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2

新婚旅行から帰ってきた彼女が職場に復帰した。

彼女の夫から二日遅れての出勤だった。

久しぶりに彼女の顔を見て、やっぱり胸が痛んだが、それ以上に疲れた表情が気になった。


「大丈夫ですか?体調悪かったら無理しないでくださいね」

「あ……大丈夫よ。ちょっと、旅行の疲れが抜けないみたい」


俺の言葉に一瞬視線を彷徨わせた後、彼女は苦笑いしてそう答えた。

新婚旅行だもんな、楽しくてはしゃぐもんだよな。


その後の彼女の様子はいつも通りだったので、それ以上何も言わなかった。

彼女はイキイキと仕事をしていたし、日が経つにつれて普段の彼女に戻っていった。


だが、週明けの月曜日、彼女の顔はやっぱり暗かった。

いつも明るい彼女が、考え込むようにぼうっとする姿を見て、俺は妙な胸騒ぎを覚えた。

その都度体調を心配したが、彼女はいつも通り、「大丈夫よ」と返すだけだった。


それでも、二~三ヵ月もすると、彼女の様子は落ち着いてきて、以前のようにとまではいかないが、明るさを取り戻してきたように見えた。


「やっと新しい生活に慣れてきたのよ。新しい価値観、ていうのかな。人と生活するって、自分の思い通りにはいかないものね」


そう言ってどこか吹っ切れたような彼女の笑顔に、少しほっとした。

それと同時に、まだ捨てきれない恋心が、胸の片隅でチクっと痛む。


彼女と、その夫との生活。想像もしたくない。

俺は自分の感情と現実から目をそらし続けた。


忙しく過ごすうちに年末になり、忘年会では妻としての彼女を見ることになった。

彼女はずっと夫の隣に座り、周りの話に控えめに相槌をうっている。

もう俺の隣に来ることはなかった。


いつまでもうじうじしている自分が情けなくて嫌になる。

それでも、次の恋を探そうなどとはとても思えないのだから仕方ない。

どうにもならない自分をもてあまして実家に帰省し、ひたすらごろごろして、家族に邪魔だ邪魔だと言われながら正月休みを過ごした。


年明け、彼女の様子にまた変化があった。

なんというか、笑顔に覇気がなかった。

一見普段通りに見えるのだが、ふとしたときに陰のある笑みをする。

およそ彼女には似つかわしくないその不気味な笑顔に、背筋が冷えた。


誰も彼女の変化に気付かないのか?

俺の考えすぎなのか?

どうしても頭から離れなくて、たまらず同僚に探りをいれた。


「なぁ、彼女、ちょっと様子変わってないか?」

「あ?ああ、結婚して落ち着いたよな」


それを聞いて俺は眉をひそめた。

落ち着いた?落ち着いただって?

荒んでやつれたように見えるのは俺だけなのか……?


その時は信じられない思いだったが、夜、一人で冷静になって改めて考えた。

俺はいまだに彼女への想いを断ちきれずにいる。

それで、他の男と幸せになってほしくない、と無意識のうちに望んで、俺の目を狂わせているのではないか。


自分がそんな最低な思考の持ち主だとは思いたくないが、彼女の一挙手一投足に過剰に反応しすぎている可能性はある。

そんなふうに一人悶々と悩み、結論がでないまま、ある日彼女の退職を知った。

彼女の最後の出勤は二月、挙式からちょうど半年後のことだった。


俺の教育係をしていたとき、彼女が話してくれたことがある。


「私、元々は文系だったの。だけど大学でプログラミングに目覚めちゃって!スタートが遅い分、仕事では少しでも長く携わっていたいなぁ」


コードを書くのが楽しいと言っていた彼女が、まさかこんなに早く退職するなんて。

結婚して気持ちが変わってしまったのだろうか。

もちろん、彼女が仕事より家庭を優先したいと思っても何の不思議もない。

ただ、入社すぐからお世話になっていた俺としては、彼女の口から一言でも欲しかったな、というのが本心だった。

こんなことを望む俺がみみっちいのはよくわかっているが。


急に決まったことのようで、社内でも退職を惜しむ声が聞こえた。

そんな時、まことしやかに噂されたのが、彼女の妊娠説だった。


「つわりが酷いんじゃない?だから急に退職したのよ」


何の根拠もない軽口だったが、まるでそれが真相かのように静かに浸透していった。


そうか、幸せならいいや。

そんなふうに納得した俺だったが、子どもが生まれたという話はいつまでたっても伝わってこなかった。


彼女のいない職場で、俺は働き続けた。

さすがに何年も忘れられないとなると、自分が異常なんじゃないかと思ってくる。

会えない分、頭の中で理想の彼女を造り上げてしまい、手に入らないことでますます執着しているのかもしれない。


休日はなるべく外に出て、学生時代の友人たちとも会って、一人で考えこまないようにした。

友人と会っているときは楽しかったが、帰宅して一人になったときとの落差が酷かった。


ああ、このままじゃだめだ。

俺一人ではもう解決できない。


自分の異常性を疑って、人を頼る決断をした。

高校の頃からの友人、川原達也に、初めて、彼女への気持ちを話した。

顔を見て話すにはみっともなくて恥ずかしかったから、週末の夜に電話した。長い電話になった。

話しながらお互いに呑み始め、酒の力を借りて、胸の内を全部吐露した。


「いいじゃねーか!ずっと想ってたって!」


達也は酔って大きくなった声で叫んだ。


「お前の初恋だろ、拗らせまくってるけどな、ははは!」


そう笑い飛ばして、俺の負担を軽くしてくれた。


「そんな深刻に悩むことじゃねーよ、一生に一度の恋だったんだよ。胸に秘めてりゃいいじゃねーか」


そう気持ちを肯定して励ましながらも、


「だけど犯罪者にだけはなるなよ、なんかおかしいと思ったら、俺はすぐに警察に通報するぞ」


と釘を刺された。


「んなことしねーよ、好きな相手の迷惑になってどうすんだよ」

「まあ、でも、お前もフラれるんだな……」

「フラれてねーよ……告白してねーし」

「俺はさ、いろいろ遊んでたお前が真剣になれる相手に出会えて良かったと思ってるよ。失恋の痛みも知ってさ。でも、この先ずっと彼女を忘れられないっていうのはきついよな。俺はお前にも幸せになってほしいよ。やっぱさっさと忘れちまえ」

「おい、言ってること違うぞ……」


今考えると、今までの俺は本当に不誠実だったと思う。

付き合ってきた女の子たちは、皆こんな気持ちで俺といてくれたのだろうか。

俺も当時はそれなりに好きだと思っていたけど、そうじゃなかった。


「俺、酷い男だったんかな」

「んー、まあ、そこそこ」

「だから今こんなに苦しんでんのかな」

「それもあるかもな。人の恨みって怖いぜ~」

「おい、適当なこと言うなよ、酔ってんな?」

「はははは」


それでも、達也との会話でだいぶ気持ちが楽になった。

今まで誰にも話せずに、もう三年以上も忘れられずにいる。

案外、当の本人に会ったら、気持ちの整理がついているかもしれない。

忘れられない大切な思い出として、彼女のことは胸にしまっておいていいんだ。



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