53 手紙を追って
カンナが目を覚ますと、窓からは朝日が差し込んでいた。
寝転がっていたのはベッドではなく魔法考古学室のソファで、体が痛むのを感じる。
ゆっくりと体を起こすと、ソファに端で座っていたエンジュと目が合う。
「おはよう、カンナ」
その表情は、どこかすっきりとしていた。
「おはようエンジュ……。お前、もう大丈夫なのか」
昨日、遺跡から戻って以降カンナが覚えている限りでは、エンジュはずっと俯いていた。
しかし眠りに落ちている間に何かあったのか、もう悩んでいる様子ではない。
そんな事を考えていると、いつの間にかエンジュは身を乗り出して、カンナの目をじっと見つめていた。
「え、エンジュ?」
「カンナ。わたし、やっぱりカンナと一緒にいることにしたの。だから、覚悟をして」
きらきらと輝いている彼女の瞳にカンナはたじろいでしまう。
そもそも覚悟というものが何を指すのか、寝起きの頭には考える余地が無かった。
「まあ、一緒にいるなら好きにすれば良いが……。って、か、覚悟ってそういう──」
そこまで言ったところで、誰かが思いっきり吹き出した。
顔を上げると、部屋には笑いをこらえているアルフと、こらえきれずに笑っているクルセイロ、気まずそうに視線を逸すシェルの姿があった。
カンナは、てっきり自分とエンジュしかいない者だと思っていたために、驚きのあまり何も言えずにいる。
「あっはっはっは、いやぁ、いいもの見せてもらった。君、寝起きはそんなに面白いんだねえ」
クルセイロがあまりにも笑うので、カンナも目が覚めたのかいつもの調子で反論すべく立ち上がる。
「居るなら居るって言えよ!」
「だってアルフが黙ってろって言うから」
「黙って見てようって言ったの室長でしょ」
「いや、二人共ですけどね。ちなみに私は止めました。本当ですよ?」
結局誰が言い出した事なのか分からずじまいだ。
彼らなりに元気付けようとしているということだけは、なんとなく伝わった。
それにエンジュも言いたいことを言えて満足げであるため、カンナはこれ以上は追及しないことにする。
「顔を洗ってくる……」
しっかり眠った筈なのに、既に疲れたような表情で部屋を出ていくカンナ。
その背に、クルセイロが声を掛ける。
「カンナ。顔洗ったら、大教士室へ行きな」
返事はしない変わりに、右手をあげてそれに応えた。
「来たか」
カンナが大教士室へ入ると、いつもは置かれていない会議用の机が置かれていた。
座っているのは大教士ウェントスと、アリシアだ。
「おはよう、カンナくん。そして、お疲れさま」
「アリシア、大教士。昨日は報告せずに眠ってしまって、申し訳ない」
ウェントスは首を振る。
「疲れていたのだろう。遺跡での話は昨日、エンジュから粗方聞いた」
イリスと、アディザのこと。遺跡でカンナとエンジュを助けた声のこと。赤い目の女のこと。
彼は指折り数えて聞いた事を羅列していく。
「イリスの事ですが……」
「生きてはいるが、会う手段がないんだったな」
カンナは頷く。
同時に、赤い目の女が妙な事を言っていたことを思い出す。
──イリスに会いたいのなら、この星の真実にたどり着くことね。
──でも、全てを知ってしまったのならあなたはもうこの星からはサヨウナラ。
彼女の話から、イリスはヴェガの自著を追っていくうちにこの星、エカルラートの真実にたどり着いてしまったのだろう。
そのことが察知され、行方をくらませた。
それが一体誰なのか、赤い目の女本人なのか、それとも他にもいるのか。
「あまり考え込むな」
ウェントスにそう言われて、はっとする。
「イリスの持っていった本については、こちらでエーデルリアに聞いておく。その間に頼みたい事があってな」
彼はそう言って、アリシアの持っていた手紙の束と、小さな箱を机に置く。
箱の中を覗き込むと、文字がびっしりと書かれた書類が入っていた。
「これは過去のアディザが書いた報告書だ。これと手紙を持って、フェーブスブルク郊外のレトワールの森にある小さな家へ行ってほしい」
レトワールの森と聞いて、カンナには思い当たることがあった。
隣で聞いていたアリシアも身を乗り出す。
「二人も知っているだろう、変わり者の魔法書家の事を」
「確か、教団の方ではないのですよね。でも腕のいい魔法書家で、筆跡に関しての知識は随一で……」
「筆跡」、その言葉と共に、二人は同時に手紙を見る。
カンナが第一遺跡で出会ったアディザが偽物ならば、この手紙の差出人は誰なのか。
アリシアでさえアディザの手紙と信じて疑う事はなかったが、それでも巧妙に真似て書かれたものである可能性もある。
「魔法書家ベルギアに会い、手紙の出処を調査してもらえるか」
二人は手紙と箱を受け取って、強く頷いた。