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元公爵家執事の俺は婚約破棄されたお嬢様を守りたい 第1章

元公爵家執事の俺は婚約破棄されたお嬢様を守りたい 第1章(5)新しいお菓子とお嬢様のプレゼント

作者: 刻田みのり

 翌日。


 教会に赴いた俺は礼拝を済ませてからシスターキャロルに会った。


 古びた本を数冊抱えていた彼女は俺を教会内の応接室へと連れて行き、少しの間姿を消すとどこかに本を置いてきたらしく本の代わりにお茶のセットと菓子器を盆に載せて戻ってきた。


「珍しいな、俺にお茶か?」

「たまには厚遇しないとあなたがカール王子側に寝返ってしまうかもしれませんしね」

「……」


 嫌味だった。


 そんなに俺がイアナ嬢やシュナとパーティーを組んだことが気に入らなかったのか。


 てか、前にも言ったが俺は寝返ったりしないぞ。


 俺はカップにお茶を注ぐシスターキャロルをじっとりと見つめた。


「俺がシスターエミリアを裏切ると本気で思っているのか?」


 お嬢様は自分のことを「お嬢様」と呼ばれるのを嫌っている。


 そのことをシスターキャロルも知っているので彼女の前では迂闊に「お嬢様」と呼べなかった。


「さて、どうでしょうね。随分とあの二人と中も良くなられたのではありませんか? それとも、仲の良いふりをしているだけなんて言いませんよね?」

「……」


 ああ、何だろう。


 恋人に他の女を疑われているような、そんな厄介な匂いをそこはかとなく感じるのだが。


 いや、まあシスターキャロルは俺の恋人でも何でもないんだけど。


 俺はシスターキャロルの表情を伺った。


 これこの上なく億劫そうに眉をしかめてカップを凝視している。自分で用意した癖に早くも面倒くさくなっているのが丸わかりだった。


「あなたがあの二人と護衛クエストをこなしにノーゼアの外に出たのも聞いていますよ。楽しく冒険者生活を満喫するのも構いませんが本来の目的をお忘れなく」


 と、そこで彼女の口元が意地悪そうに歪んだ。


「まあ、あなたはダニエル様の命令で動いている訳でもありませんしね。自由意思でここに来ているあなたに無理強いをするほど私も愚かではありません」

「確かに俺は自分の意思で動いている」


 俺は彼女を睨んだ。


「だが、お嬢様を守りたい気持ちは一緒だぞ。いや、むしろ俺の方があんたより強く思っているはずだ」

「そうですか」


 自分の分にもお茶を注ぎ終えるとシスターキャロルはそれを一口飲んだ。


 何かを納得させるようにうなずき、ソーサーにカップを置く。音は立てない。


「ランバダ」


 前触れもなく一つの名を口にした。


「例の襲撃でホワイトワイヴァーンを操っていたと思しき人物が特定できました」

「ああ、あの陰気そうな男か」


 俺は羊皮紙に描かれていた男の顔を思い出した。卑屈さが服を着ているような奴だな、と無言で評価する。魔法でホワイトワイヴァーンを操るなんて大層な真似をしているが中身はそんなもんだろう。


 ま、自分でやらずにモンスターに街を襲わせる時点で卑怯者は確定なんだけどな。


 次にまたホワイトワイヴァーンを使っても俺がぶちのめしてやるよ。


 ……ん?


