47 第一遺跡トリアングル 二
「背が伸びたな。それに、顔つきも変わった」
遺跡の奥からやって来た人影──アディザは、懐かしそうに目を細める。
彼が姿を消してから5年経っているのだ。
成長期の真っ只中にあったのだから、寧ろ変化がなければ可笑しい程である。
対してアディザは、以前と変わった様子はない。
否、変わっていなさすぎる。カンナは違和感と懐疑の目を彼に向ける。
「私に聞きたい事があるのだろう」
返事の代わりに頷く。
カンナが師に聞きたい事といえば、それこそ星の数程にある。
だが、同時に頭が混乱しているのを感じる。
この遺跡にアディザが居る可能性は高く、こうして対面する事は覚悟の上であったというのに。
やはり、実際に彼と対峙すると、カンナは何を言えば良いのか分からなくなってしまっている。
何も言わないカンナが、何を思い何を感じているのか察したエンジュは一歩前に出る。
「イリスはどこ?」
そうして、不躾に尋ねた。
アディザはエンジュを一瞥して、踵を返す。
「着いてこい」
「その先にイリスがいるの?」
返事は無い。しかし、アディザが歩みだしたため、エンジュはカンナの腕を引いて彼に着いていく事にした。
「……悪いな、エンジュ」
アディザの後を着いて歩く道中、カンナは小声で呟いた。
突如現れた師の姿に、何も言えなくなってしまった自分が情けなく思い、悔しいとさえ感じていたからだ。
それに対してエンジュは首を振る。
「ううん。わたしが、連れてきたようなものだから」
「覚悟は、できていたつもりだったんだけどな」
そんな事を話しながら、塔の階段を次々と上がっていく。
もう何階かも分からないくらいまで上がった頃に、大きな扉が見えてくる。
アディザはその扉の前で足を止めた。
「ここが最上階だ」
そう言って彼は両手で扉を開ける。
扉の先は、とても簡素な部屋だった。
中央に古びた机。そしておおきな窓枠。ただそれだけだ。
「この遺跡で唯一、人が暮らしていた形跡が残されていた部屋だ」
確かに資料には一室だけ、簡易的な寝室があったと書かれていた事を思い出す。
彼は続ける。
「私も此処の発掘に携わっていたが、この部屋は当時から異質だった」
アディザの言う通り、この部屋の雰囲気がどこか異質なのはカンナにもエンジュにも分かっていた。
最上階にあるがゆえに、窓からは空しか見ることができない。
部屋自体は簡素で寂しげであるというのに、何故か惹かれるものがある。
こんな時でなければ研究したいものだ、とカンナは思う。
しかし、今はそれどころではないのだ。
イリスの姿がどこにもない事に、痺れを切らし尋ねる。
「師匠、その……イリスは?」
「私はイリスが居るとは一言も言っていない」
彼の言う通りだが、それでもカンナは引くまいと一歩前へ出る。
「本部でイリスと話していたよな。姿を見た人がいるんだ。イリスと何を話した?」
その言葉に、アディザは眉を寄せる。何かを考える素振りをしながら、部屋の窓の傍へ歩いていく。
「私は教団に顔など出してはいないし、第六遺跡にも関わってはいない」
こちらに背を向けたまま、彼はそう話した。
その言葉にカンナはただただ驚き、何も答えられなかった。
彼の言葉が本当なのだとしたら、イリスと話していたのは誰だったのか。
第六遺跡クロノスの結界を解除し、発掘隊長の元へ顔を出したのは誰だったのか。
娘アリシアに書いた手紙の内容は、何だったのか。
数々の疑問と、彼への不信感、そして違和感が募っていくばかりである。
「カンナ」
アディザは振り向く。
「あまり、ウェントスを信用するな」
その言葉が違和感の正体だった。
「お前……誰だ?」
目の前に立つアディザは動じない。
カンナの記憶の中にある師アディザは、冷静沈着、思慮深い男だった。
しかし、目の前に立つ彼は冷静というにはあまり不自然すぎるくらいに静かだったのだ。
「私はお前の師であり、育ての親だ」
「そこまで分かっているのに、詰めが甘かったな。教えてやる」
カンナは本から杖を引き抜き、彼に突きつける。
魔法の使用が制限されているが、今はそんな事は関係ない。
「師匠は大教士の事をウェントスとは呼ばないんだ。頑なに、な」
「あは──」
目の前に立っていた彼が歪んだ。
まるで絵の具の水を垂らすように、波紋となって広がっていく。
それは一瞬の出来事で、その波紋が徐々に元通りになっていった時、目の前に立っていたのは──。
「いつまでも、どこまでも、ムカつく男ね」
暗闇の髪に赤い毛先、燃えるような赤い瞳。
東部遺跡デザストルにいた、あの女だった。