵しん
序章、 千五百光年の彼方から
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     三

     三


 アルテミスが三十になったころから望遠鏡の解像度も格段と上がり、はっきりと地球の地表やそこに住む者達まで識別出来るようになっていた。

 不思議な事に地球を支配している生きものがタルタロス人と全く同じ種であることが分かった。これを知ってエウリュアレ号の住民の誰もが驚いた。スラの予想の通り、御先祖様の送り込んだDNAの賜なのかもしれない。

 両者の外見上の違いは、せいぜい地球人の方が耳の長さが短い事と、体の大きさが小さい事である。住んでいる星の重力の違いであろう。今では船の重力も地球に合わせているから、やがては背丈も同じになってゆくと考えられる。

 今のうちから地球の環境になれるために、時の流れも重力も、季節までも地球に合わせて自動的にコントロールされている。

 エウリュアレ号の住民は大半が天文学者であり、歴史学者、文学者であった。それぞれ分担された観察地域がある。アルテミスは巨大な大陸の東側を担当している。後で分かったことだが、この東にある細長くて小さな島々は()(もと)というらしい。ハデス七号が歴史を映像として記録し、アルテミスはそこで起こっている出来事を、まるでドキュメンタリーを見ているように見続けるのである。

 観察して得られた知識はマザーコンピューターに蓄積され、各地の言語や風習などは睡眠学習によって全員が知ることになる。地球上のあらゆる所を観察し、地球の言語や歴史を調べ、船旅の合間のうちに地球人たらんとした。

 もちろん観察したことと歴史とではおのずと異なる。映像データをコンピューターが自動的に影響力の大きさを検索することで、歴史となっていく出来事を分類していく。したがって観察者はごく自然に歴史と成りうる場面をリアルタイムで覗き込むことになる。


 ここは大陸の東の大海に浮かぶ島、日の本。景行二五年(西暦一四〇年)秋、膝下まである(あさ)()色の単衣に隠れるように(みじか)(はかま)を穿いた、割合に身なりのいい痩せた小童(こわっぱ)が、近江日野の南にある小山で栗拾いをしている。鹿皮の靴を履き、棒っ切れを持ち小枝を払いながら、かさこそと足音を立てて栗や茸などを物色している。

 突然、どしんと何かが落ちたような大きな音が聞こえた。驚いた小童が立ち上がり、聞き耳を立てると、またどしんと鳴った。

 この時代、人間は生きもの達の頂点に立ったとまでは言えない。まだまだ手強い肉食獣があちこちに住んでいて、その餌食にされる人間も(あま)()存在した頃合いである。

 小童は震えながらも正体を確かめたくて、そっと小枝を掻き分け音の主に近づいて行く。

 凶暴そうな獣の唸り声も混じってくる。

 小枝を掻き分けて覗いて見ると、大きな熊と毛皮の短褌一丁の偉丈夫な(やま)(わろ)が取っ組みあっている図であった。といってものちにいう妖怪の山童ではない、山で働く力持ちで大きな少年の意味である。

 山童はよろよろと押されては木にどしんとぶつかり、跳ね返しては熊が木にどしんとぶつかる。野放図に伸ばした縮れ髪が肩に垂れ、膨らんだ力瘤が汗で黒光りし、丸で獣と死闘を遂げる縄文人のようだ。山童は小童よりだいぶ年嵩に見える。

 唸り声が高まり、互いの力瘤が膨らむ。次の瞬間山童は叫声一発、熊をポーンと投げ飛ばしてしまった。飛ばされて背中から落ちる熊は、恨めしそうな声をあげながら逃げて行った。あまりの怪力に目をぱちくりさせて小童が見つめる。

(んーん、なんて奴だ、熊の一撃を(かわ)して、抱え込んで放り投げてしまったぞ)

