2 利用規約
目が覚めると、俺は原っぱの真ん中に立っていた。
「……は? なに、ここどこ?」
あたりを見回してみるものの、原っぱとその周りに木や岩がある荒れ地、そして赤い屋根と青い屋根のメルヘンチックな可愛らしい建物が二軒建っているだけで、俺が住んでいるアパートも近所の建物もどこにも見当たらない。
「えっと、夢だったりする?」
いや、夢にしては感触がリアル過ぎる気もするが……。
俺が混乱して途方にくれていると、向こうの赤い屋根の建物のドアが開いた。
「え? 犬?」
ドアを開けたのは、幼稚園児くらいの背丈の、服を着て二足歩行する犬だった。
ふさふさした毛の立ち耳とまんまるの大きな目が印象的な、チワワに似た顔立ちをしている。
俺と目が合った犬は、頭上にマンガみたいな「!」マークを浮かべると、こちらに向かってちょこちょこと走って来る。
(犬が二足歩行して、頭上に!マークが実際に出るって……やっぱ夢か?)
そんなことを考えているうちに、犬は俺の前にやって来て俺を見上げた。
「はじめまして、ポチさん。
わんこ農園へようこそ!」
「え、わんこ農園って昨日ダウンロードしたゲームの?」
そういえば「ポチ」も自キャラに付けた名前だ。
こうして夢にまで見るって、どんだけあのゲームがやりたかったんだと、自分に苦笑する。
「はい! そのゲームの世界です。
この農園を大きくするために、今日から一緒にがんばりましょう!」
「ちょ、ちょっと待って。今「ゲームの世界」って言った? 夢じゃなくて?」
慌てて問いかけると、犬は大きくうなずく。
「はい、夢じゃなくて、ゲームの中だけど実際に存在する世界ですよ」
「は? ど、どういうこと?」
俺がオロオロしだすと、犬も不安そうな顔になる。
「えっと、ポチさん、利用規約には同意されてますよね?」
「利用規約ってスマホゲームの?
確かに同意ボタンは押したけど、内容は読んでない……」
無料ゲームの規約なんてだいたい同じことが書いてあるし、アプリストアの審査を通る時点で怪しげな契約事項はないだろうと思って、まともに読むことはほとんどない。
夕べも全く読まずに同意ボタンを押した。
「えっ、そうなんですか? どうしよう……。
あの、一回規約読んでもらっていいですか?
スマホのゲーム画面から見られるはずです」
「あ、うん、わかった。
えっと、スマホは……」
探してみると、着ているオーバーオールの前ポケットにいつも使っているスマホが入っていた。
……っていうか、これ、キャラメイクで選んだオーバーオール……。
そして……手が完全に……犬……。
一応人間に近い形の5本の指があるものの、白に茶ブチの短い毛が生えていて、手のひらにぷにぷにした肉球のある手で、スマホの電源を入れる。
ホームに追加された犬の顔のアイコンをタップすると、短いロード画面の後、初めて見るゲーム画面になった。
「画面の左上にポチさんの顔のアイコンがありませんか?」
「うん、ある」
「その中の「設定」に利用規約があると思うんですけど」
利用規約を開いて頭から目を通していくと、第3条の1に思いっきり「本サービスの利用者は、ゲーム世界に転生するものとする」と書いてあった。
「うわ、マジかよ……。ゲーム転生ってやつか」
アニメなんかでよくあるのは、主人公がプレイしているゲームの世界の中に入り込むやつだが、俺の場合、始めようとしていたゲームの世界に入り込んでしまったということだろう。
規約に書いてあるとはいえ、ほとんど詐欺のような話だが、実際にこうやって俺をゲームの世界に犬のキャラクターとして転生させているのだから、きっと神様とかの高次元の存在が関わっているに違いない。
俺がここでいくら詐欺だと騒いでも、どうにもならない気がする。
一応規約を最後まで読んでみたが、元の世界に帰る方法や運営者?への連絡の取り方などは書いてなかった。
どうやら俺は、自分が犬としてこのゲームの世界に転生したことを受け入れるしかないらしい。
「困ったな……いや、待てよ。別に困らない……か?」
いきなりゲーム世界に来たから焦ったが、よく考えてみたら、俺は現世にそんなに未練はない。
両親はすでに亡くなっていて親しい親戚もおらず、仕事が忙しいせいで友人とはすっかり疎遠になってしまったし、彼女もいない。
職場の人たちには迷惑をかけてしまうが、元々ブラックなせいで、突然会社に来なくなる人がたまにいたので、俺が急に会社に来なくなっても「またか」で済まされそうな気がする。
「うん……別にゲーム転生しても困らないな。
むしろブラックな仕事を辞められたと思えば悪くないかも」
ブラック企業だとわかっていながらも、転職する勇気が出なくて惰性で仕事をしていたのだから、ある意味強制的に転職させられたと考えれば、かえって良かったのかもしれない。
それに、まだプレイしてなかったけど、好きなジャンルの農園ゲームの世界に転生できたのだ。
コツコツ作業ゲームが好きな俺なら、農園ゲームの世界でコツコツ農作業をするのも向いてる気がする。
「……よし、決めた。
俺、このゲームの世界で生きていくよ。
えっと、農園を大きくすればいいんだっけ?」
俺の様子をハラハラして見ていた犬は、パァッと明るい表情になった。
「はいっ!
あ、えっと、じゃあもう一回やり直しますね。
この農園を大きくするために、今日から一緒にがんばりましょう!」
「がんばろう! おー!」
俺がこぶしを振り上げると、犬も嬉しそうにこぶしを振り上げた。




