突然『雪山に行こう』と言い出した幼馴染をわからせる
「雪山に行こうぜ!雪山!やっぱり男のロマンだよ」
はしゃいでいる幼馴染を隣にジト目で睨む。
気まぐれ大輔、家が隣という事で生まれる前から家族ぐるみの付き合いがある幼馴染だ。思った事を直ぐに口に出す単細胞。
私の好きな人、片思いの相手だ。いや、大輔からの好意も感じ取れるので両思いだと思いたい。けっして幼馴染への単純な想いではないと信じたい。
身長175cm、体重68kg。身長158cmの私とは頭半分くらい違う。小学生時代はチビと見下ろしていたのだが、中学後半で並ばれて、高校に入学したら抜かれた。
「へえ、雪山?それは素敵ね。いきなりで唐突だけど、どうしたのかしら?」
「だろだろ。まだ11月、雪山シーズンはこれからだし、別に唐突でもないだろう?今から準備しようぜ、って話なんだし」
「ええ、そうかもね。それで?何の為に行くのかしら?」
「えっ?」
「何の為に行くのかしら?あとメンバーはどうなってるの?」
「そりゃあ、俺と玲那の二人でいいじゃないか。幼馴染の仲、親睦を深めるという事で」
『男のロマンだよ』と口に出ているのは気付いていないらしい。いつもの事だ。
庭に用意したビニールのプールに水を張って水浴びした幼少時。うっすらとお互い裸で水を掛け合って遊んでいた記憶がある。あらためて、親たち含めてお互いの記憶を確認するには恥じらいが邪魔をする年頃になっているので省略する。
一緒の布団で昼寝して、一緒の学校に手を繋いで通って、一緒に誕生日を祝って、趣味嗜好、好きな物も嫌いな物も把握している状態で親睦を深める?
これ以上親睦を深めたらそれは幼馴染とは別物じゃないかな?もちろん受けて立つわよ。
戦って倒れる時でも前のめりに倒れる、それが女の子の生き様だからね。
「幼馴染の親睦を深めるなら他の場所でもいい気がするわ。雪山に拘る理由は何かしら?男のロマン?それでもいいけれど、具体的な内容を言ってもらわないと分からないもの。今のままじゃ、賛同しかねるわ」
「いやいや、いいじゃん、雪山」
『吹雪とか遭難とか男のロマンだよ』と大輔の口から本音が溢れた。
なるほど、何となく分かってきた気がする。
「二人で雪山に行って吹雪で遭難とかしたら怖いじゃない?やめておこうかしら」
「な、な、な、何を言ってるんだよ。俺がいるだろ?大丈夫だよ!」
『遭難しそうになったら抱き合って暖めてあうのがセオリーだろ?ロマンだよ』呟きながらどこか遠くに意識が飛んでいるようだった。
はあ、やれやれ。男のロマンに巻き込まれる方の身にもなって欲しい。
「昔、一緒にやってた"冒険ごっこ"みたいにすれば良くないかしら?暖房切って、隙間風がピューピュー吹き込む部屋の中で"遭難ごっこ"するのも楽しそうだわ。そう思わない?」
『雪山、男のロマン。雪山、男のロマン』と大輔の呟きが止まらない。
「吹雪とか、遭難とか、そんな事になった時点で人肌で暖めても間に合わないのよ。この髪を濡らした時点で凍えちゃうわ」
私は腰まである自分の髪を大輔に見せつけた。失恋したら切ると明言している髪だ。逆に言うと失恋するまでは切る気はない。
もちろん、大輔が髪の長い子が好きだと言ってるのを聞いて伸ばし始めたのだ。今更髪の毛が短い子がタイプだと言い出しても切る気は毛頭ない。
最近は、大輔か私の結婚式に『幼馴染が長い髪が好きなので伸ばしていたのだけれど、恋が実らなかったので切ります!』ってパフォーマンスしたらウケるだろうな、と妄想する毎日。
大輔が気の抜けた声を上げた。
「髪?」
「そうよ、髪の毛。これだけ長い髪を濡らすと簡単には乾かないのよ。分かってもらえるかしら?」
「男のロマンが――」
『雪山で遭難した二人が抱き合って一夜を過ごす予定が――』呆然として、本音をだだ漏れさせる大輔。
下心丸出しとはいえ両思いと考えていいのだろうか?
