中部太平洋 胸騒ぎ
物語世界の1942年、昭和十七年の太平洋戦線はグアム占領以降ファニー・ウォー状態でした。帝都空襲までは。
アメリカ海軍が満を持してハワイを出航したのが昭和十八年四月八日。
周辺に貼り付けていた潜水艦からの通報で知ることが出来た。
1943年2月 某白い家
「作戦本部長。奴らをなんとしても引きずり出せ。東京を焦がしてやったのに出てこない」
「プレジデント。そうは言われましても、日本海軍は引きこもりを決めているらしいですから」
そこに参謀総長が言う。
「海軍はろくな損害もなくのうのうとしているな」
「何だと。来年になれば戦力的に圧倒出来る。それまで我慢しているだけだ」
「我々陸軍は今現在も北アフリカで多大な犠牲を払っている」
「だからそれは戦略的行動の結果だろう。予想された範囲ではないか。海軍は時期を待っている。そうすれば損害を少なく敵に大打撃を与える事が可能だ」
「いつだ。来年と言っていたな」
「来年の8月になれば日本海軍を圧倒出来る」
「もう1年遊んでいるのか」
「何だと!」
「やめんか」
「「失礼しました、プレジデント」」
「作戦本部長」
「何でしょうか、プレジデント」
「国内で海軍が遊んでいると言われているのは知っているな」
「知っておりますが、今が我慢のしどころと考えております」
「議会でうるさいのだ」
「そういった声もあるでしょう」
「フィリピンを取り戻せとうるさい奴もいる」
「奴ですか。ですが、奴の王国のために血を流すのはまっぴらです」
「それはそうだが、奴の支持者も多い。おまけに議会で海軍の予算を減らし陸軍に振り分けようという動きもある」
「それはいけませんな」
「そこで、なんとしても日本海軍を引きずり出し損害を与えるように」
「どの程度のですか」
「戦艦だ。長門と新型を沈めろ」
「新型は詳細が不明です」
「出来ないのか」
参謀総長が茶々を入れる。
「フッ、出来るさ。損害を顧みなければな」
「では実行したまえ。ある程度の損害は許容範囲だ。5月中に結果が出ると良い」
「アイ、プレジデント」
アメリカが本気になって攻めてきた。と思われた。兆候は三月始めのマーシャル諸島攻撃だった。日本ではトラック島以東の防衛をどうするかで意見がまとまらず当該地域に軍の施設は監視鞘に毛の生えた程度だった。他には統治機関の出先が有っただけである。小さい地面しかないので大兵力を展開出来ない、と陸軍が難色を示したのだ。補給も困難であると。自分たちは補給困難なインド目指しているくせにと海軍は思うが、口には出さないだけの分別はある。今のところは。
圧倒的な戦力差で一蹴されたと言うよりも、手も足も出せずというくらいの戦力しか(対空砲火など相手戦力からすれば皆無に近い)無かったので抵抗さえ出来なかった。
1回で引き揚げたアメリカ軍だが、四月になると大規模な船団で押し寄せてきた。この2回目の攻撃で当該地日本軍戦力は壊滅した。
アメリカ軍の目的はマジュロ環礁だった。艦艇のみならず輸送船多数の停泊と浮きドック数基が確認された。二式大艇と連山二二型長距離偵察仕様機による偵察は損害もあったが十分な成果を上げた。
この時点で漸減作戦は消え去ったと言っていい。決戦場こそマーシャルだったのである。
次はどこに来るか。トラックだろう事は間違いないと想われるが、意表を突いてマリアナかもしれない。軍令部や連合艦隊では喧々囂々の議論というか、俺が考えるに次はこっちだの言い合いである。
「俺はトラックだと思う。俺の勝負感がそう言っている」
ギャンブラーな連合艦隊司令長官の一言で、じゃあトラックでとなった。ほとんどの人間がトラックの可能性が高いと思っていたところを最後にプッシュしただけだが。
連合艦隊がトラックに集結したのは、昭和十八年五月七日。アメリカ艦隊のトラック襲撃予定8日前だった。
「宇垣君(おい、仮面)、敵はいつ来るのだろうか」
「まだ判断つきません。長官。情報不足です」
「そうなのか。不審電波を傍受したそうだが。敵潜だろう。そして俺の勝負感が『近い』と告げてくる」
「は?」
参謀長が仮面面を止めて変人を見る目で長官を見る。
「基地航空隊に北東方面の索敵を強化して欲しい旨依頼を出してくれ。距離は通常よりも伸ばしてな」
「・・・・・は?」
「北東だ」
「北東ですか。マリアナを狙うと?」
「欺瞞航路を取るだろう。狙いを絞らせないために」
「敵の目的は我が艦隊以外無いと考えます」
「俺もそう思いたいが、マリアナを目標と捉えるものも出てくるだろう」
「艦隊内の意思が分裂しますな」
「拙いと思わないか」
「拙いですな」
黄金仮面は環礁内に広がる艦艇群を見て、意思の乱れは統率の乱れ。いざという時によろしくないと思う。
黄金仮面は長官が好きではないが、命令なら当然従う。
ということでトラック基地航空隊から二式大艇と連山二二型偵察仕様機と新型機の銀河一一型による偵察が北東方面に強化されることとなった。
