71話 修羅、煉獄の窯の底
その男は、アイザックの顔で笑っていなかった。
いや――笑ってはいた、だが、それはいつもの...少し間の抜けた知能のカケラのない猿のような笑顔ではない。
どこか……粘つくような、ドス黒い視線だった。
「…………」
シオンの背筋を、ぞわりと悪寒が走る。
声をかけるべきか、剣を抜くべきか、そのどちらも選べないまま、彼女はその“アイザック”と目を合わせた。
「……どうして、ここに?」
そう問いかけた瞬間、その男の口角が、ほんの少しだけ――
上がった。
...
そこから先は、地獄だった。
「⬛︎⬛︎⬛︎ーーーーッッッ!!!」
「やめろ!!やめ...来るなァァァァーーッッッ!!」
「いぎぁぁぁあああああっガガガガガガッ!?」
「い"だい"!!い"だい"!!お願いやめで...!!」
彼が呼び寄せたのか、それとも魔石の衝撃で集まったのか、大量の『獣』が押し寄せてその場は戦場と化した。
1人に対して何十という数で抑え込み、解体していく『獣』。それはシオンがかつてチルド王国で見た地獄そのものだった。
「アイザック...!!なんーーで...ッ!?」
アイザックと思われるその男は『獣』が蠢く災禍の中心にいた、襲われることなく、ただ座り込み腕をーー参加者が遺したーー正確にはそのバンドを静かに見つめていた。
「これは...なるほど...引っ張っても取れないと思ったら、死んだら取れるようになるのか...なら尚更あの魔法使いの考えは的を得ているようだーーーん?」
何かを感じ取ったとか、その男とシオンは目が合った。
「ーーー」
「...なんだ?...いや、この魔力」
「?」
「そうか...お前、エウロペの子供だな?魔力が似ている」
違う。
シオンは確信した、この男はアイザックではない。
アイザックと比べるにはあまりにもその男の目は濁りきっていた、例え命を狙われても相手の命は取らないアイザックとは違う。
人の命を取ることになんの抵抗もない目だ、殺戮者の目だ。
「だが、俺はエウロペと違って目的のためなら...同胞の子供だろうが容赦はせんぞ...だがまぁ」
「?」
「その腕を斬り落として逃げるなら、見逃してやる」
「誰が...逃げるかッ!!」
シオンは本能で察知した、否、人造人間である彼女の中に眠る英雄の遺伝子が、その信念が、この男は存在してはいけないと言っている。
剣を構え、その殺気を目の前の男に向ける、男は嬉しそうだった。
ーーーその時だった。
ドドンッ!!
「!!」
「ん?」
ドンッ!
「ーーーッ!!!」
見上げると、遠くに映る光の塊、「魔塊弾」だった、先ほどの爆音はこれだろう。
否、それだけではない。
ーーー2発...一拍、1発ーーッ!!
それはアイザック達と交わしていた合流の合図。
「...!」
シオンは剣を収めてその場から撤収、踵を返して走り去る、落ち着きを取り戻し自身の目的のために、その本能から逆らった。
「逃げられると思っているのかッ!!」
ーーードォォォォオオオオオンッ!
「ふぁあははははははははッ!!!」
入れ替わるように現れた巨体の男、否、悪魔。
「魂だッ!!魂が溢れでいるぞ!!さぁ食われたい奴は前へ出ろォォォーーッ!!!」
その声量はまさに咆哮、『獣』は一斉に向き直り、その悪魔に向かって走り出す。
「⬛︎ーーーッ!!」
「⬛︎⬛︎⬛︎ッ!!」
「ーー⬛︎⬛︎⬛︎!!ーー⬛︎⬛︎ッ!!」
「威勢があってよろしい!ではまずは貴様からか!?」
ーーーグチャッ!!
「不味い!次はお前か!!」
ーーードパァンッ!!
「これも不味い!もっともっともってこぉぉおおおおい!!」
次から次へ襲い来る『獣』を叩き潰し吠えるその姿は、それは悪魔というより『魔王』に近い。
「ふん」
死んだはずの参加者でさえも起き上がり、悪魔に対して牙を向く。しかし彼は意に介さず1人ずつ、丁寧にその頭を叩き潰す。
「不味い!!不味い!不味い!!これも不味い!!!」
ーーードガッ!グチャッ!ブチュッ!!バキッ!!
「ふぁはははははははーーーッッッ!!!」
そしてその悪魔の笑い声はそのフィールドはおろか、上階の帝国にまで鳴り響いていた。
...
..
