一
第二章、 旅立ち
一
もうじき稲刈りだというのに帝に呼び出された小碓は、一体何の用事だろうかと不安でならない。稲刈りの指揮は執事や仕丁に任せていても良いのだが、大碓とのことで皆の見る目が冷たく感じる小碓は、纏向には出来るだけ居たくなかった。自ら稲刈りでもして、気分転換しようと思っていたのである。
迎えに来た女丁から私用だということで普段の姿のままついていく。三太夫も朱雀門の所まで付いてきて、外の堀端で待っている。
女丁に案内されて西の間に入ると、五メートル四方ほどの部屋の奥で帝が菅畳に座っていた。右横に八尺の大叔父も控えて座っているが、仕丁は誰も居ない。玉座の間とは違って奥行きが狭く、窓もあり日差しが奥まで射し込む。
奥にまだ幾つか部屋があるようだと小碓は感じた。小碓がこの部屋に入ったのは初めてである。部屋が明るいせいか帝の表情も幾分明るく感じる。
入り口で九拝し、そのまま腕を下ろさず姿勢を低くして摺り足で数歩進み、
「陛下、お呼びで御座いましょうか」
小碓は床板を見つめたままだった。不安な心を隠すように、ひたすら顔を伏せている。
「んん、小碓よ、よう来た。ささ、もっと近くまで来て座れ、そこでは声が届かぬ」
「はい」と、答えた。
帝の声の明るさに幾分安堵した小碓は、腕を下ろし頭を下げたまま静々と歩み、今度はあぐらをかいて板敷に三指の甲を下に突いてお辞儀した。背筋をピーンと伸ばし、実に形が良い。
「ああ、その、汝は大層強いようなのでな、ひとつ頼みたい事があって呼んだのじゃ」
何だろうと怪訝に思い、小碓は思わず頭を上げた。
おほん、
とひとつ咳払いをし、帝はじろっと小碓の顔色を覗い、話を続ける。
「実はな、西国に野蛮な者達が居るのじゃ、熊曾健という兄弟じゃ。此奴らは倭に逆らって言うことを聞かない。豊国直が泣きついてきての。倭には臆病者しか居らんと言うてるそうじゃ、吾はそれが悔しくてならん。この国を吾の代に纏めあげたいのじゃ。汝が行って、この無礼な奴らを懲らしめてきてはくれぬか」
小碓は思いの他の詔勅に、嬉しくなった。西国だとか、熊曾健、豊国直などと、丸で聞いたことのない地名や名前ではあったが、帝に頼られる事が何より嬉しかった。
なんとなく気まずい状態だったが、帝のために働けるとあれば、それも消し飛んでしまう事だろう。
満面笑みを湛え、
「はは、陛下の命とあらば、喜んで従いまする」
と、二つ返事で答えてしまった。
「そうか、よう言うた。さればじゃ、その旅の途次で倭の治める土地の事情も調べてきてくれ。もし反逆の兆しあらば処置せよ。また、地図にある国々を隈なく廻って、土蜘蛛を見付け次第倭に批准させよ。凱旋すれば大変な手柄じゃぞ、励め」
「ははーっ」
と、小碓は深深とお辞儀した。
「んん、これ八尺の大叔父、小碓に地図を授けよ」
「はっ」と言って、大叔父が一礼した。
そして、小碓に近寄り、一枚の大きな布切れを手いっぱいに広げて渡した。
受け取った小碓は何が書いてあるのか見ようとしたが、
「よいか、小碓よ」
と、帝の言葉で遮られ、地図を畳んで前を向いた。
「汝の領地、近江は当分の間、蒲生首に兼任させる事にするでな。心配するでないぞ、心して勅命を全うして来い」
「ははーっ」
と、再びお辞儀して小碓は下がっていく。勅命を受け、嬉しそうに意気揚々と胸を張る小碓であった。
土蜘蛛とは倭側からいう野蛮人の事で、倭に従っていない者達全部を指す言葉である。まだまだ至る所に存在した。下って平安時代になると、土蜘蛛と言えば妖怪とか物の怪の類に意味が変化している。陰陽師が暗躍した時代である。