 そういやランバダって名前どこかで聞いたような。


 まあ、後で考えよう。それよりも優先すべきことはある。


「ランバダというのがそいつの名か? 特定したってことは正体もわかってるんだよな?」

「ええ、彼は南西の領地ウェルシーの魔術師です。領内の魔道士師団に所属していましたが一年ほど前にモンスターの討伐のために遠征に出たまま行方不明になっていました」

「魔道士師団の人間か。行方不明になっていたって、その間は何をやっていたんだ?」

「さあ、そこまでは存じません」


 かぶりを振る彼女に俺は問いを重ねた。


「今は? どこにいる?」

「東の門に近い旧ツブレータ商会の倉庫に潜伏しています。監視もつけていますので確かな情報ですよ」


 俺は頭の中で周辺地図を広げた。


 東門のあたりは小規模の商会とその倉庫が建ち並ぶ区域だ。居住区から少し離れているため夜間はほとんど人通りが無くなる。


 昼間建物から出なければ身を潜めるのにもってこいかもしれない。


 倉庫の規模にもよるがホワイトワイヴァーン一体を隠すこともできるだろう。


 まあ、あの襲撃事件のときはノーゼアの外から襲来したようだが。


「いつ仕掛ける?」


 俺は尋ねた。


「どうせ放っておくつもりはないんだろ?」

「今夜には。騎士団への連絡もありましたのですぐにという訳にはいきませんでした」

「騎士団?」


 吃驚してつい声が裏返ってしまった。シスターキャロルなら自分たちだけで処理するだろうと思っていたからだ。


 俺の父であるライドナウ家筆頭執事ダニエル・ハミルトンは自分の配下をノーゼアに送っていた。シスターキャロルもその一人だ。


 カール王子に婚約破棄された上にやってもいない罪で断罪された俺のお嬢様はライドナウ家の公爵令嬢だった。そんな彼女は学園と王都から追放されて現在は北の辺境ノーゼアにシスターとして暮らしている。


 彼女と共にウィル教の教会に身を寄せたのが元メイドのシスターキャロルだった。


 だが、元メイドのシスターキャロルはただの元メイドではない。


 俺以上の実力を持つ凄腕の元メイドなのだ。


 ちなみに彼女が得意とするのは氷魔法である。


 そんじょそこいらの騎士団なら鼻歌を歌いながら壊滅させても不思議ではない威力の魔法を……って、鼻歌を歌うような女じゃないか。黙ってブリザードとか起こしそうだな。詠唱するから黙ってってのも無理だが。


 そんなシスターキャロルが騎士団をアテにするだと?


「そのような顔をされるとは心外ですね」


 不満そうな声を発するシスターキャロルだが表情は微塵も心外そうではない。


 あ、ちょっとまわりの室温が下がり始めた。


 おいおいおいおい、いきなり冷気を強めるんじゃない。


 うわっ、さっきまであったかかったのにお茶が凍ってる!


 シスターキャロルがほんの少しだけ頬を緩めた。目は笑っていない。


 すげぇおっかねぇ微笑みだな、おい。氷の微笑って奴か。


「どうしました? 随分と寒そうですけど」

「……」


 くっ、こいつ。


 俺で遊んでやがるな。


「騎士団に連絡したのは単に人手が足りないからです」


 それで納得しろ、といった声音で彼女は言った。


「あちらにしても街に被害を及ぼした犯人を捕まえることができるのですから悪い話でもないでしょう。私もあの子の守りを薄くしたくありませんからね」

「……あとはあれか、騎士団に貸しを作りたかったからか? あんたというより親父が考えそうなやり方だな」

「それに関してはお答えしかねます」

「……」


 図星かよ。


 *


 一応ランバダの潜伏先を襲う時間を聞いてから俺はお菓子に手をつけた。お茶はシスターキャロルのせいで飲める状態にない。これ、どうしろっていうんだ?


 菓子器には二種類の黄色っぽい棒状の菓子が数本あった。


 重さはかなり軽い。そして手触りはざらっとしていた。


 俺が手にしている物はチーズの匂いがする。菓子器にあるもう一種類は俺のより黄色味が強くてどうやら違う味付けだとわかった。


 まあ、とにかく食べてみよう。


 そう思って口に運びかけると無感情な声でシスターキャロルが告げた。


「それ、あの子の作ったお菓子ですよ」


 ぴた。


 俺は身体の動きを止めて目だけをシスターキャロルに向けた。


「また何かの試作品か?」

「ええ」


 ワオ。


 すっげえいい顔して返してきやがった。


 俺は直前で食べるのを止めたその長くて黄色っぽい菓子を眺める。


 もちろん「食べる」一択だがわざわざシスターキャロルが用意したというのが引っかかって俺を躊躇わせた。でもお嬢様の試作品だと知らなければ迷わずいってたけど。


 表情を変えずにシスターキャロルが圧をかけてくる。


「どうしました? まさか、あの子のお菓子が食べられないとでも?」

「……」


 何だろう。


 頭の中で何かが「食うな」と全力で警告しているのだが。いや精霊的な意味合いは微塵もないけど。あえて言うなら本能?


