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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

彼女が死んだので自殺をする。

作者: マグロさん

付き合っていたレズカップルが死ぬ話です。

目の前の女の髪が浮いた。


一つに纏って、天を向く。


白い髪が雲と混ざって、一瞬にして彼女を隠した。


だから瞬きをした時には、潰れる音がした。


恐る恐る、空だけを写す風景に足を踏み出す。


フェンスの、合間の、縦長く空いた隙間から、下を見た。


赤かった。


不思議と涙は出ないが、代わりに嘔吐する。


ああ、付き合っていた人が死んだ。









彼女は所詮、大学生の身分であり、そんなものが死んでも社会は回る。


何があっても、たとえ社会が壊れても、社会は回る。


そんなことを考えて、来る意味などないのに、サークルに来てしまった。


ここは絵を描く場所で、デジタルであろうとアナログであろうとも大歓迎された。


周りには会話もなく、個人個人が勝手に作業をしている。


会話というのは、あまりない。


みんなが帰り始める頃にはポツポツと話せるのだが。


空虚な心のまま、筆を走らせる。


絵の具をパレットの上に出し、心が動くまま、手を動かす。


無意識で行われるように、歩くように行う、目の前のそれに集中ができない。


なんで、と言うのは沢山あった。


筆を走らせながら、ここにいない心は瞑想をする。


何故彼女が、私の恋人が死んだのかといえば、気の迷いだと思う。


同性愛は存在こそ認められるが、理解はされていないのが現状だ。


私は、女が好きだ。


私の膨らんだ胸部を揉んでもらうのも、逆に揉むのも好きだ。


だけど、友達の一人に、いきなりレズだと告白されたら少し引いてしまう。


それが男の、ゲイなら尚更だ。


ジェンダー差別の一番の加害者が自分であるように、少数派の人間が同類の奴に優しいわけではないのだ。


で、まあ、私の恋人は、その差別によって殺された。


両親が大変金持ちの家庭にしては珍しく、同性愛に否定的だったのだ。


二人でデートした時に、親に見掛けられたらしい。家に帰ればとことん問い詰められたそうだ。


で、非難と追い出しを喰らったそうだが、大変こたえたようで、私の家で二人暮らししている時も時々不安定に何かを呟いたりしていた。


全部聞いたことを、思い出す。


一から十まで、最初から最後まで、否定されたらしい。


生まれたことを、産んだことを、育てたことを、名前をつけたことを。


自分の夢も、自分の将来も、働くことも。


私のことも、レズであることまで。


それで、反発して、家族の縁を切られた、切った。


抱きしめた時の震えを覚えている。大好きだったものに否定された傷が彼女の涙を作る。


罵倒の情報が脳に溢れ、理性は飲み込まれる。


あの時に、彼女の村はダムになった。


ああ、そこにいたら耳は壊れる。酸素だってない。なのに、動けない。


大学のために、彼女は忙しく働いた。


私も可能な限りサポートした。


が、逆にそれが彼女を追い詰めた。


今思えば、サポートではなかったのかもしれない。


ただ、彼女に自立してもらうべきだという、ただの押し付けだったのだろう。


彼女を最終的に殺したのは、この私か。


無理なシフトで働けば、当然ミスは増えて、叱られる。


その度に家でのことを思い出して、記憶がなくなるらしい。


私がバイトは?と聞けばクビになったと返す。


しかし私の支えに悪いと思い、無理やり働いた。


やがて、卒業も、就職の見込みも立った。


私の支えのおかげで頑張れたんだと言われた時は、思わず泣いてしまった。


そこまでは上手くいったのだけど。


なんと、彼女の親が、就職予定の企業に電話して、内定を取り消されたそうだ。


それを聞いた時は嘘だろと思った。


大企業側も、本人に確認を取らないのか。


親も、縁を切ったのではないか。


ただ、それ以上に、このことを私に伝えた時の彼女の顔は、酷かった。


部屋の汚れは増えた。カーテンは閉じたままだった。


セックスをする機会も減り、たまにあったかと思えばそれは互いの愛を確かめ合うためではなかった。


首筋の痛みは、染み付いて、離れない。


赤いネイルが食い込んで、赤い血が流れて、混ざって、痛かったな。


レイプが正しい言い回しだったな。


いやでも、あれは交尾だった。


彼女の涙も、苦しみも、私に一部だけ溶けたのだから。


私は当然、彼女の今後をなんとかしようとしたし、する手立ては見つかった。


裁判だって起こそうと、そう言った。


