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元・魔法少女マリー☆メリー

作者: ニコ

シリアスなのかコメディなのか分からない三日で仕上げたお話です。やりたかっただけです。

 少女が空を舞う。やけにひらひらした衣装をまといながら。

 少女が手のひらを空に掲げる。やけに仰々しい動きで。

 少女を中心に光が煌めく。やけに誇張されたように。


***


「死にたい……」


 そんな夢を見て、三十路突入大絶賛婚活中のOL羊谷真理は壁に頭をがんがん打ち付けた。

 地味な女である。長く伸ばした髪は手入れが十分とは言えず、瞳には生気がない。控えめすぎる胸も身長も男の気を引く要素にならず、今は色気の欠片もない下着姿だ。眠っていたので今は外しているが、いつもならこの上に野暮ったい眼鏡をかけている。

 時刻は午前三時。彼女にとっては悪夢と言えるような光景を夢に見て飛び起き、こうして記憶を消そうと足掻いている次第である。


「消えろ、私の黒歴史……!」


 真理は昔、魔法少女だった。

 フリフリピカピカの衣装に「変身」し、地球を狙う巨悪「ダークノワール」と戦い、ついには平和を勝ち取ったのだ。

 だが彼女の功績は誰も知らない。彼女に魔力を与えた魔法協会の人間と一部の協力者はただのOLになった今でも彼女を尊敬してくれているが、それだけだ。実質、生活は何も変わらず――むしろ、魔法少女となった事で様々な弊害すらあったくらいである。

 そしてそれ以上に――彼女にとって、あの少女時代はあまりに痛々しかった。中学生だというのにフリルごてごての格好で宙を舞い、「魔法の石よ、私に力を貸して!」とか「いっけぇー! 私の必殺技、スターダストフォール!」とか言っていたのだ。二十歳を越えた辺りから、段々とその頃の話を思い出すのも嫌になっていた。


「なんで今更、あんな夢……」


 とりあえず落ち着いた真理だが、こんな時間に飛び起きたせいで寝付けなくなってしまった。明日は休日とはいえ、あまり起きているのも健康と美容に悪い――いけないと思いつつも、寝酒にする為に冷蔵庫からビールを取り出す。

 プルタブを開くと軽快なプシュっという音。

 そして、その缶の中から物理法則を無視して飛び出す、白い物体。


「大変だ真理! ボク達に協力して欲しいんだ!」


「ひぃ!?」


 いきなり声を上げた白い物体は、真理には――否、少女だった頃の真理には馴染みの存在だった。白いもこもこした毛に、四本の足と小さな角の生えた頭だけが露出している姿――デフォルメされた羊の風情。

 

「う、うーる!? なんでアンタがこんな所に……!」


 うーる、それは過去に彼女と共に戦った魔法の生き物である。うーるが魔法少女の衣装を保管しており、真理の声に従いそれを自動で装着させるのだ――と、そこまで思い出して真理の顔は真っ赤になった。光に包まれていたとはいえ、何であの頃の自分は野外で真っ裸になる事に抵抗がなかったのだ。

 そんな真理の様子に気づかず、うーるは焦ったように説明を続ける。


「大変なんだよ! 16年前、真理が倒したダークノワールが、ダークノワールXになって復活したんだよ!」


「えぇ!? 今さらぁ!?」


 あの頃の自分ならノリノリで「よぅし! 何度蘇ってもこの私が倒してやる!」とか言っていただろうが、今は「手伝え」というその言葉に恐怖するばかりだ。


「わ、私は手伝わないわよ!」


「ど、どうしてだよ! 君はあの頃、最強の魔法少女マリー☆メリーとして世界平和の為に戦っていたじゃないか!」


 マリー☆メリー。その言葉に、彼女の頭が真っ白になった。

 そうだ。あの頃は魔法協会に付けられた登録名「マリーメリー」というのを自慢げに名乗っていたのだ。「そこまでよ、悪党! そんな悪事は、マリー☆メリーが許さない!」と言う具合に。

