壱
真朱ナ紅ニ憧レ。
美シク淫ラナ色ニ魅イラレタ私ハ
タダ堕チテイク。
小さな手毬唄が聞こえる。
「かーごめ、かーごめ…。かーごのなーかのとーりぃは。いーつーいーつー…」
「…お姉ちゃん…」
「もう暗くなるから帰ろう?」
「はぁぃ…」
夕焼けに染まった公園で。一人玉突きをして遊ぶ私を、姉はよく迎えに来てくれた。
十二歳も離れた私達姉妹は。喧嘩など一度もした事が無い。
物心ついた頃から、お互いの越えては行けない境界線を理解していた。
帰路
手を繋いで歩く。
目の前には二つ並んだ影が延び縮みしている。角を曲がると、影が後ろに行ってしまい、
前を向かないと危ないよ。と姉に注意された。
女子高に通う姉は、周りから浮いていた。
静かで口数少ない彼女は、特定の人以外とは話さない。ひがみでしかない陰口を叩かれている所を偶然聞いてしまった事がある。
その日ばかりは姉の顔をマトモに直視出来なかった。
姉は美しく、頭も良い。陰口や中傷などは日常茶飯事だったようでそれらに比例して隣高からは一目も二目も置かれ、よく家の前で男子が姉を待って居た。
しかし姉は特定の人は作らず、常に本を読みあさり部屋に閉じ籠っていた。
そんな姉の部屋は一切飾りっ気が無く致って簡素。
ただひたすら本棚にきちんと難しい本が並べられている部屋
一度姉の部屋に無断で入った事がある。
相変わらず本以外目立つ物は何も無い
ふと机に目をやると、小さな鏡がひっそりと横たわっていた。
鏡の前に小さな包みを見つけ、手に取ってみると中からコロンと何かが転がる感触が伝わってきた。
姉が戻って来ないだろうかと警戒しながら
すでに封が切られている包みを開くと…
黒い筒状の何かが顔を覗かし、さらにそれを取り出して確認する
これは口紅だ。
キャップを開けた
外見からでは想像もつかないほどの真紅
黒のケースに映えるその色に私はしばらく魅とれていた。
様々な角度から舐め回すようにじっとりと見つめる。
頭の芯がボーッとして夢を見ているような高揚感に襲われた。
しばらくして蓋を閉めて包みに戻し、姉にバレてはいけないと元の場所に置くと早足で部屋を出た。
自室にかけこみ
高鳴る胸に手を当てて、目を瞑る
ついさっきまで見ていた口紅の美しさが。
まぶたの裏に焼き付いて離れない…
布団に潜り込み身体を丸めて
消えない残像を想いながら、少しの罪悪感に襲われるうちにゆっくりと意識が遠のいていった。