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救星の魔法考古学者  作者: 村崎リラ
第一章 暗闇の魔物
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35 暗闇の魔物クロノス

 切り離され、霧散する暗闇の中からエンジュが落下していく。


 カンナは必死で魔法結界を書いていくが、気が気ではなかった。

 既に崖上からは見えなくなったエンジュの事を気にしない方が無理というものだろう。


 しかし、杞憂だった。


 途中の岩か木に引っ掛かったのか、数分後には何事もないような顔で彼女はカンナの傍へ戻って来たのだ。


「お前、どうなってんだよ……」


 エンジュは暗闇をキっと睨むのみで、問いには答えない。


 先程見せた驚異的な身体能力に、暗闇をも切り裂く剣。

 エンジュの正体について謎が深まるが、今はそれどころではなかった。


──今は、エンジュを信じるしか無い。


 そう思い直して、彼は宙に向かってペンを走らせていった。




「……室長、見ました?」

「見た。あの子、何者なんだい?」


 一方その頃、遺跡では先程の様子を見ていたイリスとクルセイロが唖然としていた。


 落下するエンジュは軽い身のこなしで途中にある岩に着地し、地面に降りて再び階段を使って崖上に登って行く様子が見えたのだ。


「第八遺跡の、魔法結界の向こう側から来たんです」

「結界の向こう側? まさか、古代人とか?」

「あはは、私もそれはないと思ってたんですけどね。まさか、ね」


 思わず二人は無い無い、と笑ってしまう。

 しかし、暗闇からさらに手が伸びるのを目の当たりにし再び真剣な表情に戻る。


 暗闇も何をされているのか理解しているのか、それとも本能的な物なのか。

 伸びる手は二本に増え、両側からカンナに襲いかかる。

 だがエンジュが再び崖から飛び出し、先程のように驚異的な動きで二本とも切り離す。


 そういった攻防が、暫くの間続いていた。




 一通り魔法への”指示”を書き出したカンナは、魔法結界の修飾作業へ取り掛かっていた。


『アストラの少女が作り出した、暗闇の魔物クロノスを封印する』


 これはデザストルの地下から発掘された本からの知識。


『世界を暗闇に陥れた、暗闇の魔物クロノスを封印する』

『光を求め、太陽をも食らわんとした暗闇の魔物クロノスを封印する』


 これはイリスが必死になって、ブラオルイーネであたった文献からの知識。


『再び目を覚まし、星のマナを吸収せんとする暗闇の魔物クロノスを封印する』


 そして、今、この星の人々が対峙している経験。

 いくつもの知識と経験を重ね、魔法結界をより強固なものとしていく。


 そうして重ねられた文字は独りでに動きだし、まるで縛り付けるようにクロノスの周囲をぐるぐると回る。

 クロノスがそれを見過ごす筈もなく、抵抗する。しかし、その度にエンジュによって妨害されている。


 文字は光る帯となって、クロノスの周囲を取り囲んだ頃、ようやくカンナはペンを下げた。


「最後の一文が、魔法結界の名前となる、か」


 そう言うと、ペンではなく自分が普段使っている杖を手にし、どこか必死の様相で抵抗するクロノスを見つめる。


 光る帯は徐々にクロノスを締め上げ、その度に暗闇から叫び声のような地鳴りがする。


「起きたところ悪いが、封印させてもらうぞ、クロノス!」


 グアアアアアアア、という叫び声は、あまりの大きさに地面さえ揺れる程だ。


 崖上に戻ってきたエンジュ、そして崖下の遺跡では皆が見守っている。


 カンナは杖を振り上げる。


「暗闇の魔物クロノスを封印する」


 その声に文字でできた帯は反応し、さらに光を増す。


「魔法結界・オブスキュラ──!」




──暗闇って、意思を持ったらどうなると思う?


 魔法書を作る事に飽き飽きとした少女が、そう口にする。

 その場に居た者達は、頭を捻った。

 

 彼らは時折、こうやって何のとりとめもない疑問を抱いては、議論を交わす。

 それは珍しい光景でもなく、今日もまた少女の突発的な思いつきに乗り気であった。


 ごくたまに、議論が白熱すると、じゃあ実際にやってみようと行動に移す事もある。


 今回も、そんなちょっとした思いつきから始まった。


──かわいい! この子、クロノスと名付けましょう。


 突然意思を持たされ、何が起こったのか理解できずうごうごと動く小さな暗闇を抱きかかえ、少女は笑みをこぼす。

 それはただの暗闇であり、顔もなければ声もない。

 しかし少女はそれを、かわいいと言った。


 それから、彼らは少女の指示により、交代で暗闇の世話をする事になった。


 餌を与えても、食べない。文字を教えても、話さない。此方の言う事は、分かっていないようだ。

 しかし少女にだけはよく懐いていて、彼女が近寄ると真っ暗闇なのにどこか嬉しそうに見えた。


 だが、徐々に不思議な事が彼らの周りで起こり始める。

 世話をしている者が、時折行方不明になる事があった。

 建物内で食べていたものが、まるで時間が巻き戻ったかのように元通りになっていた。


 いつの間にか、建物を覆う程に大きく成長した暗闇に、彼らは恐怖し話し合う。


 そして、少女が不在の時を狙って、建物ごと暗闇を──暗闇の魔物を封印した。




 それから約9000年。


 暗闇の魔物クロノスは、抵抗むなしく再び眠りについた。

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