9 第六遺跡クロノス 五
轟音は未だ止まず、それどころか勢いを増すばかりだ。
何かを突き破るような勢いで、遺跡の入り口や隙間から暗闇が放出される。
「ひいい、何だあれ!」
人々はそれを見て、恐怖から後ずさりをしていく。
だが暗闇と同時に、入り口から何かが転がり出るのを見て、彼らは目を丸くした。
暗闇の放出と共に勢いよく飛び出し、そのまま地面をごろごろと転がって付近にあった岩にぶつかって漸く停止した。
「いッ…………て」
それはエンジュと、意識のない魔法士をそれぞれ左右に抱えたカンナだった。
「カンナ!」
イリスが駆け寄り、手を差し伸べて彼を引き起こす。
ウォットもまたカンナの横で倒れ込む魔法士を抱え、発掘隊員の中にいる救護班に引き渡した。
暗闇への恐怖と、飛び出してきた人間とで、ざわざわと落ち着かない現場。
そんな彼らをかき分けて、ともすれば轟音にも勝る声量で叫ぶ少女の姿が一つ。
「カンナさあああああん! よかった! よかったですううううう!」
起き上がったカンナに、セイラが飛びかかる。起き上がったそばから、その衝撃でカンナは再び横になる。
「セイラなんでここに、ていうかどけ!」
「うぅ……私、心配だったんです。第六遺跡の話を聞いて、いてもたってもいられなくて……」
そんな話をしながらも、入り口から溢れる暗闇は止まらない。
その暗闇はこの場にいる人々には目もくれず、空に向かって手を伸ばすかのようにうごめいていた。
「第六遺跡に封印されし魔物、クロノス。こいつは動く暗闇を作ろうという古代人の思いつきで作られた。というのに、人々によってこの遺跡に封印された哀れな魔物だ」
ウェントスは本と紙を手に暗闇を見上げる。
その手にある紙は、『魔物観測録』の現代語訳が書かれていた。
古代人の興味で作られ、生まれた魔物であるというのに、あまりにも暗いというだけの理由で封印された。
暗闇として生まれ、暗闇であるから封印される。
そんな魔物が求めたものとは、すなわち──。
「こいつは光を求めている。だから俺達人間には目もくれず、空の太陽に向かって手を伸ばしているんだろうな」
「……ウェントスさん、どうするんですか」
「気の毒だが再封印する。しかし古代人の結界を再現するのは難しい、それはお前も分かっているだろう」
それは、この場に集うエンジュ以外の誰もが痛感している事実だ。
「現代人には魔法が作り出せない、厄介なものだな」
現代の人々が使う魔法、それは過去に作られた魔法を流用しているのみだ。
自らの手で、一から魔法を作り出そうと試みた者も過去にはいた。しかし、できないのだ。
既に解除されてしまった魔法結界を再現することは、魔法を作り出す事と同義でもある。
それがいかに困難であるのかはアストルム教団の者ならば誰でも知っている。
「再封印の目処が立つまで、一先ずこいつを眠らせる。全員、下がっていろ」
ウェントスが手に持つ魔法書『夢魘』。
彼が複数所持しているもの中で最も攻撃性が低く、それでいて最も恐ろしいと言われているものだ。
詠唱を耳にした者は即座に眠りに落ちる。
強大な魔物であれば眠るだけで済むだろうが、人間ならば眠ったまま悠久の時を過ごす事になるだろう。
魔法書と杖を構えたウェントスを見て、カンナ達や集う人々は彼の後ろに退避した。
ウェントスの魔法によって深い眠りに落ちた暗闇の魔物クロノス。
そのお陰で、地響きと魔物の声で揺れていた第六遺跡もすっかり静まり返ったところだ。
「それにしてもカンナ、どうやってあの暗闇から出てきたの?」
「エンジュに魔法を見せようと思って、魔法書使ったんだ。そしたら急に動き出して……」
「まさか、『流星』を使ったの!?」
「ああ」
イリスは大きなため息をついたあと、笑い出した。
不思議にそれを見つめるカンナに声を掛けたのは、ウェントス。
「お前は、寝ぼけている魔物の腹ん中に隕石降らせたんだ。そりゃ暴れ回るだろう」
イリスの笑う理由に納得したのか、カンナは暗闇に悪いことをしてしまったとでもいうように苦笑いした。
自分達が落ちた暗闇が、魔物の腹の中だという事実にも驚いている。
ウォットの言う暗闇が「生きている」という表現は正しかったという事だ。
「さて」
ウェントスは第六遺跡に視線を向ける。
それに合わせるように、名前を呼ばれた二人と、傍らにいるエンジュやセイラも改めて遺跡を見る。
「クロノスは今は俺の魔法で眠っている状態だ。だが、もし再び目覚めれば、今度こそ光を求めて暴れまわるだろう」
古代人ですら制御がきかず、封印することになってしまったという凶悪な魔物。
例え強力な睡眠の魔法で眠らせていたとしても、すぐに起きてしまうだろう事は、ウェントスが言わずともこの場にいる誰もが分かっている事だった。
ウェントスは話を続ける。
「再封印はこいつが寝ている間に施す」
「現代の魔法で、古代の魔法結界を再現するのは難しいんじゃないですか」
「そういった困難を叡智と魔法で乗り越え、星を救う為にアストルム教団は存在しているのだろう」
魔法結界は、古代言語によって作られている。
長年の研究により、現代の人々は古代言語で綴られた文章の意味を理解出来るようになった。
しかし、その言葉をただ知っているというだけだ。
その奥に、どんな意味が隠されているのか。何を持ってその言い回しで表現されているのか。
古代言語とは、今なお未知の領域だ。
他人よりも古代言語に触れることの多いカンナが一番、それを痛感している。
ウェントスの言う再封印が、どれだけ難題であるかという事を。
「それはそれとして、この度の調査と飲み込まれた魔法士の救出、ご苦労だった」
ウェントスはカンナとエンジュの二人を労う。
尤も、カンナからすれば自分は飲み込まれただけだと言いたげではある。
「それと再封印……魔法結界についての調査だが、このままカンナとイリスに任せたいが、いいだろうか」
大教士直々の頼みだ、断る事はできない。
それでも顔に出てしまうのは仕方がないのだろう。
カンナは眉を寄せてすぐに返事はしないし、イリスは明らかに顔に”面倒くさい”と書いてある。
そんな二人だが、自分の注文が面倒な事実は理解している彼は、怒りはせずに笑っていた。