実を言うと今度の小碓に対する詔勅は大妃の心を宥める意味も含んでいた。再三小碓の処分を要求する大妃の言い分を加味した結果であった。小碓の姿さえ見なければ多少なりとも大妃の苛立ちも鎮まるだろうと帝は考えたのである。
階を軽やかに降りていく小碓は、ふと気にかかり地図を広げられる場所はないかと目を泳がす。考えてみれば細かい指示は何も受けていない。嬉しさのあまり軽率だったが、まあ何とかなるだろうと楽観視している。
ここがいいと小碓は西の池に架かる石橋上にやってきた。しゃがんで橋の上に地図を広げて見開いた。
地図には倭の支配地に朱の丸を書いて記し、土地の名前が書いてある。北の方角に自分の領地近江も記してある。河内湖の近くに明石と書いてある、海直の治める土地のようだ。
(熊曾とはどこだ? 西国とかいっていたが・・)
と、探す小碓は隅々まで目を泳がせて、思わず唖然としてしまった。
(なんと、熊曾とは斯様に遠国なのか? 最果ての地ではないか、これでは、いつ戻れるか分からん。国々を隈なく廻れとおっしゃっていた、大変な旅になるな)
国をまとめる大役を任されたと思い、立派に務めを果たして戻ってこようとは思ったものの、熊曾の遠さに衝撃を感じた。受け取ったものはこの布の地図一枚、武器どころか供に行く兵すら沙汰がなかった。
(ことによると、陛下は、兄上を殺めた罰に吾を追放する気かもしれぬ・・)
もう一度八尺の大叔父に会って詳しく聞いてこようかとも思ったが、二つ返事で応えた手前、なんとなく気が進まない。心がもやもやしたまま日代の宮を出て、朱雀の橋を下りて行く小碓は、そのまま都大路をとぼとぼ歩く。
入り口で待っていた三太夫が小碓の様子に気付き、心配そうに付いていく。茫然と物思いに耽り、小碓はふと自分の家を通り過ぎてしまった。
「主、どうなすったので? どこに行きなさる」
と、三太夫が小碓に声をかけた。
「え? ああ、三太夫か。おっと、こっちじゃなかった」
小碓はくるっと回って、また宮の濠際に来て東に曲った。何だか分からない三太夫は付いて行くしかない。
「三太夫」と、歩きながら小碓が語り出す。
「帝から詔勅を授かった、熊曾を退治して来いと言われた」
「熊曾ですと? 何ですそれは、クマの名ですか」
「いや、西の外れに住む土蜘蛛だ。遠いぞ、生きて帰れるかどうか分からん役目だ」
「なんと、そんな大役を言い付かったので・・」
「まあいいさ、ここに居ると何か皆に睨まれている気がして落ち着かん、旅に出た方が気が楽だ」
「それはそうでしょうが。で、これからどこに」
「ああ、日巫女様に挨拶してから行こうと思ってな」
小碓は濠の東南の角を北に向かう橋を渡った。東の門、青龍門の前にやってきた。
日代の宮の東の領域に神宮がある。吊り橋は常に上げられていて滅多なことでは中に入れない。宮の内部からも帝と神宮の者以外は通行出来ない通路がある。神域であって、ここに三種の神器を祭っている。正殿に匹敵するほどではないが、二番目に大きな屋敷である。
小碓は手を上げて門番に声をかけた。良く知っているようで、すぐに門番は吊り橋を下ろしてくれた。小碓はゆっくり橋を渡って行く。三太夫は連れていけない、神聖な屋敷ゆえに、皇族の者とはいえ滅多に出入り出来ない所なのである。三太夫は、またも堀端で座って待つことになる。
日巫女と呼ばれる倭姫は帝の妹に当たり、皇室の祭祀を一切任されている人物である。彼女の祖父に当たる崇神大王が始めたことで、
―今まで三種の神器をわが屋敷に置いていたが、これは些か危うい。ちゃんとした社を造って祭る事に致す
そう宣言して社を建設し始めた、それが神宮の基である。と言っても現在の伊勢の神宮ではない。
崇神大王以前は神宮の御神宝の守りは帝の仕事であったが、帝は斎宮という専任の者を置こうと決めた。初代は崇神大王の娘が任命され、二代目が孫の倭姫である。
