表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/20

帰りがてら美咲と改めて話してみると、クールビューティーな外見とは裏腹に、実は面倒見のいい熱い人だとわかった。

姉御肌というのだろうか、学生の頃からよく人の相談を受けては、解決のために手助けしていたという。


「生徒会長とかね、そういうの好きでよく立候補してたの」

「新澤さん、似合う!イメージにぴったりだわ」


そして実は美咲も、入社式の時から舞のことがずっと気になっていたと言う。


「藤野さんの、真っ直ぐの黒髪がすごく印象的でね、なんか儚いっていうか……守ってあげたくなるっていうか……」


美咲の話す舞の印象は、一体誰のことを言っているんだろう、と思うくらい、自分とはかけ離れていてびっくりする。明らかに注目を浴びていた美咲にそんなことを言われると、舞はなんだか恥ずかしくて顔を上げられなくなってしまった。


「ね、そういうところが、あ……」


その時、美咲が突然言葉を切って立ち止まった。どうしたのかと顔を上げた舞は、美咲の視線の先を追って一瞬で体を硬くする。


派手な金髪の男の子が、ガードレールに軽く腰をかけている。

彼はきょろきょろと通行人を見まわしていたが、すぐにその視線が背の高い美咲を捉えた。美咲を見た彼は、なぜか不思議そうな顔をして首を傾げている。それはまるで、ここにいるはずのない人物がいる、といった感じだった。


「新澤さん、あの人、知りあいだった?」

「いいえ。初対面よ」


舞に尋ねられた美咲も、不思議そうに言う。

彼は、横にいる舞にも気付き、素早く立ち上がって姿勢を正した。舞もちょうど彼の様子を窺っていた時で、二人の視線はぴったりと合ってしまう。


──ああ、見つかっちゃった!


見つかるのは覚悟のうち、とういかはっきりさせるために美咲が同行してくれたというのに、舞は無意識のうちに美咲の袖を掴み、逃げ出したい衝動を必死でこらえていた。


ところが、彼の方は全く違う反応だった。心から嬉しそうに、舞に笑いかけたのだ。

舞に会えて嬉しい、舞を見れて嬉しいと、少しも隠すことなく、全身で表現していた。


美咲は最初、自分が同行することでこそこそ逃げるなら、ストーカー確定としてそのまま警察に行くつもりだった。警察に何かしてもらうという意図ではなく、まずは相談実績を作っておくつもりだったのだ。

ところが、問題の彼はどうやら美咲の予想とは違っているようだ。これは厄介なのに好かれてしまったかな?と思った美咲は、ちらりと舞を見る。

美咲の袖に捕まって体を強張らせている舞は、可愛らしくて庇護欲をそそる。

美咲は今まで、似たような経験を何度もしてきた。おとなしい後輩に、しつこく迫る男たち。今回も美咲は舞の力になろうと思っていた。

本当の迷惑野郎ならぶっ飛ばす。美咲は舞を安心させるため、半歩前へ出て、舞の体を隠した。


人の流れを器用にかき分け、問題の男の子は舞と美咲の前まで来た。


「よかった!おねーさん、全然見つからないから、もう会えないかと思った」


一切の邪気もなく、本当に安堵したという笑顔で、彼が話しかけてくる。

舞は美咲に半身を隠すようにして、それでも何か言わなければと必死に口を動かした。だが、何を言っていいのかわからず、最終的にはきゅっと唇を引き結ぶ。

代わりに美咲が、目の前の彼を注視しながら、ゆっくりと口を開いた。


「見つからないって、ずっと探してたの?そういうの、女性にとっては恐怖だし、一般的にはストーカーっていうのよ」


美咲の毅然とした言い方に、男の子は、え!!と大きな声を出した。

舞はその声に反射的に体を震わせる。

その様子に気付いたのか、男の子は急にしょんぼりとうなだれてしまった。


「ストーカー……、そっか、そうですよね……すみません……」


ストーカーと言われたことがかなりショックな様子だった。彼にはそんな気持ちは微塵もなかったのだろうか。何度も「ストーカー……」と、呆然と呟いている。


「君、高校生よね。どういうつもりで彼女を探してたの?正当な理由があるの?」


だが、美咲のその言葉に、男の子は真っ直ぐに顔を上げると、はっきりとこう告げた。


「彼女を見かけて一目惚れしたんです。最初にそう言ったけど、怖がらせちゃったみたいで、だから謝りたくて。あの時はごめんなさい。でも、気持ちは本当のことだから」


それから彼は、ジャケットの胸ポケットから小さな手帳を取り出すと、中身を開いて見せた。


「俺、市倉慎っていいます。南口にある高校に通ってて、たまたまこっち側来た時におねーさんを見かけたんだ。格好はチャラいけど、ほんとに、真面目な高校生です」


舞は、美咲と一緒にその手帳を見た。慎が持っていたのは学生証で、顔写真と高校名、学年クラスまで書いてあった。


それは確かに南口にある高校で、しかもかなりの進学校だったはずだ。成績重視の高校で、問題行動さえなければ、服装や髪形など生徒の自主性に任せていると聞いたことがある。