でも彼女は死んだ。


ただのビルの上に私を呼んで、最後に一言。


「ごめん」


そう言った。


回想すればこんなものか。


彼女は心がすり減って、私に迷惑をかけることを嫌った。


そして、たとえ現状を解決できる手段を私が話しても、もう、生きる気力を失っていた。


それだけのことか。


こんなもの、どこにでもある話なのだろう。


葬式なんて何回か、人の死に行く様を見たのは数回。


ああでも、独りぼっちで死ぬ人は、初めてだった。


いつも死にゆく人には誰かがいた、私がいたこともある。


けど、けれどあの時の彼女は、世界で一番独りぼっちだったのだ。


私も後を追えばよかったと思う。


ああ、やはり殺したのは私か。


あそこで一緒に飛んでいれば、待っているのは死ではなくて未来だったのに。


あの時、私が上に乗っかって彼女を喘がせていれば、変わっていたのだろう。


もっと言えば、私と出会わなければよかったのかもしれない。


今頃警察がやってきているのかな。


もうあそこには、彼女はいないのだろう。


もうどこにも、彼女はいないのだろう。


「怖いね」


突然、現実に引き戻される。


男の声が、したからだ。


「綺麗で、恐ろしい。真っ白に浮かぶ赤色が、空洞を露わにしている」


私の描いた絵を見て、彼は言った。


絵の具で描かれたそれは、鮮やかではなかった。


ぼやかしもない、水気のない絵の具で描かれて、赤色しか使われていない、潰れたトマトだった。


なんで絵を描いたんだろう。


こんな、彼女の死に様そっくりの絵を。


キャンパスから離れる。


赤い、それ以外は白い。


画面の中央は白い。


「帰んないの?」


男が言う。


そこでようやく、私は男に目を向けた。


そしてようやく、周りを見た。


「暗い……」


この部屋の中には、彼と私だけで、明かりは月光が窓から入り込んでいるぐらい。


「随分と集中してたね」


男は電気をつける。


眩しさに目をやられる。人のいないここは、空虚だなと思う。


「帰るんじゃ、ないんですか」


「君は帰らないだろう」


彼は背もたれのないイスに座る。


私も、同じ椅子を持って座る。


「なんか、君の目が空だってみんな言っててさ、それで、気になった」


男は語る。


様々な着色用器具の匂いが混じるこの部屋は、口を開くのを躊躇わせる。


「……レイプですか」


「嫌だなあ、そんなわけないの、わかるでしょ」


サークル仲間だろ?と彼は言う。


「それとも、その方が良かった?」


声のトーンが一つ下がった。


そして、側にあった緩いカフェオレを一口飲んで、私は言った。


いっそそうしてくれたら、何もかも忘れさせてくれたら、堕としてくれたらと、思考はする。


「そう、ですね」


「そっかあ。でも僕ゲイだし、無理かな」


口が困る。


飲んだ甘さが心地悪くなる。


「あれ、言ったようなこと、あるけど」


記憶を辿れば、確かにあるって言えたのだが、いちいち他人の性的嗜好を覚えているわけがないだろう。


「そっかあ」


で、なんで私を待ってたんですか。


「いや、待っていたというと、絵かな」


私の絵を再度見て、目を細くする。


苦いコーヒーを飲んだかのような顔で、私の絵を見ていた。


「なんだか酷く、目に止まったんだ。物理的にでなくて、精神的に。現実の、舞台を見た時みたいに、目を離したくないと思わせる力を、命の力を、持っている気がして」


顔を赤くして、惚れた女の長所を語るが如く捲し立てた。


「ねえ、君の彼女って、死んだの?」


「……ええ」


驚きはあったが、すんなりと口が動いた。


換気のため窓を開けようとした時、真正面の目と、端の小さい目を見て、気づいた。


同じ光度の目をしている。


具体的には、ハイライトのない目。


ただ一色の、黒色だけで塗られた瞳。


「奇遇だよね。僕の彼氏はさ、部屋の中で死んでいたんだ。理由は、僕が浮気相手だったらしい。それで本命に刺されたって」


ラインで送られてきた時は、びっくりしたよ!と大袈裟に語る彼は、再度私の絵を見た。


「で、赤色を今日の朝見て、なんだかずっと頭から離れなくて、君の絵が同じ色をしていたから、もしかしたらって」


「私と、傷の舐め合いをしたいんですか?」


「うーん、どうだろ。話を聞いて欲しいだけかもな。似たような境遇を持つのが君だったから、なんとなく。ほら僕ってキャバクラもホストにも行く勇気ないし」


「いいですよ。ただ、私にその死体を見せてくれるなら」


男は、やや面食らった。


「どうせまだ、死体はあるのでしょう?」


私がそうしたように。


  