倭姫は父である垂仁大王の詔勅で神宮を建てる候補地を探していた。易や祈祷によって、伊勢という適地は決まったが、まだ神宮は落成していない。つまり現時点では倭姫の屋敷こそが神宮であり、後日元伊勢と言われる神聖な場所なのである。倭姫は伊勢の地で神宮落成後に初代の斎宮に就任することになっている。
小碓は旅の困難を思い、ひと目倭姫の姿を見てから出かけたい、そう思った。
青龍門を潜ると庭の中央に大きな榊の樹が聳える。この木を見ると小碓はなぜか九拝してしまい、根を踏まないように注意して通るのだった。榊はことのほか小碓の好む木である。この木を見つめるように北側に平入りの神宮が建っている。
妙な配置だ。こんな大木が日を遮っては、神宮が暗くてしょうがないと思えるが、敢えてこの配置にされた。三種の神器には刺激を与えてはいけないのだという。鬼髷姿の幼い頃に倭姫に聞いて、何か不思議な思いを受けた記憶が小碓にはあった。
屋敷の周りで掃除をしている采女の巫女に倭姫の部屋に案内を請うた。造りは帝の正殿とさほど変わらない、階を登り東西に走る廊下があり、中央が祭壇、西側の部屋が倭姫の部屋、東側が采女や仕丁達の部屋。
采女の巫女が開き戸を引いて訪いを告げた。そして一歩中に入って、小碓は九拝した。
「日巫女様、お久しゅう御座います」
「おお、汝は小碓よのぉ」
立ち上がり、つかつかと明るい方へ寄ってくる倭姫は、
「久しいのぉ、ずいぶん会わぬ間に大きゅうなって。ささ、こっちに来て、茶でも呑まっしゃい」
と言って手招きし、再び奥に向かう。
「はい、有り難う御座います」と、小碓もついて行く。
倭姫が囲炉裏端の円座に座り、小碓もまたその横の板敷きに座った。そして倭姫は干した蓬の葉の刻んだのを壺から一掴みし、土瓶に入れた。湯がたぎっている。小碓は、倭姫の仕草をじっと見入っている。
倭姫は単衣の上にふっくらした袴を穿き、上着の襲を着ている。全て白ずくめの姿、脱色した麻製の衣類である。長い髪を扇が開いたようにふっくらとさせて首の後ろで束ねて背に垂らしている。まだ四十に届かぬ壮齢の女性であるが、斎宮という役目上夫を持つことは出来ない。
「叔母上は、いつもお変わりなく、大変にお美しゅう御座いますね」
「これ、婆を捉まえて何を言いに来たのじゃ」
倭姫は思わず小碓の下手なお世辞ににっこりし、竹べらで土瓶をかき混ぜる手を止めて、
「汝も鏡を見たいと申すのか」と尋ねた。
御神宝の鏡を見たがるものがたくさんいたのである。
「いえ、わたくしは鏡には・・」
興味がない、などとは言えず、思わず言葉が詰まった。
倭姫が土瓶を傾け茶碗に茶をついで小碓の前に置いた。そして自分の茶碗を持って茶をすすり、小碓の言葉を待った。
「実はこのたび父帝より勅命を賜り、旅に出る事になりました、熊曾退治で御座います。それゆえ、是非に、日巫女様に祈祷して頂こうと思いまして参上致しました」
「なんと、熊曾と申したか・・」
倭姫は驚いて茶碗を落としそうになった。
「軍勢を連れて参るのか」
「いえ、わたくしと家臣の三太夫の二人で参ります」
「なに、たった二人でか? して三太夫とやらはどこに居るのじゃ」
「はい、吊り橋の外で待っております」
「左様か・・・」
日巫女の倭姫は深く考え込んでしまった。倭姫は姫巫女(日売巫女)様と呼ばれていた、それが詰まって日巫女になった。幼いころから巫女として育てられてきた倭姫は、神との交信役として様々な術に長け、神仙(道教)の術者だともいわれる。
小碓の母は大碓と共に住んでいたから、小碓は母の温もりを知らない。それだけに倭姫を母であるかのように慕っていた。倭姫にとっても小碓はわが子のような存在なのである。
