72話 罪禍背負いし淑女と悪魔(1/5)
「聞いて聞いて!カルヴァトスさんがね!私の口座ぜーんぶ持っていっちゃったの!いや、共同口座にしてた私にも責任はあるんだけどね!」
エウロペの軽薄な声が空に溶ける、まるで雨音のように、意味も重さもない。
二階建ての廃墟、埃が漂う空気の中エウロペとシュガーは睨み合う。
もっともエウロペはただの世間話のようだったが。
「誰のこと言ってるのか知らないけど」
「おまえの競技場潰した1人」
「殺す」
「もう死んでるのよ〜!」
エウロペ=バレーナ
『母を騙る悪魔』
―――昨今騒がせた「カルヴァトス事件」を、実質的に収束させた女。
カルヴァトスが帝国民を次々と感染させ、帝国の一部は混乱と恐怖に沈んだ。
しかし事件が“収束した”とされた理由はただひとつ――感染者のほとんどが、彼女の手によって捕らえられたからだ。
アイザックとカルヴァトスの間に起きた真相を知る者はほとんどいない。
だが、エウロペが表に立って後始末を引き受けたことで、彼女は「事件を片付けた女」として一定の評価を得ている。
「それで、貴方の目的は金?」
「そうよ?」
「本当にそれだけなの?界帝への願いはないの?」
「ないわ!夢ってのは自分で叶える者でしょう?」
「ふーん...」
「ところで、あれが魔石かしら、どうしようどうやって持って帰ろうかしら!貴方何か知らない?」
エウロペは見上げるほどに巨大な魔石を指差して慌て出す、まるで無邪気な子供のように三つ編みを揺らして。
だが、この戦場においてはそれがかえって不気味でもあった。
「...」
「シュガー」
「わかってる」
ガレットが名を呼んだのは、制止ではなかった。
警告だった。
考えるな。
読むな。
意味を探すな。
この女の言葉に、解釈という行為を向けること事態が無意味だ。
エウロペは笑っている。
しかしその笑顔の奥に、感情も目的も、読み取れるものは何一つない。
まるで――最初から、人と会話する前提で作られていない存在のように。
ーーーアレは『獣』の目だ。
シュガーもそれを理解していた。
だから彼女は、問いを投げる代わりに、静かに殺気を研ぎ澄ます、それすら意に介さずエウロペはペラペラと続ける。
「うーん、でも〜、やっぱりこの国って「力」が全てなのよね?」
「...」
「魔石を持ち帰ったら優勝...でもあのおっきいのをどうにかしないといけないし...うーん、うーん、でも他の人が方法を見つけられるかもしれないし、やっぱり時間が惜しいわよね」
「...」
「あ、そうだ!
ーーー全員殺してからゆっくり考えるのもいいわよね、いいわよね!」
「ッッ!!」
シュガーの喉が、わずかに鳴った。
ーーー全員殺してからゆっくり考える。
エウロペの言葉は、それだけだった。
だが、その単純さこそが、この競技場における最も危険で、もっとも合理的な答えだった。
今は、何も分かっていなくてもいい。
参加者を全員殺す、ルールも、魔石の構造も、収納魔法の条件も――殺し尽くしてしまえば、残るのは死体と装置だけだ。
あとは、いくらでも調べられる。
時間があれば、いずれ仕組みには辿り着く、辿り着いた瞬間、この場にいるのは自分だけ。
順序が狂っているだけで、論理は破綻していない、むしろ最短だ。
シュガーは理解してしまった、この女の恐ろしさを。
ーーーそれ故に。
「逃げるか?」
「冗談でしょう?」
ガレットの提案を即答で蹴る、この女は、生かしておくわけにはいかない。
理由は言葉にできないが、この女から放たれる悍ましい狂気が、シュガーの内側で警報を鳴らし続けていた
「エウロペ=バレーナ、私とやり合わない?」
「あらあらあら、誘ってくれてとても嬉しいわ!」
「手を貸すぞ」
「いらない、あと私と貴方じゃ相性悪すぎ」
「そうか」
「貴方は雑魚狩りでもして、私が歩くためのレッドカーペットを用意しなさい。……血という名の、レッドカーペットをね。」
「...わかった」
「頼んだわよ」
「...死ぬなよ、俺の願いは、お前が生きる事なのだから」
「嬉しいじゃない」
ガレットを見送り、シュガーは1人エウロペの前に立ちはだかる。
エウロペ=バレーナ、彼女の功績は『運命の夜』の前より有名だった。
かつて帝国全土を覆った致死的な疫病「黒霧の呪い」に対し、独自に開発した新薬を完成させ、数ヶ月で感染を劇的に抑制。
従来の治療法では治せなかった重症患者を大量治療を成し遂げる。
他にも闘技場などで親を失った子供を匿う孤児院を設立、医学団に多数の新薬の特許とその他研究成果を売ることで経営を成り立たせており、それと共に医学の発展に貢献する。
勇者達が魔王討伐を成功させた決め手である『ヒュドラの赫毒』という、魔王を殺せる毒を完成させ、世界の救済にも大きな貢献をしていた。
「...」
だが、一つ不気味な点があるとすれば...彼女は運動のために闘技場やストリートファイトをするための登録をしているとのことであり、
ーーー彼女と戦った者は皆姿を消しているのだ。
「そうそう、あなたが送って来た男性の人?あの人すっごく働いてくれるの!ありがとうね!」
「あぁ、そう」
「...」
「...」
シュガーは構えの体勢に入る、エウロペは表情を一切崩さないままそれを受け入れるかのように両手を広げて見せた。
...
