6 第六遺跡クロノス 二
「本当に道が多い。一人じゃ迷いそうだ」
「第二遺跡に匹敵する複雑さでしょう。私も初めてここに来た時には大変でした」
構造図通りの、まるで迷路のような遺跡内。
発掘隊長ウォットの案内で、カンナとイリス、そしてエンジュはかなり深いところまで潜っていた。
「ありました。これです」
立ち止まったウォットは、通路の先にある暗がりにランタンを向ける。
「こうして光を向けても、真っ暗闇のままなのです」
彼の言う通り、どれだけランタンを近づけてもそこだけ塗りつぶされているかのように、暗闇のままであった。
イリスがおもむろに杖を取り出し、魔法を唱える。
「リュミエール!」
彼女の手のひらから灯りが灯される。
ふわ、ふわ、と灯りは独りでに浮かび上がり、暗闇に向かって飛んでいく。
しかし、そこに到達すると同時に、まるで暗闇に飲み込まれているかのように消えてなくなってしまった。
「だめですね。飲み込まれているみたい……」
その暗闇を、ウォットは「生きている」と表現していた。
目の前に広がるそれはまさしくその言葉通り、どこか深いところで脈打っているようにも感じられる。
「この様子じゃ通路の先にも進めなさそうだな」
「そうだね。何かの魔法だとは思うんだけど……」
魔法結界のように、古代言語を解き明かせば解除できるような魔法ならばカンナやイリスでも対処のしようがある。
しかし目の前にあるのは正体不明の生きた暗闇。
魔物の一種ならば攻撃すればマナとなって霧散する。
しかし、何もかもを飲み込んでしまうためそれも難しい。
手立てなく、ただ眼前に広がる暗闇を前に立ち尽くす一行。
「行方不明の魔法士の人って、もしかして」
「考えたくはないが、飲み込まれたのかもしれないな。これは一旦大教士に報告して──」
その時。
一瞬暗闇が揺らいだかと思うと、カンナの背を何者かが勢いよく押した。
「え……」
一瞬の出来事に、振り返る事も叶わず。
カンナはただ真っ直ぐと、暗闇に飲み込まれた。
「ねぇ、セイラちゃん。暗闇の魔物って知ってる?」
アストルム教団本部、総合教務室。
今日も今日とて、客人の対応から書類の確認まで、団内のありとあらゆる仕事に追われていたセイラは先輩に呼び止められる。
「魔物って古代人がマナで作った魔法生物ですよね?」
「そう。第六遺跡に凶悪な魔物が封印されているかもしれないんだ、って発掘隊の連中が大騒ぎだったよ」
「第六遺跡って……」
セイラは今朝の出来事を思い出す。
──今日は第六遺跡ですね!
そんな事を、魔法考古学室で言った気がする。
「せ、せ、先輩、それっていつ聞いたんですか!?」
「ついさっき。解読室の前で大騒ぎしてたよ。ところでセイラちゃんって今朝、第六遺跡からの申請書持ってたよね?」
顔を青くして、セイラは持っていた書類の束から手を離す。
それを見事に手で受け止める先輩。
「先輩、私……カンナさんとイリスさんが……」
「仕事は任せて、いってらっしゃい」
セイラの意図を汲んだ先輩は、大慌てで部屋から出ていこうとするセイラの背中に声を駆ける。
「その話をしてた連中、今は大教士室にいると思うよー!」
「ありがとうございます!」
本人は遠ざかってはいるのに、相変わらずよく通る元気な声が総務室内に響き渡った。
暗闇に飲み込まれたカンナは、一瞬落下するような感覚に襲われた後に地面らしきものにぶつかっていた。
背中から思い切り落下したため、腰を摩りながら立ち上がるも辺り一面暗闇である。
「いっ……たた……。真っ暗だ」
しかし、遠くの方に小さな光が見える。
近づいてよく見てみると、はじめにイリスが使った魔法の灯りに似ていた。
灯りを一つ手にとると、他の灯りもふわりふわりと集まってくる。
振り返ると、先程カンナが落下してきた地点から灯りが降ってきて、彼が落下した場所と同じ場所に漂っている。
「これは、一体──」
「本当に飲み込まれたみたいだね」
その声に驚いて振り向くも、灯りの魔法を手にしてもぼんやりと影が見えるのみである。
しかし、声には聞き覚えがあった。
「お前……エンジュか?」
「うん」
「な、お前、着いてきたのか!? 危ないだろ!」
叱責するように言うと、少し怯えたのか影が揺れる。
その影はカンナが見えているかのように迷いなく彼の上着の裾を掴み、小さく呟いた。
「カンナと一緒がいいから」
予想の範疇ではあるが、それにしても素直な答えにそれ以上何も言えず、カンナは掴まれた裾から辿ってエンジュの手を握る。
「何があるか分からないから、俺から離れるなよ」
そうして、僅かな灯りを手にしながら二人は先へ歩みを進めた。