 普段より生気の感じられない空ろな瞳で、真理はうーるの毛を掴みガクガクと揺らした。


「うふふふ私が世界を救う為にどれだけ自分を犠牲にしたと思ってるの? 気になるカレは敵と戦う為に約束をすっぽかす私に愛想を尽かし、テレビ番組を毎週見ないから話題についていけず、部活も出来なきゃ、勉強だって満足に出来なかったわ。えぇ、私一人の犠牲で世界を救えたなら安いものね私はあの頃犠牲と思ってなかったしねうふふふふ。おかげで私は今、彼氏いない暦=年齢の可哀想な魔法処女なわけだけど、魔法協会は何か保障でもしてくれるのかな?」


「え、その……なんか、ごめん……」


「そういうわけだから、協力はもうしないわ……勝手にやって頂戴」


 毛を引き抜かれそうになりながら、それでもうーるはめげていなかった。この暗い目をした元魔法少女になんとか協力を取り付けないと――と。それほど真理の力は強大なのだ。


「じ、じゃあさ! 今戦ってる魔法少女の先生になってくれないかな! 勿論、お給料も出るから!」


「……魔法少女? あんたら、まだあの制度やってんの?」


「仕方ないじゃないか! ダークノワールと戦えるだけの力があるのは魔力の純粋な子供と、子供の頃から純粋な魔力を使い続けてきた真理みたいな人だけだよ!」


 ふぅん、と呟きながら――真理は心の中で熱く炎を燃やしていた。

 魔法少女、そんな事したら絶対後悔するに違いない。その子だってきっと昔の自分のように正義を妄信しているだけなのだ。きちんと現実というものを教えてあげないと。

 過去が走馬灯のように真理の脳裏を駆け巡る――自分と同じ人間を増やしてはいけないという使命感により、真理は首を縦に振った。


***


「くれな! こっちだよ!」


「ま、待って……うーる、早いよ……」


 うーるは真理の部屋に現れた翌日、少女と共にそこを目指していた。

 少女の名前は羽宮はみや 紅奈くれなという。中学生にしては身長も高く発育もいいのだが、それを覆い隠そうとするような猫背。容姿も決して悪くないが、前髪のカーテンに隠れて滅多に人の目に触れることはない。

 つまり紅奈とは、その見た目の印象通りの少女なのだった。引っ込み思案で、自分に自信がない。それでも日々をなんとか生きているのは魔法少女であるおかげだ。使命感と達成感、その連続は彼女の心を癒していく要素になる。


「うん、ここだよ!」


 うーるの声に顔を上げる紅奈。彼女は今日、憧れのマリー☆メリーに師事する事になっていた。

 どんな絶望的な状況もひっくり返す最強の魔法少女。彼女のおかげで過去に世界が救われたらしい。きっと今の自分なんかよりもっと世界について考えている素敵な人なんだろうな――胸は高鳴り、階段を上る歩調も自然と速くなる。

 うーるの指示通りの部屋、その扉をはやる気持ちで開き――そして見たのは、乱雑に散らばった部屋の様子だった。


「うわ……っ!?」


 雑誌が乱れ開き、わけの分からないものがそこら中にある。布団は敷きっぱなしで枕元に携帯が置かれてあった。服だけはかろうじてクローゼットの中だが、その扉が開きっぱなしだ。なんていうか、「だらしない」の一言が最もしっくり来る部屋だ。

 そんな部屋の中央、布団の上――一人、お茶を飲む女性が居た。


「散らかってるし化粧もしてないけど、まぁいいわよね。うーるから聞いてるだろうし……いらっしゃい」


 小さい。大柄の中学生である紅奈と同じ程度の身長に、こちらに向けるのは生気のない瞳。部屋を間違えたかと思ったが、うーるの名が出れば無視は出来ない。

 この人が、羊谷 真理だ。ショックを受ける紅奈に、さらに追い討ちをかけるような言葉が襲い掛かった。


「貴女、魔法少女やめなさい」


 思考が止まった。意味が分からない。立ち尽くす紅奈の脇を、憮然としたうーるが抜けていく。


「真理! やけに素直だと思ったら、そういう事だったのかい!」


「当たり前でしょう。魔法少女なんてやっても碌な事にならないわ」


 吐き捨てるように、言葉を続ける。


「だって、そんな事やっても誰も分かってくれないし! あと、土日も魔法の訓練でドラマとか見れないし! 親にも『最近娘の無断外出が多い』とか勘ぐられるし! そのくせ浮いた噂一つ無くって、関わったのはライバルな魔法少女だけじゃー!」