歩いている。


冬の夜空には、白い息が似合う。


人通りの少ない住宅街を歩く。


「……君の、彼女はどうしたの?」


重い口を開かれたので、ゆっくりと、壊れないように話した。


「……私の目の前で、飛び降りました」


「お互い辛いね」


僕の方がマシか、と言われた。


「その、貴方はどうするんですか?」


私は、彼に聞いた。


具体的ではない質問に、彼は深く考えてくれて、こう言う。


「君が答えを出したら、僕も出す気がするよ」


ボロいアパートの一室の扉が開かれる。


中から、嗅いだことのない匂いがして、顔をしかめた。


中には黒い赤のカーペットと、その上に寝ている人間。


月明かりを反射する包丁が、人間の、背中に刺さっている。


それは紛れもなく死体であり、人の果てであった。


色は私の女とは違う、男の色をしている。


「朝と変わってないね」


床に落ちたスマホを見てみると、通知の中に男の名前があった。


パスワードなんてものも、ましてや指紋認証もなかったので、ラインの履歴を見る。


それは二人の関係であり、セックスそのものであった。


「最後の遺言が懺悔なんてね」


部屋の窓を開いた後、私が持っていたスマホを覗いて言う。


「さて、僕の話を聞いてくれるかな」


死体を挟んで、互いに壁に背をかけて、向かい合う。


「これでも結構ショックで、愛していたからさ、これからどうしようかなって。正直このままだと働いたって、幸せになれない気がするし」


この部屋はやたらと簡素で、カップ麺のゴミと床にばら撒かれた本ぐらいしかなかった。


座るために、自分の服を汚さぬために、少しづつ辺りをかたす。


なぜ、こんな場所で外見を気にしているのだろう。


泥沼の花になりたいわけではないだろ。花瓶に刺さる花になりたいのに。


ゴミ山の一つに見つけたものを懐にしまい、彼の方を見る。


「いやーほんとに、本当に……愛していたんだよ……辛いわ……」


隠された顔を見る気にはならなかったので、私は体育座りからあぐらに変えた。


「君のも、教えてくれるかな」


「……色々、不幸が重なって、限界が来たみたいで、私を呼びつけて、私の目の前で飛び降りました」


「この彼より酷いね」


「愛していました。中学の頃から、付き合ってたから。愛もライクも友情も、ごちゃごちゃにして向けていたから、死体を見下ろした時の記憶が、曖昧で。嬉しかったかもしれない、悲しかったはずだけど、なんで悲しいのかはわからない」