「アイザック!ミーク!!」
「「姉御〜〜ッ!!」」
アイザック、シオン、ミークはやっとの思いで合流することができた。
「2人ともなんで合図送らなかったの〜〜!!」
「ごめんよー!」
「色々あったんです〜!」
こうして再会を喜び合い、お互いの情報を共有する。
ダイコー=オーディーンがアイザックを『オルゼ=スティングレイ』と勘違いした事。
ミークとガレットがその場に乱入し、三つ巴の戦いになった事。
魔石の詳細、優勝するための条件、そしてシオンが見たアイザックの姿をした男。
その男が『獣』を引き連れて現れた事。
「え...俺とそっくりな奴いたの?」
「えぇ、おそらく...そいつがダイコーが間違えたとされる『オルゼ=スティングレイ』...」
「アイザック君そんなことしてたんですか?」
「話聞いてた?」
「とにかく、そいつは『獣』の中心にいたのに奴らに襲われなかった...どうしてだと思う?」
「...」
当然だが、『獣』は共食いしない。
それを前提にアイザックは一つだけ心当たりがあった。
カルヴァトスだ、彼女と同じであるなら...。
「ーーー『適合者』」
「!」
「うん、私もそう思う」
『獣』の症状が進んだ先に見える境地。
人格と記憶が戻り、見た目の人と変わらず、しかし非感染者に異常なまでの敵意を持つようになる状態。
その敵意は人格に影響を及ぼす場合もある、カルヴァトスのように。
「どうする?ていうか...不味くないか?」
「えぇ、問題はもう一つある」
シオンはバンドを指差す、人によって色は違うが、共通して薄ら光輝いている。
「魔石に対して収納魔法を使うにはこのバンドを...参加者全員分集めないといけない...全員殺して」
「!!」
「うぅ...」
ミークはバンドを取ろうとすると、そのバンドはびくともせず、引っ張っても叩いても壊れることはなかった。
「オルゼ...奴が言ってた、殺すと外れるって」
「このバンド、身体から微弱な魔力を吸い取って光ってるんです。その魔力が鎖みたいにバンドと体を繋いでて……生きてる限り、ずっと流れ続けてます」
「なるほど、魔力が止まると――」
「死ぬと外れる」
「正確には...腕を切り落とせば殺す必要はないですけど...そんな余裕ないですし」
「大量出血でまず死ぬな」
その場に、鉛のような沈黙が落ちた。
このルールの下では、『獣』でなくとも誰かを殺さなければならない、という現実だ。
「ーーーていうかさ」
「?」
その時アイザックは口を開いた。
「もうやめにしねぇ?」
「え?」
「ほえ?」
それは突然の提案だった。
「要するに全員ぶん殴って気絶させりゃいいんだよ、殺すことも腕切る必要もねえ」
アイザックの目は死んでいなかった、絶望的な状況でさえも何も考えずに前に進める、それが修羅場を潜り抜けて来た彼の強さの一つだ。
「ーーーぇぇ、そうね」
シオンは安心しきったような顔でアイザックを見つめていた。
「ん?なんだ?」
「いいえ、何も?」
「なんだよ」
「やっぱあんたはその顔が一番いいわ」
「何!?シオンどした!?」
「なんかシオンさん変です〜!」
「なーんにも?」
このような状況でも、三人は和気藹々としていた。
ーーードォォォォオオオオオンッッッ!!!
突如鳴り響く轟音、三人は咄嗟に臨戦体勢に入り着弾地点に向けて構える。
「素晴らしい、素晴らしい精神だ!!」
「!?」
その砂煙から聞こえた見知った声、アイザックは先ほど聞いたばかりの声。
「見つけたぞアイザックッ!」
「ダイコーッ!?」
ダイコー=オーディーン、彼が黒き翼を広げ現れたのだった。
...
..
.
同時刻。
「まさか...あなたもいたなんて」
シュガーはガレットと共に魔石のある場所へ戻ろうとしていた、状況判断と、引き寄せられてきた参加者を狩るために。
しかし、一つ誤算があった、それは戻る道筋に出会ったもの。
ガレットはシュガーの前に立ち構えるも、シュガーはそれを静止し一歩前に出た。
「貴方の参戦くらい、考えとくべきだったわ」
「あらあら、私も別に参加するつもりはなかったのよ?でも私のお友達が私の口座を勝手に使っちゃってね、8億くらいだったかしら...さすがに痛いわよねぇ」
目の前にいたのは、暖かく包み込むようか柔らかな視線を持った狂人。
『母を騙る悪魔』エウロペ=バレーナがそこにいた。
次回投稿日は3/6 7:10!!
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