 かなり切実な響きだった。


「あ、あの……真理? あの子とは和解して今も仲良くやってるんだからそんな言い方……」


「うるさい! 昔を懐かしむ会話ばっかりだし、その昔も大体魔法漬けだし……私の人生スポ根か!?」


 うーるの毛が引きちぎられそうになる展開再び。

 そんな光景を見て、怯えた表情の紅奈が一歩引いてドアノブに手をかける。


「あ、あの……お話が立て込んでるようですので、私はこれで……」


「「待てッ!」」


「ひぅ!?」


 必死の形相で二人に呼び止められる紅奈だった。しかもうーるの普段はつぶらな瞳が尖っていてかなり怖い事になっている。


「君はここに魔法の修行に来たんだろう! 目的も果たさずどういうつもりだい!」


「貴女、魔法少女は駄目だって言ってるでしょ! 言う事聞くまで、この家から出さない!」


 二人の剣幕に押され、ドアノブから手を離す紅奈。両手を前で組み、俯いて――そして、一呼吸置いて、前髪を勢いよく跳ね上げながら顔を上げる。垣間見えたその表情は決意。


「私、魔法少女やめたくない! これをやめたら、私、なにも無いもの!」


 場がシンと静まり返る。

 その沈黙を破ったのは、真理だった。


「貴女、何も無いって……友達居ないの! 親は!? 将来何をしたいとか、そういうのは!?」


「ないよ! 父さんも母さんも帰りは遅いし、友達なんて居ない! 将来何をやりたいなんて、そんな考えてるわけ無いじゃない!」


 うーるが見ていた限り、紅奈は大人しく唯々諾々と人に従う少女だった。むしろ、人に従い必要とされる事に喜びを感じるような人間だ。それは――言い方は悪いが――魔法少女となるのにとても都合のいい性格だった、過去の真理と同じように。

 その彼女がこれほどまで人に反抗するのを、うーるは初めて見た。こんな激しい一面を持っている事に今、驚いている。


「私から魔法少女を奪わないでよ! 私、これが無くなったらもう何をしていいか分かんないよ!」


 叫び、一瞬で部屋を飛び出していく紅奈。真理は腕を上げて追いかけようとしたが――うなだれて、その場に座り込んでしまった。

 うーるは逡巡する。この状況、自分が気にかけるべきなのは紅奈の方だ。彼女こそ今代の魔法少女、その信頼を失ってはこの先戦い抜く事は出来ない。

 しかし、うーるはこの場に留まった。迷い動かないのではなく、自らの意思で。共に戦い抜いた真理を気にかけて。


――ごめん、紅奈。後で絶対追いかけるから。


 心の中で届くはずのない謝罪をしながら空中から真理を見下ろす。その背中はかすかに震えており、ただ戸惑っているように見えた。


「……あんな子、居るんだ」


「うん、あんな子だから僕たちの仲間になったんだ」


 紅奈は孤独だった。親に関わらない子供は家で孤独で、だから外でも人に関わる事を恐れていた。人並みに生きているのに、ただ孤立していた。

 そんな少女の目の前に目標をぶら下げると、驚くほど食いついた。


「ねぇ、真理……気づいてないようだから言うけどさ。アレは、少し形は違っても……昔の君の姿だ」


「え……」


「どっちも魔法少女ってモノに自分を当てはめすぎてるんだよ。魔法少女ってのは、ただの地域のボランティアみたいなものなのにさ」


――私が、皆を助けているんだ。


 過去にあったその思い。その中にあったのは何だったのか。

 皆を助けたいという思い――その中に、少しでも「私が皆を助けてあげている」という押し付けがましい気持ちは無かったか。自分の力を過信し、驕ってはいなかったか。その中に、優越感は無かったか。

 

「それは……」


「今君が昔の自分を恥ずかしいと思うなら、きっとそのせいだ。大人になった君は、過去の“いい気になってた”自分が恥ずかしくてたまらないんだろう?」


「いや、あの格好も叫びも名乗りも丸々恥ずかしいけど……」


「……」


 いいシーンぶち壊しだった。

 それでも真理は立ち上がった。その体は震えておらず、表情にも暗いものはない。元々無愛想な顔なので、見慣れたうーるしか分からないが。

 『見慣れた』。そう、うーるはいつも真理を見守ってきた。敵を壊滅させた後も彼女を見守ってきた。確かにあれ以降の彼女に友達は少なかった、だが居なかったわけではない。もしかすると魔法少女にならなければもっと人気者になれていたかもしれないが、それも彼女の人生だ。彼女自身が否定するのはいい事ではない。……彼氏については、ちょっと謝りたい気分のうーるだったが。