写真を見ると、黒髪の男の子が無表情で写っていて、印象はかなり違うが、確かに本人だった。


写真と目の前の本人を見比べていた舞は、ふとあることに気付く。

最初に声をかけられた時は、もっと制服が乱れていたように思う。まだ多少着崩している感はあるが、これくらいなら誰でもある程度はやっている。

もしかして、自分と会うために直したのだろうか。からかわれていると思ったのは、勘違いだったのだろうか。

舞は少しだけ体の力が抜けるのを感じた。


──この子は、見かけはチャラいけど、中身は普通の高校生なのかもしれない


舞は、美咲の袖を掴んでいた腕を離すと、おずおずと前に出て美咲の横に並んだ。

それを見て、慎がほっとしたように少しだけ表情が柔らかくなる。


「あの、怖がらせて本当にごめんなさい。俺の言い方が悪くて」

「わ、わかりました。あの、もういいですから……」


何度も謝る慎が少し哀れに思えて、舞は慎にそう言った。


慎は舞の言葉をかみしめるようにして、それからゆっくりと笑顔になった。

輝くような笑顔だった。視線が合った時のような、幸福に満ちた笑みだ。

今まで、そんな優しい顔で舞を見つめてくる男性がいただろうか。目の前の光景に、舞はどぎまぎといたたまれない気持ちになった。


「解決、ってことで大丈夫?」


黙って成り行きを見守っていた美咲が、舞にそう尋ねる。


「うん、解決で」


ほっとしてそう言った舞だったが、慌てたのは慎だった。


「ちょ、ちょっと待って。俺の告白はどこいったの?あの、俺、おねーさんが好きだって言ってるんだけど」


その言葉に、美咲はちらりと舞を見る。


「交際は自由じゃない?」

「え、むりむりむり」


とっさに出た舞の否定の言葉に、慎がこの世の終わりのような顔をした。


「そんな…………」


その慎の顔があまりに悲壮に満ちていて、先ほどの笑顔との落差に舞は戸惑った。

あんなに幸せそうな笑顔を見たあとだ、舞は罪悪感を感じてちくちくと胸が痛んだ。


「俺、ほんとに、こんな気持ち初めてで……」

「あ、あの……」

「一目惚れとか、ほんとにあるんだなって……」


このままでは泣いてしまうのではないかという程のか細い声に、舞はあたふたと慌てた。なまじ顔が整っているだけに、その悲壮な表情には壮絶ささえ感じられる。


「せめて……友達とか、知り合いとか、俺……これっきりになるのは、耐えられないです……」


体を震わせて訴える慎に、舞は気持ちが揺らぐ。


付き合うなんて絶対に無理だが、ここまで言ってくれている人を無下にしていいのだろうか。

知り合いでもいいと言うなら、それくらいなら、なってもいいんじゃないだろうか。

それに、知り合って自分がつまらない地味な人間だとわかったら、その時は勝手に離れていくはずだ。

このままでは、まだ高校生の彼に、自分の方こそ酷いことをしている気になってくる。

今の慎の状態に比べたら、友達になるくらい、なんてことないんじゃないかと舞は思った。


「あの……それじゃ、友達、なら……」


うなだれすぎて舞よりも小さくなっている慎に、舞はそっと声をかけた。その言葉に、慎は一瞬硬直し、それからゆっくりと舞を見上げ、「ほんとに……?」と訊いてきた。

その姿はまるで見捨てられた子犬のようで、舞は切なさにきゅっと唇を結ぶ。


「ほ、ほんとに。お友達なら」


自分が今どんな感情でこの台詞を言っているのか、舞にはわからなかったが、いたいけな高校生を救えたような、そん不思議な満足が胸に広がっていた。


「友達として、名前、教えてくれる?」

「ええ、友達として」

「友達として、連絡先も、教えてくれる?」

「ええ、友達だものね」

「ありがとう」


やっと笑顔になった慎に、舞もほっとして笑顔で返す。


穏やかな雰囲気の中、お互いの連絡先を交換し、二人は無事に友達になった。

心配そうに見守っていた美咲も、ほっとした舞の表情を見て、やっと警戒を解き、自分も自己紹介だけはしておいた。


それでも最後に、美咲は慎にきっちり釘をさした。


「私には筒抜けだと思っておいて。妙なことしたらただじゃおかないから」

「もちろんです。なんなら新澤さんとも連絡先を交換しますか?」


にっこり余裕の笑顔で慎はそう返してくるが、さすがに美咲は断った。


慎はスマホに映る舞の連絡先を見つめながら、なぜか、


「新澤さん、いつまでも藤野さんと仲良くしてくださいね」


と言った。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