魏志倭人伝に記録された卑弥呼(西暦二三九年頃)は、彼女ではないかとの説がある。祭事一切を司る立場にいて、混乱期の倭を纏めるには、宗教的権威こそがうってつけであろう。しかしこれより百年ほど後の時代であり、年代からみてありそうにもない。
(日頃から兄上は小碓とうまが合わないのか、大碓や他の子らに比べて小碓を疎んじている感じがする。しかも先日小碓のせいで大碓が死んだと聞いている。大碓が恥じ入って自害したということだったが、兄上はどう思っていることか・・熊曾とはまた随分遠くに。むごい事をなさることかな、成人したとはいえ、斯様に年若な男の子にそんな大役を・・)
茶をすすりながら、小碓に与えられた試練のことを思う倭姫。小碓も倭姫の様子を覗き込みながら茶をすすり、じっと待っている。
(わらわにはどうにも出来ないが、天照大御神なれば助けて下さるかもしれない。御神託をお願いしよう)
深く考え込んでいた倭姫は、茶碗を床に置いて、
「よかろう、小碓よ、わらわに付いて参れ」
と言い、おもむろに立ち上がった。小碓はおとなしく付いていく。途中采女の巫女に、外で待つ三太夫を呼びに行かせた。
やがて三太夫も追い付き、薄暗く何か荘厳な感じのするところを、静かに倭姫のあとを付いて行く。屋敷の中央の八メートル四方を超える大きな部屋というだけなのに、入り口からは奥が見えず迷路のように衝立などが並べられている。明かりは所々の柱にかかった荏胡麻油の灯しである。天井の明かり取りからも薄っすらと日差しが入ってくる。
ようやく奥の明かりが見えてきた。黒光りする祭壇が、灯しが揺らいで見えたり消えたりしている。祭壇の前にやってきた。倭姫は一旦後ろを向いて二人を見つめると、
「座りや」と声をかけ、再び正面に向き直って鎮座した。
命じられるまま、小碓と三太夫も後ろに控えてあぐらをかいた。
祭壇には純白の絹の布地が敷かれ、その上に三種の神器が置かれている。中央奥に八咫鏡、その被せ物らしい瑠璃色に輝く絹の布地が、後ろ側にめくられている。左に八尺瓊勾玉、そして右側の刀掛に宝剣、天叢雲剱が置いてある。
祭壇の前には、灰を被った熾火を入れてある青銅器の火桶が長々と横長に置いてある。倭姫は胸元から取り出した粉袋を膝元に置き、右手で一つまみしては火桶に焼べた。あちこちに何回か焼べると、左手側に体の向きを変えて座を空け、
「汝が三太夫か」
「はは、お呼び頂き、恐縮致します」
と、小碓の後ろ脇で頭を下げている。
「なんの、恐縮には及ばん、大任ゆえ二人共にお祓いをしてやろうと思ったでな。ささ、小碓も三太夫も、前に進んで煙を体に浴びなさい」
「はい」
小碓は座ったまま祭壇に摺り寄り、両手で煙を体に振り掛け始めた。三太夫も従う。
「わらわの呪文が終わるまで煙を浴び続けるのじゃ」
と言い、倭姫は榊の枝を両手で握りながら呪文を唱え始めた。
忘れめや 一樹の蔭や 一河の水
これ皆多生の 縁なり
生きとし生ける 下々は
あまねく神の 下僕候
これなる下僕に 御心賜われ・・・
二人は扇ぎながら、じっと倭姫の呪文を聞いている。干した草の実――弟切草の実、血止め草とも言う――が煙を上げている。魔除けの煙である。
魑魅魍魎災厄退散、魑魅魍魎災厄退散・・・恐み、恐み、曰さくー
結びの言葉と共に、立ち上がって小碓達の後ろに回った倭姫が榊の枝で小碓達の背を叩くように振り回した。
呪文が終わった。そして元の場所に座ると、
「ささ、また後ろに控えておじゃれ」と命じた。
二人が下がり、再び倭姫が祭壇に向かう。
祭壇の手前に置いてあった筮竹を取り出し、ごにょごにょ何か唱えては、板の間に筮竹を転がしている。両手で五十本の筮竹を、揉み手をしてはバサッと前にばら撒くのである。