 吠えながら逃げていく熊を目にし、嬉しそうに目を輝かせて、

「やあ、やあ、凄い、凄い」

 小童は山童に近づいて行った。

「いや、本とに驚いた、お兄さんはもの凄い力持ちだな」

 山童は、ギロッと横眼で小童を睨みつけた。唐突に現れた娘っ子みたいに華奢で小柄な小童を怪しみ、上から下まで睨め回しながら、

「なんだおめぇは、んん? あの熊はわいの弟だ、いつも()(まい)(相撲)をとっとるだけじゃ。何か用か」

 と、素っ気ない言い草。

「へえ、あの熊は兄弟なのか。じゃあお兄さんは()(くま)さんだね」

 と、小童は勝手に名を付けた。

「け、よせやい、いくら熊が兄弟といったって、兄熊って名じゃねぇや、三太夫てんだ」

「三太夫さんか」

 小童は三太夫の逞しい二の腕と胸板を見つめ、思わず触って(ねぶ)りそうな顔をして、

「なあ三太夫のお兄さん、お願いがあるんだ。この(われ)とひとつ捔力を取っておくれよ、吾は強くなりたいんだ」

「吾と来たな、そういう物言いするものに碌なもんはいねぇ・・く、寄るな、(うっ)(とう)しい、触るなこの野郎、離れろ」

 と、蠅を追うような仕草。

「あまり見ねぇ顔だな。いい物着てるとこみると、日野の殿()()の家来け。おめぇみてぇなひ弱な野郎相手にしてたら体が鈍っちまう、御免だぜ。とっとと帰ぇれ、わいは忙しい」

「はは、そんなこと言わずにさあ、一番でいいからさ」

 と、小童は巨漢の(かいな)に縋りつく。

「やだね、娘っ子の相手をするほど暇じゃねぇや、こちとらこれから晩飯の用意しねぇとな、あばよ」

 と言って、三太夫は小童の腕を軽く振り払うと、小童はひょいと飛ばされてしまった。その軽さに嘲笑ひとつ浴びせ、三太夫は枝に掛けた粗末な衣を片手に握り、切株に刺した石斧を担いで行ってしまった。

 力仕事は男の仕事、栗拾いや潮干狩りなどは女の仕事であった。

 古代は男も女も平等であって、皆それぞれが仕事を受け持って(なり)(わい)をしていた。男女の差別が発生したのは、男が(かせ)いで、女が家女房となってから(平安時代)のことであるらしい。しかし、体力の違いはあるから、自ずから仕事の違いは出てくる。

 気が強い小童は女扱いされ無性に腹が立ち、なんとか一番取ってみたいと、翌日から毎日同じ刻限に通い始めた。

 小童が通って五日目、

「しつこい野郎だな、そんなに投げ飛ばされてぇのか。いいだろう、いっぺんだけ相手してやらぁ。そのかわり死んだって穴掘ってやんねぇぞこの野郎、さあ来い」

 と、相手を睨んだまま腕を捲くって、しゃがんで片手を地に付け、じっと睨んで構えている三太夫。実に悠然としたものである。

 一方やっと応じてくれた嬉しさに小躍りする小童は、

「へへへ、やっとその気になってくれた、有り難い」

 と、手に唾をして左拳を地に押し付け、じっと俯いている。

 やがておもむろに視線を上げ始めると、針鼠のように全身総毛だった小童が、突き刺すような視線を浴びせて構えている。

 三太夫は戦慄した、昨日までの女男とはうって変わり、十二、三の子供とは思えず、体が震えて立つに立てない。

 しかし、三太夫も熊を相手に捔力を取る巨漢である、臆してはいられない。

 お互いの呼吸が合って、右の拳を地に付けると、

 どーん

 と当たった。鈍い音がして、勝負は一瞬でついた。小童は遥か後方の木の根方に腰を打ち付けて気を失った。

「おい、小童、大丈夫か」

 中々起きない小童に、三太夫が不安になった。

「だから言ったんだ、そんな柔な体でわいに勝てるはずがないわい・・・」

 つかつかと近寄り起こしてやろうすると、気が付いた小童ががばっと立ちあがり、

「んーん、やられたか、もう一番だ、さあ来い」

「おい、まだやるんかいな、ははは」

 三太夫は小童が意外に元気そうなので内心ほっとした。

 それから十番もやったであろうか、小童はへとへとになりながらも飛ばされては起き上り、向かっていった。全部三太夫の勝ちであった。小童の負けん気の強さに、ほとほと感心する三太夫である。