「シスターキャロル、あんたはもう食べたのか?」

「ええ」


 小さくうなずき。


「とっても美味しかったですよ。そのまま昇天するかと思いました」

「……」


 え?


 それ「食べるな危険!」の類なんじゃないの?


 ええっと。


 俺は微かに震えだした手を抑えるようにもう片方の手を重ねた。そんなもので手の震えが止まるはずもなく震えは続いている。


 ええい、覚悟を決めろ俺っ!


 俺はガブリとそのお菓子にかぶりついた。


 サクッ。


 口の中に広がるトウモロコシの甘味とチーズの風味。塩加減が丁度良い塩梅だ。


 一口目で安全を確認し、というかまずくはないと理解し俺はあっという間に一本目を完食する。


 何だか妙に血流が良くなってくるような気がした。別段温かい食べ物でもないし香辛料を使ってるようでもないのに身体が暖かくなってきている。


 シスターキャロルが訊いてきた。


「どうです? 魔力が回復しているような感覚はありませんか?」

「……」


 そういやこれ、魔力回復のポーションを飲んだときに似ているな。


 まあ、どっちかというとポーションの方が効くような気もするが。


 俺が戸惑い気味にうなずくとシスターキャロルは満足そうに口角を上げた。


「ウマイボーというお菓子だそうですよ。なぜかチーズ味は魔力回復、コーン味は体力回復の効果があるようです。両方ともポーションほど強い効き目はないようですが」

「ウマイボー?」


 聞いたことのない菓子名に俺は首を傾げた。



 **



「あの子が言うには」


 シスターキャロルは菓子器に手を伸ばさない。


 彼女はお茶を一口飲んでから言葉を接いだ。


「それ、本来は穴が開いていて筒状になっているそうですよ」

「へぇ」


 俺はカップを両手で包み氷を溶かそうとして思い直した。そこまでして飲みたい訳でもないからだ。


「……」


 とはいえウマイボーを食べると口の中の水分が持って行かれるな。


 ポーションならそんなことはないんだが。


 いや待て、そもそもこれはお菓子であって回復薬じゃない。


 俺はお菓子に何を求めているんだ?


 ちょい自分を見失いかけているとシスターキャロルが小さく笑った。


 ほとんど誤差の範囲だが目元と口許が緩んでいるぞ。


「存外小さなことにこだわるのですね。それはそういう菓子だと割り切れば良いでしょうに」

「いや、まあそうだが」


 これ持って帰って何かの時に使えるんじゃないかと思う俺がいる。


 イアナ嬢とかシュナにも持たせるべきかもな。一応パーティーを組んでいる訳だし。


「なあ、これ貰っていいか?」

「おや、気に入りましたか?」

「いざというときに使えそうだろ。日持ちもしそうだし」

「なるほど」


 シスターキャロルが菓子器を見つめ、それから俺へと視線を移した。


「美味しかったのならそう言えばいいでしょうに。難儀なまでに回りくどいことで」

「いや、それは違う……」

「存外に子供っぽいのですね。まあ、いいです」


 否定しかけた俺の言葉をシスターキャロルが遮った。いや、話をちゃんと聞けよ。


 一度席を外し、再び戻ってきたシスターキャロルは薄布にウマイボーを一本ずつ巻いてから小さな布袋に入れた。何気に早く帰れと急かされているような気がする。


 というかこいつ俺との話に飽きやがったな。


 *


 ウマイボーの袋を持って教会を後にしようとしたらお嬢様に呼び止められた。


「良かった、間に合いました」

「どうかしましたか?」


 慌てた様子で走り寄るお嬢様は数回深呼吸をして息を整えると俺に銀色の腕輪を差し出した。


「これ、良ければ使ってください」

「……」


 おおっ。


 マジか。


 お嬢様が俺にアクセサリーをプレゼントだと?


