↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化・コミカライズ連載中】婚約破棄からの溺愛生活  作者: 彩戸ゆめ
竜帝国の新生活は試練がいっぱい

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
33/53

第33話 帝都イグドラシル

第二部始まります!

竜人の国で奮闘するクリスティアナのお話です

よろしくお願いします!

 イグドラシル――。


 それが、私が初めて目にしたドラゴラム帝国の首都の名前だった。


 馬車の窓を開けると、ひんやりとした澄んだ空気が頬を撫でた。思わず息を吸い込むと、肺の奥にまで清涼な香りが満ちる。


 針葉樹の香りと、岩肌に咲く高山植物のかすかな香り。

 どこか懐かしく、けれど異国の風の匂いがする。


 ほんの少し前まで、私は王国の王宮で息を殺して生きていた。

 婚約者である第二王子デイモンドに放置され、異母妹ニーナを虐げた悪女だと決めつけられて、それでも耐えるしかなかった。


 あの夜会で婚約破棄を突きつけられた瞬間、前世の記憶まで蘇ったのは、今思い返しても不思議なくらいだ。


 けれど、あの屈辱があったからこそ、私はもう家族も過去も捨てられたのだと思う。


 窓の外には、三方をそびえ立つ山々がまるで帝都を守るように連なり、その深緑の稜線が青空の下にくっきりと描かれているのが見える。


 切り立った山肌は白銀に輝き、その頂には万年雪が冠のように輝いている。

 イグドラシルが、巨大な力を持つ天族の築いた、自然を生かした都だと聞いても驚かないわ。


「凄い……」


 思わず、そんな声がこぼれる。

 王国の首都とは、まるで別物だった。


 あちらの空は、いつも誰かの噂や視線で濁っていた気がするのに――ここは、ただ澄んでいる。私の胸の奥まで。


 ふと視線を上げた私の目に、空に浮かぶ影が映った。


「あれは……?」


 雲が晴れた後に現れた巨大な島――いや、小さな大地と呼ぶべきかもしれない。山の斜面よりも高い、空のずっと上に、ぽっかりと浮かぶ島があった。


 まるで空の守人のように、帝都の真上に静かに佇んでいる。


「あの浮島には古代の宮殿がある。かつて、竜族が今より多く竜に変化できる者が多かった頃、彼らは地上ではなく、あえて空に宮殿を築いた」


 隣でシリウスが、私の視線を追うようにそっと口を開いた。


 その声は穏やかだったけれど、どこか遠い記憶を語るような響きを持っていた。

 ――シリウス。


 あの夜会で、床に転がった私の指輪を拾い上げ、まるで当然のように私の薬指へ戻してくれた人。

 そして、「番」という言葉の重みを、甘いほど真っ直ぐに教えてくれた人。


「あんなところに宮殿が?」

「昔、竜化できる者が多かった時代には、あの浮島に宮殿を築き、そこで暮らしていたそうだ。空を自由に飛び回れる竜族にとって、地上よりも空のほうが住みやすかったのだろうな」


 竜化――人の姿から、巨大な竜の姿へと変化する力。

 竜人の中でも、特に血が濃く、力の強い者だけが持つ能力だと聞いている。


「今は、もう誰も住んでいないの?」

「ああ。竜化できる者が減ってしまってからは、あの宮殿は放棄された。今では廃墟だ」


 シリウスの声には、どこか寂しげな響きがあった。


 あんなにも堂々と空に浮かぶ場所が、廃墟だなんて。華やかな夜会で、私の人生が壊れたのと同じように、栄えていたものがあっけなく置き去りにされることもあるのだろうか、と胸が少しだけ痛む。


「だが、あそこには初代竜王の墓標がある。かつては、竜王になる者が墓標の前で祈りを捧げ、竜族の守護を誓うのが慣例だった。今ではそんな慣例があったことを知らないものも多いだろう」


 そこで言葉が途切れる。

 私はそっと、彼の横顔を見つめた。長い銀髪が窓の光を受けてほのかに輝き、その紫の瞳には浮島を映していた。


 やがてシリウスは、わずかに目を伏せる。


「竜化できるのは、今では私だけだから」


 その言葉に、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。

 歴代随一の力を持つと称賛される一方で、きっと孤独だったのだろう。


 同じ力を持つ者がいない。

 誰も、自分と同じ空を飛ぶことができない。


 私は、王国でずっと「耐えるしかない」場所に閉じ込められていた。

 孤独の種類は違うけれど、誰にも分かってもらえない痛みがあることは知っている。だから、シリウスの何気ない言葉が、余計に胸に刺さった。


「でも、クリスティアナ」


 シリウスが顔を上げ、私を見つめた。その紫の瞳には、柔らかい光が宿っている。


「君が隣にいてくれるなら、もう孤独ではない。たとえ竜化できる者が私一人だとしても、君という、かけがえのない存在が側にいてくれる」


 ああ、もう。


 王国では、私の言葉も願いも、都合よくねじ曲げられてきたのに。

 この人は、私が言われたかった言葉を、迷いなく差し出してくる。


 こんな風に真っ直ぐに愛を告げられたら、心がどんどん傾いていくのが分かってしまう。


 顔が熱くなるのを感じて、私は慌てて窓の外に視線を戻した。

 浮島は遠く、翼を持たない私が行くことはできない。


 でも、いつか――。


 私がシリウスの番になったなら、あの浮島を、訪れてみたい。


 それはただの憧れではなく、私が「ここで生きる」と決めた証のような気がした。


 私はそっと隣に座るシリウスに身を寄せた。


「いつか、私もあの場所へ連れて行ってくれる?」

「もちろんだとも」


 私は、胸元で輝く白銀の鱗に、そっと手を触れた。


 シリウスがくれた、守護の鱗。王国で最後に仕掛けられた罠の夜も、この温もりが私の心を支えてくれた気がする。


 そしてお母様が遺してくれたアキテーヌの指輪――奪われて、踏みにじられて、それでも私のもとへ戻ってきた星。


 この二つが、……そしてシリウスが、私を守ってくれる。

 けれど、それに頼り切るのではなく、私自身も強くならなければならない。


 誇り高きアキテーヌの血を引く者として、もう、誰かに虐げられる日々には戻らない。


 そして、いずれは――シリウスの番として。

 この地で、新しい人生を歩み始めるのだ。


 馬車が白銀の門をくぐる。


 私の、新しい物語が、今、始まろうとしていた。


婚約破棄からの溺愛生活 竜人皇太子の番に選ばれました 1巻 (ZERO-SUMコミックス)

漫画・むぎちゃぽよこ先生

9月30日にコミックス発売となります

可愛らしくて凛としているクリスティアナと超イケメンなシリウスを描いて頂きました!

ぜひお手に取ってごらんくださいませ~

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一迅社文庫アイリス様より
発売中
Amazonでの購入はこちらです
イラスト・小田すずか先生

i972394
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。