「荘園」簡単解説・・・できたらいいな
本稿は、中公新書刊 伊藤俊一先生著「荘園」の解説をします。
皆様こんにちは。
健康一番。加藤良介でございます。
誠に私事ではございますが、私はちょっくら入院生活をしておりまして、その間を利用して積本の処理をしておりました。
その中の一冊をご紹介いたします。
その名も「荘園」
タイトル通り、かたっ苦しい歴史学術系の新書でございます。 しっかし日本史の歴オタを名乗りたければ、避けては通れない一冊でもあります。
私も買うだけ買って、ささっと斜め読みして、長い間ほったらかしにしておりましたが、クッソ暇な入院生活を利用して、頭からお尻まで完全読破いたしました。
なぜ故にこのような本を紹介するのかと言えば、なろう小説の「農業系スーローライフ作品」の舞台が、だいたい「荘園」だと思うからですね。かくいう私も、異世界内政系の小説を執筆しておりますので、自身の勉強の為にもなりました。
この新書は読むだけなら、そんなに時間はかかりません。250ページ程度の本文ですから、早い人なら一時間ぐらいで読めるんじゃないの? 知らんけど。
だけんど理解するには、長い長い時間がかかると思われます。理由を述べましょう。
・理由1
文章が小難しい。
兎に角、言い回しが固い。
論文よりかは幾分かマシ程度のかたっ苦しい文章が、250ページ以上展開されると考えるだけでも、読み気が失せるというものです。
まぁ、学者先生に小説家の能力を求めるのも、見当違いかもしれませんから善しとしましょう。
・理由2
スタンスのハードルが割と高い。
本書は、「日本史の基礎知識は予め学習してから来い」ってスタンスです。
まぁ、そりゃそうか。一から説明してたら1,000ページ書いても終わらんもんね。
因みに、奈良時代から室町後期までが履修範囲です。
( ´゜д゜)。えーっ。範囲広くない?
その中でも最低限の知識が、「公地公民制」と「班田収授法」そして、みんな大好き「墾田永年私財法」の三つですね。これが分かってないと、スタートすらできません。
「公地公民」は読んで字のごとく、全ての農地と人民が国家によって管理されることです。律令体制の根幹でもあります。
「班田収授」は、公地公民に基づいて、人民に農地を貸し与える法律です。実に共産社会主義的なシステムでございます。
そして、律令体制の行き詰まりから発生したのが「墾田永年私財法」ですね。新しく開墾した土地は、私有してもいいよって法律です。まさにここから「荘園」は生まれました。
・理由3
専門用語のオンパレード。
「郡司」「田堵」「受領」「別名」「本家」「領家」「地頭請」「預所」等々。
例を挙げればきりがありません。
「西遷御家人」とかなら、字面からなんとんく想像できるけど、まったくわからんのも多数。
これらの意味を理解するところからスタートです。
因みに「郡司」「受領」「地頭」なんかは正規の役職。
「田堵」は荘園開発の請負業者。
「本家」「領家」は荘園の所有の順番←何言ってんだ? を表す用語です。
「預所」は代官の事ですね。ってな感じで覚えるのが大変。
分かりにくい理由がご理解いただけたところで、用語としての「荘園」を簡単に解説いたします。
・荘園とは「建物が付随した私有の農地」の事を言います。
田んぼだけ畑だけでは荘園ではないってことですね。建物とは住居、倉、事務所、神社仏閣を指します。これらがセットになっている"私有地"が「荘園」です。
次に大事なのは、「新しく開墾した農地」であることですね。昔から開拓された農地は、基本的に荘園ではありません。しかしながら室町時代ぐらいになると、日本中の全ての農地が事実上「荘園化」します。
( ̄▽ ̄)//あーめんどくさい。
・統計的気象学が重要
昨今の気候変動対策の一環として、過去2,000年に渡る世界的な気温変動の研究が進んでいます。
この研究の成果は、史学考古学に対しても大きな影響を与えています。荘園の発展と変遷は、世界的な気候変動と相関関係を示します。
気候変動によって、昔は栄えていた集落が跡形もなく消滅したり、人口が激減したりします。お天道様相手ですから、当時の人々に出来る事はかなり少ない。
(;゜Д゜)。はえ~。大変。
・荘園開発は、不動産投資と同義
荘園の開発は、あの時代の投資です。
寺とか神社とか摂関家とか上皇とか、当時の"上級国民"が、持っている権力や資産などを運用して「荘園」を作りました。貧乏人が作ることは基本的に無理でした。
