8 第六遺跡クロノス 四
第六遺跡の入口を塞いでいた、魔法結界。
その魔法結界の名が、そのまま遺跡の名前となった。
第六遺跡クロノス。
発掘当初、主導していた魔法考古学者によってそう名付けられた遺跡。
複雑な構造と、大量の出土品。
古代の神秘に心を奪われている発掘隊と魔法考古学者は、喜々として発掘を進めていった。
遺跡の、本当の存在理由を知らずに。
「クロノス、ですか」
セイラの到着から程なくして、発掘隊と数名の魔法士、そして大教士ウェントスが姿を見せた。
イリスとウォットはウェントスから、第六遺跡の真実について告げられる。
「第六遺跡の名の由来にもなった”クロノス”。この文献によるとこいつは魔物の名だ」
ウェントスが手にしていた文献。
彼はその『魔物観測録』と題されたその本の、とあるページを開いて見せる。
そこには、大きな黒い塊のようなものの図と、その解説がびっしりと記されていた。
「この世全てを覆う暗闇の魔物クロノス……研究所一つを放棄、檻として封印……」
古代言語で書かれたその本を、イリスは読み上げる。
古代人が作り出した暗闇の魔物クロノス。
自分達で作ったというのに、制御しきれなくなった彼らはとある行動に出る。
当時使われていた研究所を檻として、全体を魔法結界で閉じ込める。そうして暗闇の魔物を封じ込めた。
「これって、つまり……」
イリスは背後にある第六遺跡を振り返る。
「入り口の魔法結界を解除した事で檻の封印を解いてしまった、ということ……?」
ウェントスが頷く。
「強大な魔物であればある程、完全に覚醒するまで長い時を要する。現に第六遺跡も、発掘開始から五年は異常が無かったのだろう」
「そうですね。暗闇の通路が発見されたのもつい最近の話です」
五年間、未だ眠りからは完全に目覚めていない暗闇の魔物。
しかしそれが目覚めてしまえば──その場に集う人々は、緊張と恐怖で表情がこわばっていく。
「協議の結果、第六遺跡ごと魔物を再封印するという結論に至った」
イリスはもう一度、背後の遺跡を振り返る。
暗闇に落ちていったカンナとエンジュ、そして行方不明の魔法士。
彼らの事は、既にウェントスには伝えてある。
「大教士、再封印はもう少しだけ待ってもらえませんか!」
イリスは頭を下げる。
周囲のざわつく声に、ぎゅっと目を瞑る。
今まさに、三人の命と魔物の出す被害を天秤にかけられているのだ。だがそれを見過ごす事などできなかった。
一方でウェントスは、イリスの肩を優しくぽんと叩く。
「心配せずとも、今すぐに再封印する訳じゃない。そのための準備もしてきてある」
彼は、一冊の本を取り出す。
それは魔法書であった。
「……なるほど。ありがとうございます、大教士」
魔法書の題を見たイリスは、心底安心したようにもう一度頭を下げる。
その時、耳をつんざくような、呻き声にも似た鳴き声がこの辺り一帯に響き渡った。
思わず耳を塞ぐ一行だが、続いて大きく地面が揺れるので、何人かは転んだり倒れ込む。
轟音と共に、遺跡全体が揺れている光景が、人々の目に映っていた。
カンナとエンジュは暗闇の中を彷徨っていた。
背中には衰弱しきった魔法士もいる。
これは魔法か、それともエンジュの言う通り何か大きな生物の体内なのか。
あてもなく歩き続けても埒が明かないと、カンナは立ち止まる。
突然立ち止まったカンナに驚いたのか、エンジュが彼にぶつかり再び「うっ」と小さく声をあげた。
「悪い、エンジュ。こいつを支えられるか?」
背負っていた魔法士を地面に降ろし、互いに何も見えないので手探りで彼をエンジュに預ける。
「カンナはどうするの」
「いい機会だから魔法について教えてやる」
腰から下げていた本を手にとり、その本に手を当てるとその中から杖が現れる。
左手に本、右手に杖を持ち、カンナは話を続ける。
「魔法とは水、金、火、木、土を基礎に、それらを複合して作られている」
くる、と杖を回すと小さな灯りが灯る。
しかしイリスの魔法のように空間に漂うものではなく、それは一瞬で消えてしまう。
「より強度を上げる為に魔法の名や、詠唱を言葉に乗せる必要があるんだ」
次は「リュミエール」と言葉にしてから、杖を振る。
すると、先程の灯りと同じものがふわふわと宙に漂い始めた。
「それと、マナが必要だ」
「マナ?」
「この星を満たしているものだ。草木や大地、川や空。そういったものはすべてマナでできているらしい。魔法を使う前に取り込まれ、魔法の使用時に共に放出されて星に還元されるんだ」
カンナが杖に力をこめると、僅かに大気が揺らぐような感覚がエンジュにも伝わった。
幸いにも、この暗闇にもマナはあるらしい。
「マナは減ったり増えたりしないの?」
「本来その筈なんだが、何故か減っているんだよな。星の衰退の原因もマナの減少から来ていると言われている」
マナが枯渇しかけていても尚、使い続けてしまうのは、この星の人々がそれだけ魔法に依存しているからだ。
生活でさえも、今や魔法無くしては水も火も扱えない。
それに、今のようなどうしようもない状況を打破する、そのきっかけにさえなり得るのだ。
「それじゃあ、エンジュ」
カンナは、後ろに居るであろうエンジュに振り返る。
「ここからが俺達、アストルム教団の真価だ」
カンナが左手に持っている本、それは魔法書であり、中は難解な古代言語で魔法が綴られている。
何も見えないが、詠唱を覚えている彼にとっては何の問題もない。
「古代人が残した魔法書には、強大な魔法が書かれている。アストルム教団はそれらを回収し、現代に復元する事業も行っているんだ」
魔法書が僅かに発光し、ぱらぱらとページの捲れる音が響き渡る。
「魔法の綴られた魔法書、それを放つ媒体となる杖、魔法をより洗練させるための詠唱。この三つが合わさった時、強大な魔法が発動する。エンジュ、俺の近くに寄っておけ」
エンジュは手を伸ばし、カンナの服の裾を掴む。それを頼りに彼にぴったりとくっつく。
「俺の魔法書の名前は『流星』──夜空から降り注ぐ隕石を見て、この魔法を思いついたと後書きに記されていた」
光の通らない暗闇であるのに、魔法書の光だけは暗闇に打ち勝つらしい。
突然の光に目を瞑りながらも、エンジュは漸く確認できたカンナの顔に安心したようだ。
ぎゅっとカンナの服を掴み、彼女は魔法を見届ける。
「夜光に流るる星石、地に墜下し紅く燃やし染めよ──」
暗闇一面が、赤い光で包まれた。
「『流星』メテオール!」