マリアナからの索敵も強化された。
トラック島北東方位50度距離1600海里に敵機動部隊複数が発見されたのは翌日、昭和十八年五月十三日だった。
敵艦隊発見の方を受けた参謀長はなんだこいつはという目で長官を見る。長官は最近色々表情が面白いなこいつという感じで見返す。
「長官」
「うむ。碇を上げよ」
「通信。艦隊に発令。出航用意」
「水道出口の対潜哨戒を厳に」
通常の駆潜艇や対潜哨戒機に足して出ていく。
「本艦、出航まで3時間かかります」
「まあ順番だしな。距離はあるのだ。慌てることはない」
「はっ」
大和が出航出来たのは3時間後だった。
長官室で従兵が入れたコーヒーを飲みながらのんびりする長官。
疲れた。出航していく船を見送るのに艦橋詰めだったな。
細かいことは黄金仮面達に任せて俺は判断を出すだけにするか。
と思いつつ書類整理を始める長官。組織の長である以上避けられない事務仕事だった。
う~ん。よく見えんな。達筆すぎるぞ。誰だ。楷書で書くようにに指示するか。理由はどうする?俺が老眼で読みにくいからでは格好も付かないし、従うとも思えん。そうだ、誰でも読みやすく間違いを減らせるからとしよう。うむ。良い考えだ。
したくないが老眼鏡を掛ける長官。疲れてきて、あくびも出そうになる。
「参謀長入られます」
なに?老眼鏡を外すまで待てんか。が、その前にあくびが出そうで誤魔化さなければ。あくびなど見られたらあいつの備忘録に何書かれるかわかったもんじゃない。
無情にも水密扉が開いた。
慌てて机に両肘を突き口元に白手袋を組んであくびをごまかす長官。
「入ります」
黄金仮面にあくびを見られなくて済んだが、老眼鏡はバッチリ見られた。書かれるな。
(長官が何か意味深で格好いいポーズをしている。何だ?しかし、老眼鏡だと。後で備忘録に書いておこう)
(俺も格好いいポーズを取るか。しかし、長官の前に出るわけにはいかん。どうする?そうだ。長官の後ろでいかにもわかってますよという態度で手を後ろに回して立っているか。長官が何考えてるかわからんが)
トラックを出た連合艦隊は北東決戦海面へと進路を取った。
艦隊は空母を擁する第一機動艦隊と第二機動艦隊と支援艦隊という位置付けの第三機動艦隊に分かれている。他に前衛部隊として第一艦隊がある。総旗艦は大和。
第一機動艦隊 旗艦 愛宕
第一航空戦隊 赤城 加賀 秋月 涼月
第二航空戦隊 飛龍 蒼龍 初月 照月
第五航空戦隊 翔鶴 瑞鶴
第一二駆逐隊 叢雲 東雲 薄雲 白雲
第三戦隊 金剛 榛名
第五戦隊 愛宕 摩耶
第八戦隊 利根 筑摩
第二水雷戦隊 神通
第九駆逐隊 朝雲 峰雲 荒潮
第一〇駆逐隊 秋雲 夕雲 巻雲
第十五駆逐隊 黒潮 親潮 早潮 夏潮
第十六駆逐隊 初風 雪風 天津風 時津風
第二機動艦隊 旗艦 高雄
第三航空戦隊 準鷹 飛鷹
第六駆逐隊 吹雪 白雪 初雪 夕霧
第六航空戦隊 龍驤 瑞鳳 龍鳳 翔鳳
第二十駆逐隊 天霧 朝霧 夕霧 狭霧
第五戦隊 高雄 鳥海
第六戦隊 青葉 加古 衣笠
第三水雷戦隊 川内
第十一駆逐隊 雷 電 響 暁
第十九駆逐隊 磯波 浦波 敷浪 綾波
第三機動艦隊 旗艦 扶桑
第八航空戦隊 大鷹 沖鷹 雲鷹
第三駆逐隊 初霜 初春 若葉
第十一戦隊 扶桑 山城
第十戦隊
第四水雷戦隊 那珂
第二駆逐隊 村雨 夕立 春雨 五月雨
第二十四駆逐隊 海風 山風 江風 涼風
第二十七駆逐隊 有明 夕暮 白露 時雨
第一艦隊 旗艦 大和
第一戦隊 大和 武蔵 長門 陸奥
第七戦隊 最上 三隈 鈴谷 熊野
第九戦隊 大井 北上
第一水雷戦隊 阿賀野
第四駆逐隊 嵐 荻風 野分 舞風
第八駆逐隊 朝潮 大潮 大潮 満潮
第十九駆逐隊 霞 霰 陽炎 不知火
第三十一駆逐隊 長波 巻波 高波 清波
他の有力艦艇は各地防衛のためとか整備や修理のため不参加。とても不満がたまっているらしい。北方警備の大湊に那智・羽黒。横須賀の妙高、佐世保の足柄とか。
しかし、特にシンガポール(第二戦隊 伊勢 日向)を空にするわけにはいかなかった。
「長官は何を考えているのか」
「大和ですか」
「うむ。敵艦隊を迎撃しに出たのだろう。ところがここで遊弋している」
「まだ600海里あります。遠すぎます」
「中途半端ではないか。夜間に近寄られたらどうする?」
「しかし、突撃していっても届きません」
「いや、夜間飛行と夜間着艦が出来る者だけで出し、帰投までに出来るだけ近くまで」
「それは危険すぎないでしょうか。第一それだけの手練れが各艦どれだけいることか」
「そうだな。逸りすぎた。万が一マレー沖のようになったら困る」
飛龍の艦橋ではこういう会話がされていた。
次回更新 8月9日 05:00
艦名の重複はないはずですが。いつも有るんですよね。
高雄級各艦は戦艦に代わり艦隊指揮を執るために大型艦橋を要求されたので本領発揮のはず。