2話 それは何かを成し遂げたわけでもないただの少年
今回は短め
ーーーそれは「ハッピーエンド」から数年後
その世界では全ての希望は悪魔となりて、穢し犯された英雄譚。
彼方より継ぐ黙示録、天城の使徒、一条の光を胸に手を伸ばす。
求め与えるのは「救済」か「真実」か、それは彼にしかわからない。
ーーー奇しくも座標は彼の頭上にあった。
ただ偶然、ただたまたまいた男、藍村咲太郎はふと思った、「あぁ俺も異世界とか行ってみてぇなぁ」、今朝読んだ小説の情景を頭に描きただ思った。
誰が聞いたか皮肉にも彼の願いは今日叶う。
これはそんな彼の異世界での夢と希望に溢れたくだらない物語。
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物語の始まり、それは何時でもいい、「ここからが俺の物語だ!」と言ってしまえば誰でもその物語の主人公として始められるものだ。しかしそう思わなくとも物語の始まりを予感する瞬間は訪れる、彼がそうであるように。
「.....痛って!」
チクリと首元に鋭い痛みが走る。夜20時、客足も落ち着きカラになった棚に商品をつめる。賞味期限が近い食べ物を値引きする、値引き待ちのため自分の周りをうろうろする客が少し鬱陶しいがこれも仕事なので我慢する。
「あ....。」
下手にワックスでかきあげた髪が変な形になっていたので元に戻す、もともと額を出す髪型には慣れていないので余計に歪。
ふとレジを見るとカゴを持って従業員を待つ客の姿が見えた。タバコを番号ではなく名前で指定する客に内心舌打ちするも残り1時間で帰れると思って頑張る。
しかしコンビニでレジを打っていた時にそれは始まった。
握り飯についたバーコードを機械に翳そうとした時、彼の転移は完了したのだ。
「???....??...?」
17歳の少年がなにを願っていたとしてもいきなり叶うこの状況は興奮より困惑が勝つ。
翳そうとしていた機械、見知った店内の風景、常連の客、この当たり前の風景が前触れもなく全て消失し西洋の街並みが広がっているのだから。
これはいわゆる「異世界転移」というものだ、ラノベなどで幅広く展開されているジャンルのひとつであり現代の人間がファンタジーの世界へと迷い込み活躍していく物語を指す。他にも「異世界転生」や「異世界憑依」などがあり派生が多い。
それに属する小説を読み込んだ彼は時間が経つにつれてその状況を少しずつ理解していく。
「も...もしかしてコレ異世界転移ってやつ⁉︎
夢じゃなくて...本物⁉︎」
彼は何かを成し遂げたわけでも追い求めたわけでもない、ただ「憧れた」だけのただの少年。
「っおおぉぉぉーー!!来た!コレが異世界!すげぇぇ!
来てしまった...!こんな格好で...!初期装備おにぎりだけ...あ」
まずい、興奮しすぎて周りの目を気にしてなかった。
1人で興奮しながら飛び跳ねる姿はさすがに恥ずかしい、冷静になってまずは状況の分析と自分が行うべき事項を考えるべきだ。
「えっとまずはそうだな...」
周囲の状況を確認するが、一つの違和感を覚える。
「...人がいない?」
統一されたデザイン、茶色の屋根が立ち並ぶこの街並みに人の気配がしないのだ。否...遠目で見なくても冷静になれば理解できる、ここに人はいない。
地を見ると木材と硝子の破片が散らばり露店と思って見たものは露店にあらずガラクタの山...要するに廃墟というやつである、ファンタジーの世界でいう廃墟は人を食らう魔物の巣窟になっているパターンが大半なのでおにぎりしか持っていない今この状況は非常に危険なのだ。
「誰かいねぇか!おーい!...やべぇ、どっか人のいる所に行かないと今魔物にでも襲われたら...」
しかし、噂をすれば影がさす。
不幸にも彼の声に応じたものがいた。
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎ーーーッ!!」
「!?」
雄叫びを上げながら積み木を崩すように容易く家を破壊して現れた生物。
見上げる程の巨体と豚を連想する醜悪な頭部、咲太郎はこの怪物に見覚えがあった。
「オーク...」
「...............⬛︎」
「今だけはやめてくれよ、俺おにぎりしか持ってないんだよ」
オーク、この世界ではどう呼ばれているのかはわからないが彼の知識を元にこの怪物はそう呼ばれる。
「⬛︎⬛︎」
「やべぇ何言ってるのかわからねぇ....おにぎりいる?」
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎ーーーーッッ!!」
可哀想にオークと呼ばれる怪物の好物はおにぎりではなく、人間のようだ。怪物は瞬く間に彼の華奢な体を組み伏せ、タイルのように滑らかな牙を突き立てる。逃げようとするが抵抗も虚しく甘酸っぱい匂いの涎が彼の顔に降りかかる。
「ぁぁああああや"め"でぐれぇぇぇーーッ!!くっさ!!ゔぉえッ!
じぬッ!溺れじぬ!!あぁぁあああああーーッッ!!」
身体中の骨が悲鳴を上げる、オークの体重が脆い彼の体に少しずつのしかかってきているのだ。彼はこのまま粉砕されてオークの胃に収まってしまうのだろうか。
だがそうはならなかった。
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎ーーーー.....ッッ!?」
ーーー閃光。
その時だった、眩い閃光と共に彼を押さえつけていたオークの腕が宙に舞う。
不幸とは積み重なるものかもしれない、彼は涎塗れの上に断面から溢れた血を浴びるのだから。汚い。
「⬛︎⬛︎!!」
「うぎゃぁぁぁ!?.....ぁあ?」
血の海から這い出た咲太郎はふと光の元を辿る。
夕暮れを背に空に浮かぶ少女、黒いローブを羽織りミニスカートと桃色の長髪を靡かせ杖を向けたその姿は彼が画面の中でしか見ることのできなかった「魔法使い」...齢にして自分と同じ程度の魔法使い。
「....っ」
咲太郎は本能(的なもの)で確信した。
彼女が自分の物語のヒロインだ、間違いない。
「あ...えっと...初めまし...て?」
「.........」
2度目の眩い閃光、今度はオークの胸を貫く。
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎!!」
「ま、待ってくれ!俺が離れてからに...汚い!臭い!」
「.........」
ガァン!グシャ!ガァン!グシャ!
3度、4度、5度、閃光は続く....。何度も光を見ると慣れていくものなのだろう、咲太郎は悲鳴をあげて焼かれていくオークを側で見ているのみ。
「⬛︎...⬛︎........!」
「お...おい...」
「......」
「おい、もうやめとこう!やりすぎだって!」
「.....」
ガァン!ガァン!ガァン!
少女は無情だった、杖から出ているであろう光で何度も何度もオークの身を削る、肉片が飛び散り、骨が見え隠れする時...咲太郎の理解や予想をはるかに超える出来事が起こる。
「おい!もう死んでるって!!」
「.......」
「いい加減にしてくれ!さすがにこんなのあんまりだ!もう死んでるのになんで何度も...」
「.....カァァァァアアアア!!!!」
少女は人間とは思えない乾いた叫びをあげ...。
ーーー少女は怪物に齧り付いたのだ
次回は10/19 18:10投稿予定
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