 思わず昇天しそうなくらい嬉しくなるが本当に昇天したら洒落にならないのでぐっと堪える。


 俺は両手で受け取ろうとして片手が塞がっていることに気づいた。


 やむなく左手を伸ばす。


 お嬢様がその手をがっしりと掴んだ。


 え?


 お嬢様がニコニコしている。


「……」


 何だろう。


 すげー怖いんだけど。


「実は前から魔法付与の練習をしておりまして」

「は、はぁ」

「昨夜、とてもいい出来の腕輪が仕上がったので、これはもうジェイに使ってもらうしかないと」

「……」


 どうしよう。


 嬉しい、嬉しいのにすっげぇ怖い。


「私が填めてあげますね」


 上機嫌でお嬢様が俺の左手首に腕輪を填める。それはもうこれこの上なく楽しそうに、だ。


「本当は左右で合計二個と考えていたのですが思いの外難しい付与になってしまいまして一個しか作れませんでした」

「はあ、そうなんですか」


 俺は自分の左手首の腕輪を見つめた。


 見たところただの銀で作られたのではないようだ。これは魔銀、ミスリルか。


「ブラザーラモスが品質の良いミスリルを手に入れてきてくれまして、私、つい張り切ってしまいました」


 苦笑するお嬢様。可愛い。天使。


 じゃなくて!


「あ、あのーお嬢さ……」

「ジェイ、違いますよ。私はもう公爵令嬢ではありません」


 お嬢様が口を尖らせた。


 でもこれはこれで可愛い。反則だ。


「申し訳ありません、シスターエミリア。以後気をつけます」

「わかってくれたのならそれでいいです」


 一転してにこやかになるお嬢様。あれか、可愛さの限界に挑戦しているのか?


「それでですね、その腕輪なのですが」


 お嬢様がそこで言葉を切り、両手で腕輪を撫で始めた。


「ロケットパンチ……じゃなくてマジックパンチを撃てるようにしました」

「はい?」


 マ、マジックパンチ?


 何それ?


 さすがにこれにはつっこんだ。


「あ、あのーシスターエミリア。言ってることがよくわからないのですが。そのマジックパンチとは何ですか?」


 本当はロケットパンチのことも訊きたいのだが怖くて訊けなかった。


 というかこれは訊いたら駄目な奴だ。


「そうですね、言葉が足りませんでした」


 お嬢様は眉根を寄せて苦笑した。腕輪を撫でるのを止める。


 その視線が中空へと向いた。


「狙った対象に拳を発射する技、ですかね。厳密には魔力を利用していますので魔法と呼べなくもないかもしれません」

「……」


 えーと。


 拳を発射ってのがすげぇ不穏なんですけど。


 相手に向けて拳を繰り出すと魔力弾が出るとかそんなんじゃないのか?


「この世界にロケットパンチはないし、オールレンジ攻撃もないですからねぇ。あ、でもオールレンジ攻撃をできるようにするにはもうちょっと魔術式を改良しないと無理かもしれません。それには必要とする魔力とそれに準じた増幅機能も追加しないと。だとすればあの理論の魔術式も組み込まないと発動が難しくなりますね。それから……」


 お嬢様がぶつぶつ言い始めてしまった。


 こうなるとしばらく戻って来ないんだよなぁ。


 *


 お嬢様が俺のことを忘れてそのまま教会の宿舎の方へと引っ込んでしまった。考え事に没頭しているせいだとわかってはいるがちょい悲しい。


 仕方なく俺はギルドへと向かった。


 ギルドにはイアナ嬢とシュナの姿はなく、俺は二人を待たずに資料室へと進んだ。


 地下に設けられた資料室はギルドのロビーとほぼ同じ広さだ。沢山の書棚の奥に閲覧スペースがありいくつかのテーブルと椅子があった。現在、利用者はいないようだ。


 天井の照明用魔道具が適度な明るさで室内を照らしている。ロビーより絞られた明るさだが本や資料を傷めないための工夫なのだろう。そのためか書棚のあたりより閲覧スペースの方が明るくなっていた。