 それからというもの小童は毎日飽きもせず、挑み続けては負けていた。やがて半月もすると小童はまともに組み合えるほどに力を付けていた。


 ある時、三太夫が日野の屋敷に炭を売りに行ったところ、小童が日野の殿様の家来ではなく、殿様本人であることを知り、偉く恐縮した。しかし小童の人柄が気に入り、地に座り込んで恐惶頓首、

「是非に家来にして下され」

 と願った。

 小童もひと眼見た時から三太夫を気に入っていたのだから否やも無い、三太夫の家族ごと()(てい)(使用人)として日野の屋敷で雇うことにした。両親と姉二人に弟一人という六人家族。三太夫の家族は()(たけ)という山で(きこり)を生業として暮らし、炭を作り蒲生や瀬田付近にやって来て、米や魚などと交換して暮らしていたのである。

 この日野の若殿こそ第十二代(けい)(こう)(おお)(きみ)の第三子、()(うすの)(みこと)である。小碓が都の(まき)(むく)に行く時も、どこに行く時でも三太夫はつき従った。この時の小碓はまだ領地の管理を任される年齢ではなく、管理代行の執事がこなす仕事を学んでいる最中であった。

 小碓の家来となった三太夫は正式には(こう)(かの)(おお)(えの)()(ゆう)(いら)(っこ)という名を持ち、異能の持ち主である。名を聞けばいかめしく大そうな名前に聞こえるが、今風にいえば、

『甲賀育ちの頼もしい()()ちゃん』

 というくらいの意味である。

 鼻も耳も獣の如く優れ、夜目遠目が利き、六尺(約百八十センチ)という巨漢ながら人に気付かれずに素早く移動出来る。後世でいう忍者に近い。自然の中で育ち、生きもの達に学びながら成長した三太夫であった。

 小碓はこの時から三太夫を相手に武芸の稽古をすることになる。

 瀬田という地に(みつ)(のお)(びと)という者が住んでいる。三津首とは(から)(くに)(古代の朝鮮半島の国々で高句麗、百済、新羅を指す)から来た移民の家系で、支那国(現在の中華人民共和国)の学問に詳しい。特に春秋戦国時代に著された兵法書である(りく)(とう)(そん)()に精通していた。当時としては極めて異例である。

 ()(ほど)の智者なれば国の中枢に居るべきなのだが、辺境の国に身を置くというのはどういうことであろうか。ちなみにのちの仏教の本山、比叡山延暦寺に興った天台宗の(もとい)を築いた(さい)(ちょう)は三津首の家柄である。

 三太夫は炭を売りに行った際に、三津首が人を集めて講釈をたれているのを良く()講いた。それゆえに文字(漢分)も書けるし軍略らしきことにも精通していた。

 三太夫とは三津首から名付けられた呼び名である。小碓にとって三太夫は良き家臣であり、良き師であった。


 この日の本を、遥か宇宙の彼方から見つめ続けている者がいる。ハデス七号という高度なロボットである。日の本中を小さな平面画像で百ヶ所ほども同時に見ている。

 そして彼と共に見ているのは見かけ上十四、五に成長しているアルテミスである。地球から千三百光年ほど離れたエウリュアレ号の一角である。

 栗色の髪を水平に切り揃えた髪型(お河童)にして、いつも両耳の所にアンテナの付いた金色のヘルメットを被っている。アルテミスの思考を伝える道具である。内側に下着代わりの銀色のスーツを着、ダークグレーの長袖のシャツは大きすぎて手が隠れてしまう。その上に朱色の袖のないローマ風のトゥニカ(のちのチュニック)という服を着て、下はグレーで日の本風の袴を穿き、靴は(ふくら)(はぎ)まであるペルシャ風の革のブーツ。百五十センチ弱というやや小柄なせいか、服が全体的にブカブカしている。

