77 北極街道
クルセイロは、冷静だった。
カンナとほぼ同時期に目を覚ましたクルセイロは、至って冷静に状況把握に努めた。
持ち前の観察眼と会話術によって、ここがエカルラートとは違う星であるという事実にたどり着く。
見知らぬ星に放り出されるという経験は、当たり前だが彼女も始めてだ。
だというのに、目を覚ましてから僅か七日。
スバルやファーミアナといった現地人の助けを借りたカンナとは違い、彼女は自分一人の力でここまでやってきた。
カンナが未だ未熟であると思わざるを得ない程に。
彼女は、冷静にこの状況を分析し、あっさりと受け入れたというのだ。
「この人すげえ順応してるけど、カンナと同じでエカルラートから来たってことで合ってるんだよな?」
カンナとクルセイロが状況を確認し合っているのを、横目で聞いていたスバルは尋ねた。
「ふふ。そうだよ。私はカンナと違って理解力があるだろう」
まるでカンナがオルビットの事を聞いて困惑していたということを見てきたかのように、彼女は笑う。
言っている事は間違ってはいないのだが、見透かされているようでカンナはムッとしたような表情を見せる。
「俺はスバルだ、よろしくなフードの人」
「その愛称も捨てがたいけれど、私のことはクルセイロと呼んでおくれ」
にこりと笑った後、クルセイロは一枚の地図を広げた。
「目を覚ました後、運良く地図を入手できてね」
それは、スバルが持っているものよりも簡易的だが、主要な街や建物の名前はきちんと記されている。
「そうしたら、ここに見覚えのある名の遺跡があるじゃないか」
彼女はポラリスと書かれた箇所に、人差し指を置く。
「奇しくも第七遺跡は私が発掘同行していたし、調べれば何か分かるんじゃないかと思ってね」
一方で、話の内容が掴めないスバルは首を傾げる。
「どういうことだ?」
それもその筈、エカルラートに同名の遺跡があるという事を彼は知る由も無いのだ。
「エカルラートにも同名の遺跡があるんだ。第七遺跡ポラリス──青く美しい遺跡だったよ」
「多少名前が似通っている程度じゃ、驚かなくなってきたな」
そう言って肩をすくめるスバル。
彼の言葉には、カンナも同意だった。
「ポラリスを調べれば、エカルラートへ戻る為の手がかりもつかめるかもしれないだろう?」
あまりにも似ている二つの星、その共通点となる同じ名の遺跡。それを調べない手はないだろう。
カンナは窓から、相変わらず荒れている空を見上げてため息をつく。
「……俺は一人だったらそこまで思い至る余裕がなかったな」
「そうだろうね。君は案外、突発的な出来事に弱い」
あけすけに短所を指摘されて、カンナは苦いものを食べたかのような表情をする。
しかし言い返せないのは、自分もそう感じているから。
「でも私みたく『そうか違う星か』、なんて即座に受け入れる人間はそうそう居ない。それに」
彼女は視線を落として、自嘲気味に笑う。
「私は君達と合流するよりも先に遺跡を優先したんだよ」
まるで自身が冷たい人間であるかのような口ぶりで吐き捨てた。
二人の会話を聞いていたスバルは、それを聞いてフッと笑った。
「ま、再会できたんならいいじゃねえか。何を優先とするかは人それぞれ。二人いるなら役割分担もできるんだ」
「それもそうだね。変な事言って悪いね。それに、カンナと合流できて安心できたのは本当だよ」
スバルの言葉に、クルセイロは今度は穏やかに微笑んだ。
それから三人は、これから先の道程を確認しながら眠りについた。
翌日、昨夜の雨が嘘であるかのように晴れ渡る空のもと。
一行は、更に北へと街道を進む。
時折スバルの採集を手伝い、現れた魔物と対峙する事もあったが、その道のりは順調だ。
風が、更に強まっている事以外は。
「カンナ、大丈夫なのかい」
クルセイロは、小声でそう尋ねた。
なんともないように振る舞いながら歩くカンナだが、その顔は真っ青だった。
事情を知っているクルセイロだけではなく、スバルも既に顔色については気がついている様子で振り返る。
「大丈夫か? 歩き通しだし、休むか」
「できれば風が遮られる場所がいいのだけれど」
クルセイロがそう言うが、丁度街と街の中間地点にあたる場所だ。
街道の周囲にはやはり何も無く、代わり映えしない草原が広がっているのみだ。
「……いや、大丈夫だ。進もう」
カンナはそう言って先へ先へと歩いて行ってしまうので、何も言えないままにクルセイロとスバルも歩みを進めた。
「この風も環境変異の影響なのかい?」
「いいや、これは元からだ。北へ行くほどに風が強くなる、ってのが北極地方の特徴だ」
北へ行くほどに。それを聞いて、カンナの表情は更に曇る。
「比較的弱くなる時期があったり、しないかな」
「年中この調子だ。寧ろ今の時期が一番穏やかで、冬は一層強くなる」
「……これが穏やか、か」
エカルラートでは決して自然に吹く事のない強風。
靡く髪とフードを抑えて、クルセイロは前を歩くカンナの背を見る。
(エンジュみたく対処できるだろうか)
東部遺跡デザストルでの出来事を思い出し、思わず自身の手のひらを見つめるクルセイロであった。
それ以降は会話もなく、一行は北へ北へと北極街道を進んで行った。