 ここの本と資料は持ち出しが禁止されている。資料室そのものが特殊な結界に囲われているのでその禁を破ることは基本的に不可能だった。


 まあ俺なら余裕でそんな結界無効にできるんだがな。


 しないけど。


 俺は目当ての本を何冊か手に取ると閲覧スペースの端に陣取った。テーブルの上に本を積み、とりあえず一冊を取って読んでみる。


 それはすぐに見つかった。


 黒い巨大な蜘蛛の姿をしたそれは二百年ほど前にも出現していた。そのときは王都のすぐ近くの森で五十体の群れが騎士団と激突したそうだ。


 騎士団側に甚大な被害を出しつつもどうにか追い払うことに成功していた。騎士団が特に手こずったのは群れを統率していたと思しき一体のモンスターである。


 ケチャリムゲルズナー。


 蜘蛛の姿をした悪魔だった。


「悪魔」


 俺はもう少し調べた。


 それによってわかったのはゲルズナーがただの蜘蛛型モンスターではないということだ。あれは異世界の悪魔だった。


 なるほど、手強い訳だぜ。


 俺は納得してうなずいた。


 再度戦うことを見越して弱点も調べたがこれといったものは得られなかった。悪魔だから聖または光属性に弱いとか聖女による浄化魔法が有効とか記していたがそんなものはわざわざ資料室に赴く必要もない既知の情報だ。


 俺はさらに数冊目を通して次に取りかかった。ラ・ムーのことである。


「お、これか」


 古い文献の一つにそれはあった。


 ラ・ムーは乙女のような姿をした精霊で気高き精神の勇者に加護を与える、とされていた。その存在は人間が地上に現れるよりも昔からあったという。


 てか、おい。


 つい、その文献をぶん投げそうになった。


 あれは乙女じゃなくておばちゃんだぞ。


 どうしてそんな美化された姿になる?


 あれか、これ書いた奴の目が節穴なのか?



 **



「あ、こんなところにいた」


 俺がラ・ムーについてさらに調べようと別の本に目を通しかけたときイアナ嬢の声が響いた。


 視線を上げるとややむっとした表情のイアナ嬢が近づいて来ている。その少し後ろには困ったように苦笑するシュナ。精霊とのリンクを外しているので今の俺には彼の肩に乗っているラ・ムーの姿は見えない。


 まあ、あのおばちゃん精霊は見ただけでメンタル削られるから無理に見たくはないのだが。


「もうっ、ギルドに来てるんならロビーにいなさいよ。あたしがあんたを探さないといけなくなるじゃない」

「いや、別に俺がいなくても自由にしてていいんだぞ。俺的にはずっと三人で行動しなくてもいいんだし」

「あんた馬鹿ぁ? あたしたちはパーティーなのよ。一緒に行動しなくてどうするのよ」

「……」


 俺は助けを求めるようにシュナを見た。


「諦めた方がいいよ」と言わんばかりにシュナが肩をすくめる。何だその達観した態度は。


 イアナ嬢が俺の隣に座り本を覗き込んだ。


「それで、何を調べていたの?」

「いろいろだな」

「ふうん」


 納得いかなげに唸り、彼女は俺から本を奪い取った。


 しげしげと開いてあったページを眺める。


「ラ・ムー……雷の精霊ねぇ」

「知ってるのか?」


 俺が尋ねると彼女はつまらなそうに本を返した。


「ラ・ムーのことは知らないわ。でも、雷の精霊のことなら知ってる。あれでしょ、シュナに加護を与えているのが雷の精霊」

「うん、僕が聖剣ハースニールを手に入れたときに加護を与えてくれたのが雷の精霊だよ」


 シュナも俺の横に腰を下ろす。デイブの店のときのように俺たち三人は横に並んで座った。


 シュナが思い出したようにポンと手を叩く。


「そういやケチャがラ・ムーがどうのとか言ってたね」


 と、俺の手元の資料に目をやり。


「それがラ・ムー? とても美しい乙女の姿をした精霊だね。うん、こんな精霊が傍にいてくれたらきっと無敵だろうなぁ」

「……」


 どうしよう。


 つっこんでもいいのかな?