ここはもう女らしく腹を括ろう。
大輔の両頬を両手で挟むと正面を向かせ、お互いの視線を合わせた。
「大輔は知らないかもしれないけど幼馴染はニ種類しかいないのよ」
「ニ種類?幼馴染が二種類?」
怪訝な表情から大輔の頭の中でハテナマークが渦巻いてるのが手に取るようにわかる。そのまま一気に畳み掛けた。
「そう!ニ種類しかいないのよ。将来結婚する幼馴染と将来も結婚しない幼馴染。そのニ種類しかいないの」
「結婚する幼馴染と結婚しない幼馴染――」
「それを踏まえた上で雪山に行くシミュレーションをするわね。はい、二人で雪間に行きました!そこでどうなるのかしら?」
「えっ?えっ?吹雪に遭遇する――」
「吹雪で前も見えません。どうしたらいいかしら?」
「テントを張って避難する――」
「じゃあ、吹雪をテント張って避難しました。それからどうするのかしら?」
「暖をとって冷えた身体を温める――」
「そうね、極寒の中で雪に濡れてビショビショ。暖を取らないと凍えてしまうわね。でもそんなに簡単に暖が取れるかしら?」
「だから裸で抱き合えば、ウヒヒヒ」
よからぬ妄想に大輔の頬が緩み切っていた。
「何度も言うけど、私の髪の毛は簡単に乾かないのよ。抱き合っても背中がびしょびしょなら暖を取る意味がないわ。その場面になるにはまず事前にショートヘアーにしておく必要があるわね。そうなると――」
一拍置くと大輔の顔を見つめた。私が何を言いたいのか理解できていないようだった。
「失恋しなくちゃいけないのよ。あらあら、どうしましょう?」
ふふふ、と大輔に微笑んで見せる。
大輔はまだ理解が追いつかない状態の様だった。当然、間を開けるつもりはない。
「失恋する為にも告白するわね。誰がいいと思う?」
「えっ?誰か好きな奴がいるのか?」
『そんな馬鹿な、一体いつの間に――』呆然として目が死んでいた。
「大輔――と言いたいところだけれど、駄目ね」
「な、な、何で俺は駄目なんだよ」
幼い頃、無邪気に大輔に『大好き❤』って言い続けていたある日『俺も大好きだ』と珍しく大輔が言ってくれた。そして続けて『大事な事は男から言うべきなんだ。俺からきちんと言うから待っていてくれ』と言ってくれた。
その言葉を信じて今も待っている。
『プロポーズと勘違いしているんじゃないのかしら?』とか、
『また心の声がポロッと溢れただけで言った記憶は無いんじゃないのかしら?』とか、本音を言うと不安は尽きない。
だからこそ、
「大事な事は大輔から言ってくれるはずだから私から告白してはいけないのよ。だから他の人に告白して失恋しないといけないの」
「えっ?俺から?そんな事言ったっけ?ちょっと待って――」
どうやら心の声が溢れていたパターンだったようだ。
長年の疑問が氷解した。それでも責任は大輔にある。
「じゃあ、大輔が私を振ってくれるのかしら?明日の放課後、校舎裏で待ってるわ。来るまで待ってるから必ず来てちょうだい」
「え?あ、はい。わかった――」
「じゃあ、失恋して髪を切りました。ショートヘアーです。吹雪で濡れた身体を二人抱き合って暖め合います」
「う、うん」
「それで?」
「えっ?」
「それで終わりなのかしら?二人抱き合ってお終い?」
「いや、それは――」
「もし二人で抱き合ってて、変な気持ちになって男女の関係になったらどうするつもりなのかしら?」
「ぐふふふ――」
明らかに邪な妄想にいそしんでいる。
あ、口の端からよだれ垂らした――
「あのね。雪山に避妊具持って登る訳もないから、子供出来たらどうするつもりなのかしら?責任取れるのかしら?」
「も、もちろん!き、き、決まってるだろ!」
「へえ?責任取ってくれるんだ?」
「当たり前だろ!」
「じゃあ、子供出来なかったら責任取ってくれないのかしら?」
「ば、バカな事言うなよ。責任取るに決まってるだろ!」
「本当かな?嘘っぽいんだけど?」
「こんな事で嘘なんてつくかよ!」
「なら、雪山って関係あるのかしら?」
「ふぇ?なに?」
「だから、男女の仲になった責任を取るんでしょう?雪山って関係あるのかしら?」
「いやいや、関係あるでしょう!関係――あるよね?」
見つめる大輔に対して、私はゆっくりと首を振った。
不慮の事態で手を出したら責任を取る。相手の気持ちは無視して?それって何だろうね、気持ち悪いよ?
独りよがりすぎるね。
「私の気持ちはどこに行っちゃったのかしら?」
「えっ?」
「それに大輔の気持ちも。仕方なく責任取る事に何の意味があるのかしら?」
大輔が複雑な顔をして固まっていた。
それでも私の気持ちは決まっていた。明日の放課後の大輔の告白に『はい』と返事するのだ。
失恋するか恋人になれるのかは大輔次第。やれるだけの事はやった。
「じゃあ、おやすなさい。明日の放課後待ってるわね」
大輔の返事も聞かずに私は部屋を出て隣の我が家に戻った。
髪を切るきっかけが無くなったので雪山へ行くのは中止になり、代わりに大輔の部屋で"雪山遭難ごっこ"を行なった。
結婚式で髪を切るパフォーマンスが出来くなった事がちょっと残念なのは内緒の話。