(´-ω-`)。夢がないねぇ。
貪欲な経済活動の結果として、日本中のありとあらゆる土地に荘園が形成され始めます。これにより今でいうところの地方創生が行われ、現代にもつながる各地方のひな型が誕生しました。
・実務は現地の人
投資ですから荘園の開発や運営などの実務なんかは、現地の人が行います。
現地の人たちは、請負業をしているわけですね。
現地を監督するために、都から中間管理職が送り込まれました。これが時代が進むと「武士」になります。
中間管理職も請負業ですから、簡単にクビになったり、ヘッドハンティングされたりしました。その下で働く現地の人々も集団で退職したりもしました。これを「逃散」と言ったりもします。
・節税と脱税と横領の歴史
平安時代から室町時代までの日本史は、この三文字で表せると思います。
この三つを推進する側と規制する側のせめぎ合いが、日本中世史だと思いましたね。あたしゃ。
まず、荘園にも課税されます。
国家の取り分と、権利者の取り分と、現地の人たちの取り分です。
まず真っ先に取り分が減ったのが国家、朝廷の取り分です。
新しく開墾した農地が荘園と言いましたが、権利者の連中は既に開墾された農地も自身の荘園へと編入していきました。つまり公地を私有地化したわけです。そして徴税に来た役人に圧を掛け、納税を誤魔化しました。
この動きにより平安時代以降、朝廷は財源不足に泣きます。最終的には、天皇の即位式すらできないレベルまで困窮します。
奈良時代に総国分寺として東大寺を建設した強大な力は消え去り、折々の儀式すら碌に行えなくなるほど落ちぶれたわけです。アメリカ風に言えば「小さな政府」になりました。
次に割を食ったのが権利者たちです。
寺社とか権門とかの上級国民の連中です。この人たちの取り分を分捕ったのが、現地の管理者であった武士ですね。
権門が文句を言うと、刀を片手に「ああっ!!なんか文句あんのか!!」とかいうわけです。完全にヤーサンですな。
こいつらが、ガッツリ荘園の利益を横領してポッポ内々しました。
( ̄▽ ̄)//随分とデカいポッケなことで。
幕府は武士の利益代表組合ですが、武士たちの過度な横領を止めさせるのも仕事でした。
幕府は権利者側の要請を受けて、配下の武士たちに対して「荘園から上がる利益を全部横領すんな。せめて半分だけでも権利者に渡せ」と言いました。これが半済令です。
(`・ω・´)//まぁ、払わん奴は払わんのですけど。たまに全額払ってくれる人もいる。
時代が進むと、武士も実務から権利者側へと移行する者が現れました。
室町時代の守護職を持つ大名は、在京していますので、かつての権門と同じような運営を始めます。
そして、現地にいる守護代や国人領主に、荘園といいますか領国全体を横領されるんですな。
越前の朝倉氏とか出雲の尼子氏、越後の長尾氏なんかが守護代からの成り上がりの人たちです。毛利元就とか家康なんかは、国人領主からの成り上がりになります。
そのどちらでもないのが秀吉。おそらく武家奉公人の出でしょう。
あいつは本当の意味で、日本史におけるバケモンですね。今年の大河もおもろい。
・荘園の終焉
戦国時代になると、前時代に比べて人民の力が増してきました。
道や港が整備され物流が円滑になり、商業活動が増大したのも大きな要因の一つです。また、その過程で貨幣経済が全国に浸透したお陰でもあります。
それまでの自給自足の生活から、経済圏と呼ばれる領域が形成されることにより、荘園の枠組みが少しづつ解体され「惣村」へと変貌し、江戸時代の「村」になります。ここに荘園はその歴史に幕を下ろしたのです。
・新しい動き
21世紀の日本では農業従事者の頭数が減少し、大規模農園なんかが次の時代の農業を担うとされたりしておりますが、これはもしかしたら現代の「荘園」なのかもしれません。
過去の荘園が日本史に多大な影響を与えたのを考えると、現代の荘園である大規模農園なんかも、次のインパクトを与える存在へと変化するのかもしれません。
歴史ってのは過去の出来事ではなく、現在と接続された時間の流れの一区画であると言えるでしょう。
ゆえに我々歴オタは、歴史を重視するわけでございます。
終わり
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
ご意見、ご感想などございましたらお気軽にどうぞ。私が本書を勘違いしている箇所のご指摘もお待ちしております。
いいね、評価などして頂けたら喜びます。