 あとおばちゃん精霊がめっちゃ嬉しそうにシュナに頬ずりしていそうなんだけど。


 いや、見ないよ?


 メンタル削りたくないからね。


「ラ・ムーに加護を受けると勇者になれるみたいね。ふーん、勇者ってことは魔王も倒せるってことになるのかしら」

「そりゃ勇者なんだし倒せるでしょ。いいなぁ、僕にもラ・ムーの加護が欲しいなぁ」

「……」


 シュナ。


 お前、本当はわかっててとぼけてないか?


 俺はジト目でシュナを見つめるが全く気づかれることなくスルーされた。何故だ。


 本の山から一冊手に取るとイアナ嬢がぱらぱらとめくる。


「まあ名前持ちの精霊なんてそうそう簡単に出会えるもんじゃないしね。それに、よっぽど運が良くないと見つけることさえできないんじゃない? 出会えたからって加護を与えてくれる訳でもないし」

「……」


 いるよ。


 すぐそこに名前持ちがいるよ。


 ああっ、いっそ教えてしまいたい。


 俺は胸の中で叫んだ。


 シュナの肩にラ・ムーがいるぞぉぉぉぉぉぉぉぉっ!


 *


 シュナがおばちゃん精霊のことを知ったらショックで寝込んでしまうかもしれない。


 そうなったらイアナ嬢にも説明を求められるだろう。


 面倒事は御免だ。


 だから俺はラ・ムーがシュナの傍にいることを黙っていた。いつかばれるかもしれないがそのときまでは秘密にしよう。その方が絶対パーティーのためにもなる。


 うん、パーティーの平穏は大事。


 俺がそんな決意を新たにしているとイアナ嬢が訊いてきた。


「ところで、その腕輪はどうしたの?」

「どうしたのって、貰い物だが」

「誰から?」


 おや?


 何やらイアナ嬢の身体から黒いオーラのようなものが浮かんでいるのだが。


 というか顔つきが恐いぞ。


 俺はやや動揺しつつ応えた。


「別に誰からでもいいだろ」

「ああ、例の恋人かい? 君がノーゼアから離れたくない理由の」


 シュナが要らんことを言う。


 というか恋人じゃないぞ。


「へぇ」


 イアナ嬢のオーラがさらに黒くなった。おい、次代の聖女がそんな禍々しいもの出していいのかよ。


「ど、どうせあたしはただのパーティーメンバーだし、ジェイの恋路にとやかく言うつもりもないわよ。ええ、とやかくなんて言わないんだからねッ!」

「……」


 どうしよう。


 イアナ嬢が面倒くさくなってるぞ。


 あれか、自分もアクセサリーが欲しかったのか。


 仕方の無い奴だなあ。


「イアナ嬢。たかが腕輪くらいで騒ぐこともないだろ。あんたは次代の聖女で伯爵令嬢なんだから腕輪の一つや二つ余裕で買えるだろうに」

「そういう問題じゃないですぅ」


 イアナ嬢がぷいっとそっぽを向いた。うわっ、めんどい。


 シュナが苦笑しつつ口を挟んだ。


「うーん、グランデ伯爵令嬢はそういう意味で言ってるんじゃないと思うよ」

「あんたは黙ってなさい」


 ぴしゃり。


 イアナ嬢の顔が真っ赤だ。これはかなり怒っているな。


 俺は腕輪を示した。


「新しいのが欲しい訳じゃないってことはこれがいいのか? 悪いがこれを譲る気はないぞ」

「欲しくなんかないですぅ。そんな安物……はぁ?」


 途中まで言いかけてイアナ嬢が目を丸くする。お、どうした?