 目を瞑りかけ、口を開けて白とピンクの縞模様のある棒飴をくわえてうとうとしている。と、ポロっと飴を胸元に落としてしまった。ふっと気付いてくわえ直すと、目が冴えてしまったのか足を組んで爪先をゆすりしながら、リクライニングチェアーに寝そべっている。金槌のような形の木製の短いステッキが脇に置いてある。

 眠そうに両手を広げて伸びをし、

「ハデス、何かあった?」

 と、飴を口の中でモグモグさせて問いかけた。

「(ポーン)おや、お目覚めですか、アルテミス様、はっは」

「何よ、その笑いは」

 と、アルテミスは頭を掻きながらじろっとハデスを睨んだ。

「いえ、その、大層よくお眠りで・・別に取り立てて変わりはありません。執事の()(さか)の大叔父が帝に命じられて、城下を流れる小川の修繕工事を督励しているぐらいです」

「あっそ、退屈ねぇ」

 と、ステッキの頭で凝った首筋をポクポク叩いた。

「神宮の様子はどうなったの」

「(ポーン)まだまだ敷地の土台作りの段階です。だいぶ掛かりそうですね」

 さして変わらぬ風景に飽きてしまったアルテミスは、頭の中で指令を出した。

(帝に関係する人達の様子が見たいわ)

 すると、アルテミスのすぐ目の前の中空に、ハデスの見ている小さな映像とは別に、大きな立体映像が現れた、ホログラムである。丸で実物の光景そのもので区別がつかない。画像を見ながら次々に頭の中で指図しては映像が切り変わっていく。

 タルタロス人の科学では望遠鏡の映像を、立体視界全体として三次元でデジタル処理して捉えるから、どんなアングルからでも見る事が出来て、拡大縮小も画像を歪めずに自在に見ることが出来る。

 ここで読者は不思議に思うだろう。

 ――望遠鏡で地球を見ているのなら真上からだろう、頭の天辺しか見えなくて、何が起こっているのか判別しづらいのではないか?

 と、こういう疑問が出る。しかしコンピューターは反射像なども含めて三次元デジタルデータを現実に符合するように九十%を超える確率で加工して表示し直すから、どんな角度からでも見ることが出来るのである。

 おまけに口の動きを分析し、喉の形などから自動的に音まで合成されて発声される。風の音や波の音、鳥のさえずりでさえ復元される。3D映像どころではなくリアルに見える。アルテミスが頭の中で指令するだけで、いつでも見たい所を検索出来る。

 観測室全体が演劇場に置き換わるのである。

 映像をどんどん切り換えていくうちに、ふと気になる場面に出くわした。

 大きな山童(やまわろ)小童こわっぱが取っ組み合っては、小童が投げ飛ばされている。

「キャー、可哀そう、あんな小さな子供になんてことするの」

 と、思わずアルテミスは起き上った。小碓と三太夫であった。

 しばらく様子を注視していると、どうも勘違いだと気付いた。

「なんだ、何かの訓練でもしているのね。この小さい子が帝の子なの。小碓(おうす)というのか」

 ほっとしてまた横になった。

 小さな子供ががむしゃらに大男にぶつかって行く姿に、アルテミスは強く惹かれるものを感じた。アルテミスと小碓の初めての出会いである。

 限りなく稀な偶然によって、アルテミスは小碓の存在を知ったのである。


 ところでアルテミスの見つめるこの時代の日の本では、文字がまだ未熟で万葉仮名(七世紀)は登場していない。言葉は有ったが、文字といえば支那国語の漢字を使うしかなかった。同じ意味を表す漢字を使って文字を書いた。すなわち音読みとは当時の支那人の発音で、訓読みこそが当時の日の本で使われていた言葉に相当する。

 漢字でしか書けないために、話す時は何でも区切りに助詞の「の」が付くように読む。小碓命とは「おうす()みこと」、山城国とは「やましろ()くに」と、読むのである。


「ミーの声が聞こえるかしら、アルテミスというのよ。ミーと一緒に小碓の物語を見物しましょうか。ミーは今六十歳だけど地球人に例えると十五歳くらい、人生三百五十年、永いんだから・・・」


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