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第1章 1話 気持ちが零れた夜、その先に異世界があった

「ラスト、サイ中! 劇ロー!」


 自分の声が、ヘッドセット越しに少しだけ遅れて返ってくる。

 画面の中央、照準の先で敵が遮蔽物に隠れたまま動かない。

 時間は残りわずかだった。


「おけ」


 短く、落ち着いた返事。

 次の瞬間、乾いた銃声が1つ鳴って、画面が切り替わる。


 WIN


 歓声が通話に溢れる。


「ナイス!」

「うおおおおお」

「リンさん最強じゃん! キャリーあざす」


「ふふん。 みんなもナーイス」

 彼女は得意げに笑いながら言った。


 俺は知っている。

 彼女が雰囲気を悪くしないために明るく振舞っていることも。

 実は初心者の俺が混ざっているからその分頑張っていたことも。


 彼女は優しすぎる。

 そんなところに惹かれるのは当然だ。


「あ、ランク上がったわ」

 勝利後の雑談。

 何ポイント盛れたとか、次やるかどうかの話。

 そんな中で、言葉は思ったより自然に口から出た。


「……はぁ、好き。」


 間が一拍、空く。


「ん、ありがとね。」


 軽く受け流す声。

 冗談とも、本気とも取れる温度。

 誰も深く突っ込まず、そのまま解散の流れになった。


「じゃ、おつ」

「また今度な」

「おやすみー」


 通話が切れる。

 静かになった部屋で、画面だけがまだ明るかった。


「お礼だけしとこ」


 ぼそりと呟きながら、彼女のDMに遊んでくれたお礼を送信した。


 返信を待つ前に喉が渇いて、椅子を立つ。

 冷蔵庫から飲み物を取り出す最中、足元に違和感が走った。


 光。


 床に、見覚えのない模様が浮かび上がっている。


「……は?」


 視界の端から、色が削ぎ落とされていく。

 輪郭が滲み、床と壁の境目が分からなくなる。


 頭が、強く引き延ばされる感覚。


「待て俺はまだ……」


 ここで俺の記憶は連続性を失う。

 目を開けると、天井があった。


 知らない天井だ。

 木目の梁、白い布の天蓋。

 起き上がろうとして、身体が思ったより重いことに気づく。


「……あぁ、ああ?」


 声が、違った。

 爽やかで落ち着いた、知らない声。


「一体何が……」


 何が起きたのか最後の記憶から思い出す。

 FPSゲームの試合に勝ち、飲み物を取りに行った。

 そしたら、意識が途切れる直前に、何かを「見た」気がする。


 場所だったのか、人だったのか、それすら判然としない。


 ただ、確かに―― そこには自分以外の「存在」があった。


 詳しいことは何も思い出せない。

 思い出そうとすると頭痛がする。


 ベッドを降りて、部屋を見回す。

 家具も、匂いも、空気も、全部が見知らぬものだった。


 ただ、少し部屋が散らかっている。

 それだけは親近感が湧く。


 壁際に立てかけられた鏡へと近づく。


 そこに映っていたのは、自分ではない誰かだった。


 年齢も、髪の色も、体格も違う。

 混乱より先に、妙な納得が来る。


 ――ああ、これは。


「異世界転移!? ――いや、憑依か?」


 元の自分とはかけ離れた整った容姿に、筋肉質な身体。

 身体の芯から溢れ出る力がはっきりと分かる。


「憑依先としては当たりだな」


 ふと再び周囲に目線を戻す。

 机の上に、一冊のノートがあった。

 表紙は擦り切れていて、何度も開かれた跡がある。


 日記だった。


 最初のページを開く。


 そこには、知らない言語でぎっしりと何かが書かれていた。

 読めないはずなのになぜか頭に日本語が浮かんでくる。


「4月7日、 王立高等学校の入学式。 特待生としていきなり上級生と模擬試合を行った」

「特待生だと……そんなにすごいやつなのか」


 息の飲みつつ次の文章の内容を読み上げる。


「彼は確かに強かった。 だが僕の相手ではない。 どうやらここは良い試合をして負けるべきだったらしい」


 これだけでこの体の持ち主の人物像が想像できた。

 それでも、こいつの力を使えば異世界無双ができる、女にもモテモテに……なんて邪なことを考えた。


 その調子で次々にページをめくる。

 読み進めるほどに分かる。


 彼の力を上手く使いこなせるのか、いつも通りに過ごせるのか。

 期待と不安が入り混じる。


 転生じゃない。

 選ばれたわけでもない。

 ただ、入り込んだだけだ。


 ふと、胸の奥がざわつく。


 最後のメッセージ。

 返事ぐらい待てばよかった。


 画面の向こうにいた彼女は、今も、あの世界で、普通に生きているのだろうか。

 心配しているのだろうか、それとも気にせず他の人と遊んでいるのだろうか。


 この身体の記憶ではない。

 自分の記憶だけが、確かにここにあった。


 ベッドに腰を下ろし、日記を閉じる。


「やっぱりその声がまた、聴きたいよ……」


 誰に向けた言葉でもないまま、知らない世界の朝が、静かに始まっていた。

初めまして、作者のまぐちろです。

この作品は私の溢れる思いを、昔構想した設定にぶつけてみたお話です。


更新頻度は気分で不定期となります。

もしも続きが気になる声が多ければ執筆時間を増やそうと思います。

感想、ブックマークしていただければ助かります。


また、ハッピーエンドというのは想定していません。

なぜなら私自身が体験していないからありきたりなものしか描けないからです。

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