――真理、君は誰よりも優しく面倒見のいい子だ。昔も、そして今も。だからきっと、今までの君の人生は否定していいものじゃない。


 うーるは見てきたのだ。その少ない友達を、無関係の人を、彼女は救ってきた。それこそ、魔法少女などというものは関係なく。


「ボクが君に謝るとするなら、君が魔法少女に“ハマり過ぎる”のを止められなかった事だ。魔法少女っていう制度そのものに悪い事は何もないんだ……それを、分かって欲しい」


「あぁ、そっか。私、何かに押し付けたかったんだ……」


 うーるにも、『魔法少女』にも、真理の人生を悪い方へ導いた原因はあるだろう。だが、原因は自分にもある。

 その事から目を背けたかった。魔法少女さえ無ければもっと上手くいっていたのに――と。本当にそうかもしれないが誰にも分からない、そんな事を自分への言い訳にして。


「……うーる、貴方、あの子が“ハマり過ぎる”のを止められる?」


「善処は、するさ」


 正直言って、うーるにそれは困難だった。立場上、のめりこんでもらった方が都合がいいというのもあるが、それ以上に彼女の心を曲げる方法を彼は知らない。

 その表情を読んだか、真理は笑う。過去の彼女のように快活に。


「私も、手伝うよ。あの子には、私と同じようになってほしくないから……自分の過去を恥ずかしくてみっともないだなんて思って欲しくないから」


「真理、君はまだ……」


「納得はしたよ。でも、何十年も思い続けてきたことが今更曲がるわけ無いじゃない」


 綺麗な笑みに混じる苦笑を、うーるは見逃さなかった。彼女の一瞬の表情に隠された心の傷の深さを。

 ごめん、と謝ろうとして違うことに気づいた。少女時代の傷は一つの言葉で埋まらない、奥底に埋もれてこれが届く事はない。その傷を埋める為には、「これから」しかない。

 だからうーるは一言、「行こう」と言った。

 かつて魔法少女だった女性は、頷いて戸締りを始めた。


***


――あぁ、これはきっと罰なんだ。


 紅奈は泥の味を噛み締めていた。地面に倒れ伏し、己の無力を噛み締めている。

 目の前には一つ目の巨人。ダークノワールXの構成員が使役する使い魔だ。自分の使い魔であるうーるが居ないと紅奈はただの無力な少女で、こんな使い魔程度にも適わない。


――私が、また人と関わろうとしなかったから。

 

 だからきっとうーるにも愛想つかされたのだ、と。

 分かっていた、このままじゃいけない事ぐらい分かっていた。人と関わらずに生きていける人間なんて一握りで、その一握りには大きな代償を払わなければなれない。自分にはそうする事はとても出来なくて、でも人と関わろうともせず過ごしてきた。

 いつか必ず、人と関わらなければ生きていけない日々が訪れる。でもその時、自分はどうするんだろうか。


――だって、仕方ないじゃない。


 親を言い訳にして逃げてきた。それが出来るのもあと少しだ。大人になれば、自分の足で歩かないといけない。自分の親は決して甘やかしてはくれない。

 一つ目巨人の足音が聞こえる。ダークノワールXは人を殺さない――生きた人間から恐怖によって放出される魔力を奪い、無血侵略を成し遂げるのが最大の目的だそうだ。だから死ぬ事はないが、こちらの心を折ろうとする。