耳を澄ますと、
「天照大御神よ、わが願いを聞きたまえ、わが甥小碓は・・・」
と、聞こえる。
そして卦が定まったのか、今度は手を合わせ、目を瞑って一心に祈っている。
…筮竹を転がして吉凶などを占う方法を、占という。卜とは太古の昔からある亀甲卜のことで、二つ併せて卜占と言われる。占は道教の伝える方法で当時の日本にはまだ伝わっていないはずなのに、倭姫は何故か卜占を共に熟知している。…
「ちょっと何、動かなくなっちゃったわよ、ハデス、故障なの?」
「(ポーン)いいえ、故障ではありません」
「だって、動かなくなったわよ」
アルテミスは寝そべりながらステッキを指に挟んで、器用に片手で回している。
「せっかちですなぁ、アルテミス様は。ささ、一息入れてお茶でも呑まっしゃい」
「何それ、ハデスったら」
思わずステッキを床に落としてしまったアルテミスは、
「時々妙な言い回しをして、面食らうじゃないの」
と言って片手を床に伸ばして、手探りで拾おうとするが中々探せない。
「(ポーン)どうも失礼しました」
ハデスはマジックハンドを長く伸ばしてステッキを拾い、アルテミスに渡した。
「おっと、気が利くわね、有り難う」
アルテミスはまたステッキを回し始めた。
「それにしても綺麗な物がいっぱい並んでいますねぇ」
「そうよねぇ、あの青白く輝く大きな石、欲しくなっちゃった。ねぇ、今度成分分析して作ってくれない、耳飾りにしたいわ・・あれ? 少し動いた・・・」
…八尺瓊勾玉は、誰も見たことはないが子供の頭ぐらいある青と白がまだらに入り混じった巨大な青メノウだという説がある。…
四半刻余りも経ったろうか、じっと鏡を見つめていた倭姫は、後ろに向き直り、
「天照大御神が汝を祝福してくれた。神託じゃ。よっく心に留め置き、忘れぬ事じゃ。されば、
乙女
との事です。切り抜けるのに乙女が鍵になるということじゃ。乙女が何に関係するのかはわらわにも解りません、汝が考える事じゃ。時が来たれば自ずと分かるじゃろう。そうだ、良い物がある、しばしここでお待ちなさい」
そう言って立ち上がると席をはずして、どこかへ行ってしまった。小碓と三太夫は怪訝な顔をして祭壇を見つめている。
(何だろう、乙女とは・・・)
しばらくして再び戻った倭姫は静々と祭壇に向かう。両手を前に差し出して、祭壇上に何か小袋らしきものを乗せた。小碓達に背中を見せたまま、再び祈り始めた。
やがて、向き直って、その祈りを込めた小袋を小碓に授けた。
「日巫女様、これは一体・・」
「その袋の中の物が役立つ時があるかも知れぬ、持って行きなさい」
小碓が開けてみると、中に綺麗な宝玉が十個ほど入っていた。
「支那から来た貴人からの贈り物です。とても貴重なものですよ、上手く役立てなさい」
小碓は玉の小袋を頂き、お礼を言って立ち上がろうとすると。
「お待ちなさい、まだ話は終わっていません」
と言って、もう一度座れという仕草をする。
「小碓よ、それから三太夫、汝らはカゥハォ様の言い伝えを知っておるか。倭風に読むと徐福様じゃ」
しばし茫然として顔を見合う小碓と三太夫。
「いいえ、知りませんが」と、小碓は答えた。
三太夫も首を振っている。
「そうか、それならば少しは西国のことで役に立つかもしれぬゆえ、聞かせてやろうかの。じゃが、ここではちと差し支えがある、場所を変えましょう。茶なぞ飲みながら聞かせて進ぜるゆえ、ささ、立ち上がってついて来なさい」
倭姫は再び迷路を潜り抜け、自室に戻っていった。小碓達は神妙にして付いていく。人を遠ざけ、落ち着いたところで囲炉裏を囲んで倭姫の、語り部としての話が始まる。