「うん」


「……多分、私は、自殺すると思います。彼女を、遅れてでもいいから追いかけたい」


「そっかあ」


写し鏡がある。


彼は私で、私は彼だ。


同じ心の穴を見せ合って、互いに理解を深めている。


自分の心を見るよりも、他人の中を見た方が自己理解につながりやすいのは、なんだっけ。


たしか、人の振り見て我が振り直せとか、他山の石とか。


「……否定、しないんですね」


「なんでさ。自殺なんて、否定できるようなものじゃないだろ。むしろこの場合は、正しいじゃないか」


「……はは」









「おはようございます」


「……おはよう」


朝、まだ日が上らない時間に、私たちは会う。


眠そうな顔で彼は車道側に立ち、私と歩く。


会話はなかった。


もう沢山したのだ。


寝て、目覚めて、リセットされた脳は、やはり変わらない。


暗い街を、明ける空を見て、私は決心する。


やがて黄色いテープが、スマホのカメラ音が脳に干渉する。


そこには人だかりがあって、私からはよく見えない。


「……彼女は、ここにいないよ」


メガネ越しに見た、男の景色を伝えられる。


それは客観性だから飲み込めた。


そうか。


そうなんだ。


新聞に載るのかな。


載ったら、親御さんは読んでくれるのかな。


「……どうするの?大学は?」


「休みます。貴方は?」


「……そうだねえ、バイトも辞めたしなあ。絵でも描くさ、最後までね」


「そうですか」


夜が明ける。


影が私を包む。光が彼を照らす。


過程は同じかもしれない。


けれど私と彼は違う道を歩いている。


写鏡は鏡の世界を映すのだから、彼は、生きるのだろう。


「……じゃあ、またね」


「ありがとうございました」


彼は、寂しそうに私を見つめる。


でも、最後には笑って、手を伸ばしてくれる。


「あのさ、あの絵、貰ってもいいかな?というか、君の絵を全部」


「ええ。その方が、絵も喜んでくれるはずです」


手と手の契りを解いて、私はバックから、薄い手帳を出す。


「これ、彼氏さんの通帳です」


私から受け取った、金の集まりを、彼は少しだけ見て、返してきた。


「……あいつらしいけど、私にはいらないよ」


「じゃあ、後で燃やしときます」


「うん。一緒に死んでおいてくれ」


お別れだと、私は振り向いて歩いた。


「どうするのー?」


大声が、背後から聞こえる。


増える人混みが、私たちを見る。


「適当に、歩きます!」


「そっかー!ねえ!君の絵を描いていいかな!」


「どうぞ!私の女と一緒に飾ってください!」


「頑張ってみるよー!」


大声で、街中で、人目を気にせず叫んだ。


やがて、彼の姿も声も遠くなる。


完璧に見えなくなったと思った、最後。


「またねー!」


その声が聞こえた。


私は返せなかった。


私は歩いた。できるだけ、考えながら。


どうやって死のうか、と。


横断歩道で止まる。信号が青になる。


本当は同じ場所で死んだ方がいいのだろう。


けれど、それは、ダメだ。


あそこに彼女はもういないから。あそこで死ぬのなら、もう死んでいなければならないから。


歩道橋を渡る。車が絶え間なく横行している。


ビルのガラスに映る自分を見て、走馬灯をよぎらせる。


頑張ってメイクした、彩られた私を、彼女は好きだと言ってくれた。


だから今の私は美しいはずだ。


どんなに顔がぐしゃぐしゃになっていても、私の目に光がなくても、煌びやかなはずだ。


電車に乗る。乗り継ぐ。日が傾く。


やがて田舎まできた。


その頃には、もう昼だった。


冬の田舎に人はいない。


車だけが生きている。


私は、なんとなく決めた場所に立つ。遠くにスマホを置いて、ピースをして、写真を撮った。


それをラインで彼に送り、現在地も記しておく。よければ、このスマホは君が持っていて欲しいと追記して。


別れを惜しむために、スマホのフォルダを見る。


たくさんの思い出が、そこにはあるのだ。


描いた絵も、作った時間も、彼女の裸もあった。


これを使って、彼は絵を描くのだろう。私の一生を、彼は描くのだ。


それはある意味自殺だろう。


永遠に縛られ続ける、地獄。


彼は、地獄のこの世で生きていくのだ。


私は、未知のあの世で生きていくよ。


残せるものを、衣服以外を出来るだけ置いていく。


通帳を、燃やそうとした。


が、なんだか辞めたくなった。


彼はいらないと言ったが、なら、自分で捨てるべきなのだ。


それに今更気づいた私は、自分の通帳も一緒に置く。


男の通帳には、ごめんと書かれたメモ用紙が貼り付けられていて、私はそこに、「もらってください」と書いて、通帳の暗証番号を書いた。


そして、何時間も移動した体で、山に入る。


歩いた。誰もいない場所を。


歩く。先のない道を。


歩いて、歩いて、歩いた。


ここは深い。人の跡はない。


陽の光は当たるが、人の目は届かないだろう。


歩く。歩く。雪山を歩く。


足を滑らせた。


積もった雪が、本来の地形を隠し、足を惑わせた。


そこが、崖と呼べる場所だった。


体が落ちていく。


髪の毛が視界をつつむ。白い雪と白い雲が、世界を隠す。


だから私は驚いて、瞬きをして、次の瞬間。


木の先が、私に刺さった。


潰れてはいないが、これは彼女と同じ死に方だ。


真上を、空だけを見て思う。


でも私は、木のてっぺんの、木の枝の先に刺さって、浮いてある死体か。


これだけは、君と違う死に方だね。


地上に落ちた君と、浮かぶ私。


ごめんなさい。私だけ救われました。貴方は苦しんで死んだのに、私は、誰かに話して救われて死にます。


貴方は苦しかったのに、私は貴方を殺したのに。


私だけ、誰かに救われて、誰かに何かを残してしまった。


最後まで、私は同じになれなかったよ。


目を、閉じる。


あの世では、同じになれるかな。もう一度、やり直せるかな。

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