 地面に手をつき、立ち上がる。ここで倒れたら自分の信念を曲げる事になる。それでは相手の思う壺だ。虚勢を張って、立ち上がる。

 そして、見た。一つ目巨人が学校へ向かっている所を。日曜日なので人は居ないが、確実に校舎は破壊される。

 誰かの思い出が――誰かの思いが――誰かの誓いが――誰かの努力が――踏みにじられる。沢山の、自分が見た事のある人間の。

 おぼろげにクラスメイトの顔を思い出しながら、紅奈は無意識に叫んでいた。


「やめてええぇぇぇ!」


 その声に応えるように、一つ目巨人の動きが止まる。

 ありえない――目を見開いて驚く。しかしすぐに気づいた。一つ目巨人の向こうにある魔力に。魔法少女になってからいつも自分の隣に居てくれる相棒の存在を。

 そうだ、他人と関わっていないなんて事はない。私は、今でも少しだけだけど関わっていた。


「うーる! 私……」


「今はいい! とりあえず、こいつをやっつけるんだ!」


 力強く頷き、そして片手を空に掲げる。彼女の周りを光が包み込み――高度な時間操作魔法だと聞いた。これで変身時の隙をなくすらしい――服が裏返るようにふりふりした衣装に置換されていく。恥ずかしいと思わないわけではないが、それでも戦えるようになる方が何倍もいい。

 こうして、『変身』は完了した。手の中にある小さなロッドを握り締めながら、一つ目巨人を見据える。あちらはただ戸惑っていた――当たり前だ、ただの使い魔が変身した魔法少女の敵になるわけが無い。

 握る手に力を込め、魔力というものの流れを意識する。そして、魔法の発動を意識する。ずっと憧れてきて、習得したこの魔法。今日は失望してしまったけれど、向こうも私に失望しただろう。また仲直りして、今度はきちんと教えてもらえるかな――。

 思いを込めて、少女はその名を叫んだ。


「スターダストフォール!」


***


 紅奈が『変身』するのを、真理は少し離れたところで見ていた。真っ赤なドレスのような、ひらひらした衣装。可愛らしくはあるが、目に毒なくらい派手だ。

 真理はただ、呆然とそれを見つめていた。憎いのか、愛しいのか、懐かしいのか、目を背けたいのか、頭の中がぐちゃぐちゃで何も分からない。ただ、その新しい魔法少女を食い入るように見つめている。

 その視線の先、紅奈は天を指すようにロッドを掲げた。するとそのロッドの指す方向、空中に巨大な玉が生まれる。少女の服と同じ、真紅の魔力弾。

 思わず声を上げた。あれは昔、自分が使っていたのと同じ魔法だ。自分なりに自分の特性を生かそうと考えて作った『必殺技』――スターダストフォール。多分うーるが教えたのだ、きっと紅奈は真理と特性が似ていたのだろう。

 その魔力弾が一つ目の巨人を打ち据えるのを見ながら、真理は自分でも意識せずに呟いた。


「なぁんだ……案外、かっこいいじゃん」


 訳の分からないまま涙が溢れた。歳をとるにつれて失った感動が、一気に押し寄せてきたような錯覚を受けた。

 しかしこのまま泣いているわけにはいかない――彼女の魔法的に鋭敏になった感覚は『敵』が近づいている事を告げる。涙を拭き、読み取ったとおりに方向を振り向いた。


「くっそー、ルビー☆ウイングめ……! 使い魔と孤立している時を狙ったというのに……!」


 現れたのは女だった。髑髏をあしらった意匠が特徴的なレオタードを着た二十そこそこの西洋人だ。なんだ、こっちの方がよっぽど恥ずかしいじゃないか――鼻で笑う真理。

 今までこちらなど眼中に無いという様子だった女だが、その真理の表情を視界に捉えると、猛然と怒りだした。


「な……ッ! お前ぇ、何笑ってるんだ!」


「いえいえ。ただ、無駄に悪そうなのは恥ずかしいなぁって」


「くッ! ダークノワールXの大幹部である私を侮辱するか! この年増!」


 女が腕を掲げると、辺りの空間から染み出すように先ほどの一つ目巨人が現れる。その数およそ三十。

 なるほど、大幹部というのは嘘ではないらしい。囲まれたこの状況にあって未だ真理は女を馬鹿にするような笑みを浮かべていた。


「かか――」


 れ、と女が号令をかけようとした時。巨人の内の一体が吹き飛び、電柱に激突し、そのまま電柱をへし折り、そして空中でまた染みるように消えていった。一定以上のダメージを受けると使い魔は消える仕様になっている。大幹部たる女はそれぐらい理解していた。だが、今目の前で起きた事は理解できなかった。

