4 アストルム教団
「第八遺跡での報告は以上です」
アストルム教団、大教士室。
第八遺跡から教団本部へ戻ったカンナ達一行が真っ先に向かった場所だ。
部屋の主はこの教団を主導する、”大教士”ウェントス。
カンナとイリスは、彼に第八遺跡での出来事を報告していた。
「記憶喪失、素性不明。魔法結界の先に居た少女か」
カンナからの報告を受けたウェントスは、少女に視線を向ける。
少女は状況が分からず辺りをきょろきょろとしていたが、ウェントスの視線に気がつきびくっと肩を揺らす。
「君、なにか魔法は使えるか?」
更に、話しかけられて驚いたのか、少女はカンナの後ろに隠れてしまう。
「ははは。懐かれたなカンナ」
「なんで俺に……。お前、どんな魔法を使えるんだ?」
「わからない」
カンナの後ろからそっと顔を出した少女は小さな声で答えた。
魔法はこの星で生きていくには必要不可欠なものだ。
古代から、人間と魔法とは切っても切り離せないものであり、魔法を全く知らずに生きるというのはこの星においては困難だ。
「本当に知らないのか、記憶がないだけなのか」
二人が頭を悩ませていると、横にいたイリスが「あれ?」と声をあげる。
「ねえ、それって剣?」
イリスが言うのは、少女の腰のベルトに下げられた小さな鞘。
確かに柄が見えており、言われるがままに少女が引き抜くと、確かにそれは短いながらも剣だった。
「剣を持っているなんて珍しいね」
「俺も遺物以外じゃ始めて見た。少し貸してくれ」
引き抜いた短剣を少女から渡され、カンナはイリスやウェントスにも見えるように机に置く。
魔法主体として生きている者からすれば、剣は不要のものだ。目にする機会はあまり無い。
もし戦うために帯剣しているとすれば、余程の物好きだろう。
物珍しさに眺めていたカンナは、柄に文字が掘ってある事に気がつく。
「これ、古代言語だ」
「ほんとうだ。えっと……”エンジュ”って書いてあるね」
「あ……」
それを聞いた少女は、ハッとしたように顔を上げ、机に駆け寄る。
「エンジュ……わたしの名前は、エンジュ・ソフォーラ」
三人はほぼ同時に「えっ」と声を上げる。
「名前、思い出した」
そう名乗る少女の真剣な瞳は、決して嘘をついているようには見えない。
本当に名前を思い出したのだろう。
「ヘェ。エンジュ、良い響きだ」
「名前を呼ばれた事で思い出したのか?」
「きっかけがあれば思い出していくのだろう。しかし柄に名前が刻まれているとは。しかも古代言語ときた」
ウェントスは剣をエンジュに返す。
まだ彼が怖いのか、恐る恐るではあるがそれを受け取ってエンジュは慣れた手付きで鞘に戻す。
「エンジュはアストルム教団で保護しよう」
ウェントスの言葉に同意するように、カンナとイリスも頷く。
名前は判明したものの、記憶もなければ魔法の使い方も知らない少女を一人にする事はできない。
この場にいる三人ともが、そう思っていた。
「そういうわけでカンナ。お前が面倒を見てやってくれ」
「……え?」
だが、カンナにとって予想外の出来事でもあった。
大教士の部屋を出た後、カンナとイリスはエンジュを連れて魔法考古学室へ戻ってきた。
エンジュの面倒を見るというウェントスの指示を、カンナは仕方なく受け入れる。
受け入れたからにはと、何も知らないというエンジュのために、カンナによる講義が始まった。
「今は星陽暦9950年。星が滅ぶと預言された年まで、あと50年だ」
エカルラートの説明を聞くエンジュの表情は真剣だ。
「次はアストルム教団の説明だな。イリス」
「はーい、広げるよ」
イリスが大きな一枚の紙を机に広げる。エンジュは興味津々にそれを覗き込む。
それはアストルム教団の組織図だ。
「まず、アストルム教団は大きく二つに分かれている」
カンナが指を差している図の、一番上に書かれているのが教団を統括する"大教士"。
「魔法に関する研究や仕事を請け負うのが法庁。歴史の編纂、星の観測と研究、祭祀を行うのが教庁だ」
"大教士"から二手に線が分かれており、それぞれ"法庁"、"教庁"と書かれている。
「カンナとイリスがいるのは、どこ?」
「俺達はここ」
エンジュはカンナがとん、と指を置くところに視線をうつす。
法庁下にある魔法考古学室だ。
「魔法考古学室ってカンナとイリスだけ?」
「いや、俺とイリス含めて五人だ。今は他の奴らは出払ってるけど、そのうち会えるだろう」
思わず室内を見渡すエンジュ。
本と資料で散らかったこの狭い部屋に、五人。エンジュの考えが見て取れるカンナは、近々掃除しようと決心する。
「あとは……エンジュも魔法を覚えた方がいい」
カンナは乱雑な本棚から手探りで一冊の本を引き出し、エンジュに差し出す。
「私にもできるのかな」
「基礎なら誰でもできる。魔法がないと生活が成り立たないしな」
本に書いてある文字が理解できるのかできないのか、エンジュはただ本をぺらぺらと捲り、眺めるだけであった。