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六回目







 つくづく自分が嫌になるときって、自分がどれだけ情けないか思い知るからなんだろうなぁ。


 自分が、こんなに、方向音痴だなんて、知りもしなかった。


 朝は早めに出かけたのに、どうにか城下にたどりつけた頃には、昼近くでさ。


 オレって、金持ってなくって。


 腹へったなぁって思っても、屋台で焼串の一本も買えなくて。


 何やってんだろうって、思った。


 生まれながらの王子のジュリオのほうが、オレなんかよりよっぽどしっかりしてる。


 みんなと一緒にいたころは、オレ、こんなに情けなくなかったと思うんだけどなぁ。


 相変わらず町は前と変わらない人混みで、オレは、ふらふらしてた。


 と、


「若さま、若さま」って、脇道からオレを呼ぶ声がしたんだ。


 オレを呼ぶというか、誰のことだって見渡したら、声の主と視線が合って、確認したらオレのことだったって云うのが正確かな。


 ふくよかな女将さんが、オレのこと上から下まで観察して、金持ってないんだったらオレが着てる服を買ってくれるって云うんだ。ついでに、代わりの服もくれるって言うから、オレは一も二もなく飛びついた。


 古着屋の女将さんだった。


 たまにあるんですよ。


 なんて、訳知り顔で頷いて、


「お屋敷を抜け出しておいででしょう」


って、つづけるから、オレは、びっくりした。


「こんな立派な服を着てらしたら、そりゃあわかりますよ」


 抜け出すのに精一杯で、金子にまで頭が回らなかったんでしょう。


 そう云われたら、返すことばもない。


 服地は絹だし、縫製もしっかりと丁寧。刺繍は簡単な図案だけどやっぱり絹糸ですねぇ。


 換わりの服が綿というのは申し訳ない気がしますけど、差し引きして、これだけでどうです?


 オレを見上げた女将さんの表情は、しっかりと商売人の顔をしてた。


 オレの手の上には、金貨が三枚光っている。


 金貨三枚っていうと、え? とてつもなく高くないか?


 古着なんだけど。


 金貨が二枚もあれば、オレたちは二三ヶ月くらい働かなくて食ってけたんじゃなかったっけ?


 オレは、懐にしまいこんだ金貨に、ドキドキしてた。


 こんな大金、持ったことなかったもんなぁ。


 で、女将さんに聞いた道の通りに歩いたんだ。


 カリーの小屋掛けを聞くと、にっこり笑って、一見の価値ありますよ――って、教えてくれたんだよな。


 なのに、迷うオレって、どうよ?


 自分が嫌になっても、仕方ないよな。


 けどなぁ。


 女将さんにいわれたことを、反芻してみる。


 ああ行って、こう行って、そうして、あそこの角を曲がる。


 うん。


 合ってるよなぁ。


 なのに、なんで?


 広場のひの字すらない。


 広場どころか、細い路地だ。


 薄暗い。


 この間、ジュリオとはぐれて入った路地なんかよりも、狭い。


 陽射しすら、射さないんだ。


 しかも、ぴたりと人通りすら途絶えてる。


 気が抜けた。


 とたん、足の痛みが、主張しはじめる。


 結局、馬使うのあきらめて、歩いてきたからなぁ。


 ここに来たのと同じだけの距離を歩いて帰るのか。


 今日中に帰れるか?


 そこまで考えて、もしかしてって、青くなる。


 ちょっと、いや、かなり、う~ん、めちゃくちゃ、軽率だったか――な。やっぱり。


 反省だよな。


 帰るか。


 あそこしか、いるところなんかないし。


 そう思ったときだ。


 細い路地に、オレ以外の人影が現われたんだ。


 安い酒の刺激の強い匂いが、鼻を突く。


 あまり身形のよくない男たちだ。


 どっから―――


 振り返ったオレの左右。それに、路地のずっと先に、黒々と口を開いてるのは、どこかの敷地の入り口だ。


 どういう造りになってるんだろう。


 蟻地獄みたいなんだろうか。


 オレがいるところは坂じゃないけど。けど、後ろで通せんぼしてる男たちには、オレを、この路地から出してくれる気なんか、


「通してください」


「………」


 ないみたいだ。


 黙ったまま、ニヤニヤと、オレを見ている。


 喉の奥、痰がからんだような薄気味の悪い笑い声が、オレの耳に入り込む。


 腰に剣を吊ってればよかった。


 下手だけど、脅しくらいにはなるだろう。


 重いからって、嫌がらなければよかった。


 そんなこと考えたって、どうしようもない。


 わかっていても、考えてしまう。


 男たちは、こういうことに慣れてるんだろう。逃げ場を探っても、どこにもない。


 供を――と慌てていたテルマたちの声を思い出す。


 自業自得。


 そんなことばが、頭の中で、回ってた。




 結局、オレは、男たちに捕まったんだ。




 きれいに洗濯しおわった古着が畳まれ仕舞い込まれている倉庫の中に、オレは、手と足を縛られて、閉じ込められてた。


 小さな明り取りの窓は閉められて、時間は、わからない。


 見張りの男が三人、小さなカンテラをのせた木のテーブルを挟んでにぎやかに無駄口を叩いている。


 どれくらい時間が経ったんだろう。


 テーブルの上には、湯気を立ててるスープとパン。


 目が行くのは、しかたないだろう。


 今日食べたのって、朝飯だけなんだ。


 結局、金貨三枚は、使わずじまいでさ。


 こんなことなら、どっかの屋台ででも買い食いしておけばよかったって、悔やんでも遅すぎる。


 なんかオレって、こういうことばっかり繰り返してないかな。


 後悔ばっかりがたくさんあるんだって気がしてくる。


 オレは、明日か明後日になったら、船で他の国につれてかれるんだそうだ。


 そうして――――売られるらしい。


 船の中には、オレみたいに女将に騙されて攫われた子たちが乗せられているみたいだ。


 あの女将の本業は、こっちだったみたいだ。


 男たちの話が聞こえてくるからな。


 それで、そうなんだ――って。


 三枚の金貨は、縛られた後で、男たちに懐から取り上げられた。


 売られるオレには、必要ないだろうってことだけど。


 ため息が出る。


 オレって、いったい、なにをやってるんだろう。


 これから、どうなるんだろう。


 ひとがひとを売る。聞いたことくらい、ある。小さいころは、遅くまで外で遊んでいると、攫われて売られるって、怖がらせられた。


 売られると、酷いことをされるっていう。


 酷いこと。


 ひとであることも、無視されて。


 ただ、自分を買った相手の命令に従う。従わなければ、何をされても、文句は言えない。


 ――――怖い。


 怖い。


 怖くてたまらないんだ。


 ごめんなさい。


 ごめんなさい。


 ごめんなさい。


 どれだけでも謝るから。


 だから。


 だから、誰か助けて。


 辺境の森の中で、静かに、ただ木を彫って歳をとりたかった。


 それだけで、いい。


 若さがないっていわれるかもしれないけど、それが、オレの夢だ。


 なのに、ジュリオに見せられた。


 誰かを好きになるとどんなに幸せなのか。


 そうか。


 カリーが気になったんじゃない。


 カリーとジュリオの関係が気になってならなかったんだ。


 幸せそうなジュリオがうらやましくて。


 ねたましくて。


 だから。


 だから?


 オレは、ジュリオからカリーを奪ってしまいたかったんだろうか?


 取り柄のないオレに、そんなことができるって、考えたんだろうか?


 自分のことなのに、このへん、もやもやしてて、わからない。


 何をしたかったんだろう。


 本当に。


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