 当然だ。ただの散歩中の女性だと思っていた者に、自分の使い魔が倒されたのだから。


「最近の若いもんは口の聞き方がなっていないわね……年上に年齢の事言っちゃ駄目だって組織で教えてないの、小娘?」


「え、えぇ、あ……?」


 正体の分からない事と、急に吹き上がった圧倒的な魔力、そして修羅場を何度も潜り抜けてきた者の威圧感。真理に気圧され、女性は後ずさる。

 そして見た。空中に浮かぶ十を超える――否、五十に届こうかというほどの魔力弾。彼女の宿敵であるルビー☆ウイングの「スターダストフォール」と色だけが違う。純白の魔力が、いつでも女や巨人めがけて落下出来るようになっている。


「あの子もまだまだね。この技、元々はこうやって何個も滞空させておくものなの。ほら、威力はあるし隙はなくなるし、わりと良い事多いから」


「あ、あぅ……」


 女は悟った。格が違う――自分のような新米幹部では適うはずがない。一体何なのだこの女は――その疑問は、真理の次の一言で氷解する。


「手加減してるみたいでごめんなさいね? 『変身』すればもう一桁ぐらい増やせると思うのだけれど、やっぱり恥ずかしくて……」


 先代魔法少女マリー☆メリー。数百の使い魔部隊を差し向けようが、どんな卑劣な罠を仕掛けようが、果ては幹部全員でかかっても勝つことの出来なかった無敵の魔法使い。圧倒的な魔力で悪を殲滅する正義の味方。

 女は背を向けて逃げ出した。こんな化け物とやってられるか――涙すら流れそうになりながら全力疾走する。


「――スターダストフォール!」


 鼓膜が破れるんじゃないかというほどの爆音と共に――女の魔法的な感覚は、自分の使い魔の全滅を告げていた。


***


「真理さん!」


 その光景を遠くから見た紅奈は急いで爆発のあった地点に駆けつけた。うーるは「気にしなくていいよ」と言ったのだが、そういう訳にもいかない。

 そしてそこで彼女が見たのは、クレーターのように変わり果てた地形と、その中心に立つ真理だった。


「あ、うーる。修復魔法使い呼んでおいてね……って、これを言うのも何十年ぶりかぁ」


「君はいくつになっても無茶だねぇ」


 苦笑するようなうーるの声。それは自分に対するものよりも少しだ遠慮が無く、『相棒』という雰囲気を否応無しに感じる。少しむっとして、うーるの毛をわしゃわしゃした。気持ちよかった。

 でも、今はそんなうーるの感触なんてどうでもよくて――ただ、目の前の先輩と話がしたかった。

 

「あ、あの、さっきは急にキレて、飛び出して、す……すいませんでしたっ!」


 謝罪と共に頭を下げた紅奈。真理はその肩を優しく抱き締めた。覆いかぶさるような形になりながら、耳元で囁く。


「私こそ、ごめんなさい。貴女の事をなんにも考えてなかった」


 顔を上げると、そこにはばつの悪そうな苦笑。釣られるように、紅奈もぎこちなく笑みを浮かべた。

 正面から向き合い、今度は両腕を背に回して抱き締められる。今日会ったばかりの他人だというのに不快ではなく、むしろ安心できるぐらいだった。


「小さい頃、こうしてもらった事、あります……お母さんみたい」


「……流石にまだ、そんな歳じゃないと思うけど」


 言葉を交わし、二人で笑う。そんな光景を、うーるは嬉しそうに見つめていた。

 しばらくして二人は名残惜しそうに体を離す。


「魔法、教えてあげてもいいわよ」


「あ、本当ですか! 助かります、敵も強くなってきているので……」


「ただし、条件があるわ」


 条件。その言葉に、紅奈とうーるは同時に首をかしげる。


「友達。作る努力をしなさいな」


 優しい空気の中、真理の言葉はそれを払拭しかねないほど真剣だった。魔法少女ばかりに傾いては人生を駄目にする、という真理の考え自体は変わっていないのだから。

 風が吹き抜ける。うーるが不安げに場を見守る中――


 紅奈は、前髪をかき上げながら嬉しそうな笑顔で頷いた。





えぇ、やりたかっただけですとも! 最近は「邪道な魔法少女」がお流行なので、乗っかったという事で。

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― 新着の感想 ―
[一言] どもです。面白かったので、二度読みしちゃいました。正義のヒーロー、ヒロインにありがちなその後ですよね、三十路の彼女の姿は。それでもその後も輝ける主人公ってのが、自分はとっても好きです。 ヒー…
2010/11/19 21:08 退会済み
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