..
ーーードンッ!!
「ッ!?」
軽く爽やかに開始を宣言ーーーその瞬間、エウロペは急拡大。
手が伸ばされ、シュガーの顔を掴まんと覆い隠す。
「シッ!」
ーーードッ!
しかし、その手を払いのけ、その隙に放つボディーブロー。
「あ"ら"ッ...!?」
エウロペは激しく中身を吐き出し悶絶する、しかしシュガーの手は止まらない。
ーーードッドッ!ドドドドドッ!!
放つ打撃、しかしその全ては急所。
人中、眉間、みぞおち、肝臓、上半身のありとあらゆる急所を正確に打ち抜く。
しかし、シュガーの真骨頂はこれに留まらない。
ーーーガッ
「ッ!」
ーーーゴギッ!!
抜き手を突こうとするエウロペの指を掴み、その瞬間捻じ曲げる、その指はあらぬ方向へ折れ曲がり、エウロペは苦悶の表情を浮かべる。
「!!」
「死ねぇッ!!」
そのまま腕を掴み、全体重をかけて地面に叩きつける。
ーーーバキッッ!!
そして、さらにエウロペの腕が逆方向に折れ曲がった。
「...!!」
なにも言わない、エウロペは虚を向いたまま沈黙した。
そんなエウロペから二歩下がり、少しの静寂に身を包んだのちシュガーは口を開いた。
「...アンタいまので気絶するほどやわじゃないでしょ」
「ーーーそうね!ちょっとびっくりしちゃってたの!なんせ初めての感覚だったから!」
エウロペは立ち上がった。
「それにしてもとても優雅で流麗な動きをするのね、すごいわ!どこで覚えたのかしら、もしかしてどこか貴族や大商人のご令嬢だったりするのかしら!」
「『令嬢』は貴方でしょ、それに私はそんな余裕のある人生じゃなかった」
「あらそう?貴方の生い立ち、とても気になるわ!もしよければ教えてくださらない?」
「断るッッ!!!」
そして、シュガーは再び接近し、エウロペは残った腕で迎え撃った。
...
「エウロペが参加してるのッ!?」
某所、シオンが声を上げた。
「あぁ、私も目を疑った」
ダイコーはアイザックへの盛大な謝罪を済ませ、お詫びとして参加者の情報を受け渡したのだ。
「やつはBP獲得のためにこの大会に参加している、君の母親だったかな?」
「違うッ!!」
「違うのか!?」
「いや、もう、いまはいい!」
「そ、そうか..」
「ねぇ見てミーク、光ってるキノコがあるよ」
「アイザック君、ピカピカヒカルダケって言うんです〜、食べると光ります〜」
エウロペが参戦している事を知り狼狽の声を上げるシオン、アイザックとミークはその傍らで食糧を調達していた。
シオンは大きなため息をついて座り込む、それを見たダイコーは構わず続けた。
「先ほどシュガー=ラッシュがエウロペと対峙しているところを少し見た、おそらく戦闘が始まるだろう」
「……場所は?」
「第二廃墟区画、魔石の北側だ」
その瞬間、シオンは腰を上げた。
「アイザック!!ミーク!!」
「おう!」
「なんです?」
ーーーピッカァァァァ!
「うわっ!?今すぐ準備して!!あいつの場所がわかっているウチに行動するーーーていうかアイザック眩しい!!ピカピカ光るな!!」
「おい、話は――」
「待てよシオン、エウロペってそんなにやばいのか!?」
「経歴は聞いてるし、すごくやばいのは見たんですけど、実際どこまで強いんですか〜?」
「...」
シオンは一拍置いて続けた。
「まずは走りながら話す...シュガーは貴方の知り合いって言うから話すけど...早くしないと彼女は死ぬ!
...いや、死ぬよりも凄惨な目に遭う!!!」
エウロペの功績、実はシリーズにおいてちょっと重要です。
次回投稿日は3/8 7:10!!
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