 彼女の視線が俺の腕輪にロックオンしたまま動かない。あ、ロックオンという言葉はお嬢様から昔教わりました。


 ガタガタ。


 イアナ嬢が小刻みに震えている。


「ああああんた、本当に誰からそれを貰ったのよ」

「?」


 俺が首を傾げるとイアナ嬢が胸ぐらを掴んできた。


 ゆさゆさと揺らしてくる。


「それ、ミスリル製の高品質の腕輪じゃない。魔法付与もされているし」


 おっと。


 俺はちょい驚いて眉を上げた。


 イアナ嬢は鑑定能力持ちか?


「うん、凄そうってのは僕にも何となくわかるよ。あとミスリル製ってこともね。高ランクの冒険者なら誰でも見分けがつくんじゃない?」

「……」


 そうだった。


 イアナ嬢の実力なら十分に高ランク相当だ。


 鑑定持ちでなくても見分けがつくか。


「というか何よそのマジックパンチって。打撃力と敏捷度もボーナスがついているし、全ての属性に弱い抵抗がついてるし、そんなぶっ壊れ性能の腕輪なんて見たことないわよ」

「……」


 あ、あれ?


 やっぱイアナ嬢って鑑定持ち?


 ……じゃなくて!


「こ、これそんなに凄いのか?」


 いや、これってお嬢様が作ったんだぞ。


 どこぞの名工ならともかく元公爵令嬢のシスターが魔法付与の練習をしながら作っただけなんだぞ。


 そんな物にどうしてとんでもない性能が付いている?


 俺が訝しげにイアナ嬢を睨むと彼女は諦めたように嘆息して告げた。


「あたし一日一回だけ上位鑑定が使えるの。人によっては啓示って呼んだりするわね。ま、神様から答えを教えてもらってる感じ?」

「……」


 何それ。


 俺が戸惑っているとシュナが訊いた。


「それはあれかい? 聖女の能力的な?」

「まあそんなところね。あたしはまだ正式な聖女じゃないから必ず啓示がある訳じゃないけど」

「……」


 なるほど、てことは神様も毎回質問に答えてくれるのではなくたまーに気の向いたときに答えてくれると。


 随分と当たりはずれのある能力だなぁ。


「そんなことよりその腕輪よ」


 イアナ嬢の目つきが鋭さを増す。


 あ、うん。これ小さい子なら泣くね。


 わんわん泣くね。


「それだけの代物を作れるなんて相当名のある名工でないと無理だわ。一体誰から貰ったのよ。どこの貴族? それとも豪商の娘とか?」

「……」


 何だかあれだな。


 もう女からのプレゼントで決定なんだな。


「もしくはベテランの冒険者の誰かからっていうのもあるかもね。それだけの物を人にあげるなんて僕と同等ランクの冒険者しか思いつかないけど」


 シュナが余計なことを口にする。おい、話がややこしくなるだけだからそういう発言はやめろ。


「いずれにせよ女からよね。ジェイ、誰から貰ったのよ。あたし、変な女からのプレゼントだなんて許さないんだからねッ!」

「……」


 イアナ嬢。


 とやかく言わないんじゃなかったのか?


 あと、俺のお嬢様は変な女じゃないぞ。


 俺はため息をついた。それはもう盛大に。


「まあ俺も性能には驚いたが特に名工の作ではないぞ。知り合いのお嬢様が魔法付与の練習がてらに作っただけだ」

「そのお嬢様って誰よ」


 うわっ。


 イアナ嬢のオーラが漆黒の黒になってる。


 こいつ、聖女じゃなくて別の何かになりかけてるんじゃないか?


 だが、俺は答えるつもりなどなかった。


 この剣幕だとお嬢様のところに突撃しかねないからな。そんな迷惑はかけられない。


「騒がしいな」


 突如、聞き覚えのある声が割り込んだ。


 俺たちが声のした方に振り向くと禿げ頭……じゃなくてギルドマスターのウィッグ・ハーゲンがいた。


 にいっと笑みを広げるとギルドマスターはゆっくりとした足取りで俺たちに歩み寄ってくる。


「お前さんたちにギルドからの緊急依頼だ。ちょいとまた仕事してもらうぜ」

「……」


 嫌な予感しかしなかった。

 

 

 


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