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救星の魔法考古学者  作者: 村崎リラ
第一章 暗闇の魔物
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21 成り立ちと時代背景

 魔法結界の仕組みは、魔法書とほぼ同じものである。


 魔法というものは古代言語で指示された通りに発動する、というとても単純な仕組みだ。

 そう、仕組みだけは単純なのだ。


 ただその魔法を形作るためにウィルフレドいわく”ひと手間”が必要である。

 魔法を魔法として扱うためのそのひと手間。


 図書室に足を運んだカンナは、それが途方もなく複雑で深い沼である事をまだ知らない。




「どの魔法も基本は同じ。ただ、強度の話となると別らしい」


 カンナは、本を読み要点を書き出していく傍ら、魔法実験室でウィルフレドから聞いた話をイリスに伝えていく。


「強度って、威力のようなものですか?」

「そうですね。魔法書で言えば威力。結界で言えば、その言葉通りの意味です」

「もしかして、強度が足りないと結界が強引に破られる事もある……んですか?」


 ウィルフレドはその問いに頷く。

 イリスにとっても、先程同じ事を聞いたカンナにとっても、にわかには信じがたいことである。


 これまでの遺跡でいくつもの魔法結界を解除してきた。

 その中で一度たりとも、浮かび上がった単語を声に出すという行為以外で解除した事はない。

 そもそも、強引に結界を破るなどという発想が無かったのだ。


「現代人──今の我々では不可能かもしれません。ですが、古代人が作った魔物が相手となると現代の単純な魔法結界では破られてしまうでしょう」

「それじゃあ、どうすれば強度を上げられるんですか?」


 イリスの問いに答えたのは、ウィルフレドではなくカンナだった。


「それでこの本だ」


 積み重なるのは、すべてクロノスが生まれた年代──すなわち星陽暦100年代に関する文献である。

 カンナの言っている意味が分からず、イリスは首を傾げる。


「魔法への指示は細かいが、文言そのものは単純だ。それとは別に強度を上げる為に使われている修飾語があるんだ」

「修飾語って、えーっと……」

「例えば、”分厚い魔法書”の”分厚い”の部分だな」


 ある単語を説明するために付け加えられる文節。

 それは古代言語の習得難易度を引き上げている要因の一つでもある。


 カンナは自身の魔法書『流星』を開く。


「この魔法書は最後のページに、『夜空に流れる星を見たのでこの魔法を思いついた』と書いてある。しかもこいつはかなり威力のある隕石だ」

「そうだね。クロノスを暴れさせるくらいのものだよね、それ」


 第六遺跡でクロノスに飲み込まれた際に、クロノスの腹の中とは知らずにカンナは『流星』によるメテオをその場で降らせた。


 その事はイリスにとっては未だに思い出すと笑えてしまい、今も笑いを堪えている。

 カンナは笑うなと言わんばかりの冷たい視線を向けるが、彼女はそれも気にしない。


「問題だ、イリス。エカルラートに隕石が降った事件はいつだ?」


 横で聞いていたウィルフレドにはすぐに思いつかない問いであるようで、悩む素振りを見せている。


 一方でイリスはすぐに答える。


「星陽暦2677年の夏。一つの巨大な隕石と、小さないくつもの隕石が落下して多くの家屋が倒壊し地形も変化した」

「正解だ。それじゃあこの『流星』が発掘された遺跡は?」

「第三遺跡クラテル。それこそ、隕石の跡地に作られたっていう……遺跡……」


 そこで、イリスは何かに気づいた様子ではっと息を呑む。


 隕石の跡地、つまりクレーターに作られたという比較的新しい遺跡。

 その遺跡から隕石に関する魔法書が発掘された。


 カンナはイリスがその関連性に気づいた事を察し、話を続ける。


「魔法の威力、強度を上げる為に最も必要なもの、それはその魔法が作られた背景だ」


 補足するように、ウィルフレドが続きを話す。


「どうしてこの魔法を作ったのか。何がきっかけなのか。そういった時代背景や筆者の動機となった物を言葉として修飾していく、それこそが魔法の強度に繋がっているのです」


 時代背景。


 魔法考古学でも特に大事なものの一つでもある。

 だがそれがどうして魔法に繋がるのか、いまいちピンときていないようでイリスは眉をひそめる。


「例えば、時事、事件、事故、流行、それに加えて思想、感情なんかがそれにあたりますね」

「思想と感情って。時代背景に関係ないんじゃ?」

「どうしてそのような思想になったのか、なぜそのような感情を抱いたのか、時代的な要因があるだろう」


 そう答えるカンナ自身も納得しているわけではなかった。

 思想や感情などという不安定な要素が魔法を形作っているという事実が受け入れられていないのだ。


 しかし魔法の仕組みについて一から考察している時間はない。


 魔法に関する専門家がそうだと言っているのならば、それを信じるしかないのだ。


「つまり、この『流星』メテオールという魔法は、その隕石落下を目撃した者が作った魔法ということになる」


 今までカンナが形式的に詠唱し、使っていた魔法。

 そういったもの全てに、作った者の動機が隠されている。

 本の後書きにさえヒントが隠されているとは、夢にも思わなかった。


「話を戻すと、魔法結界の強度を上げる為にはその時代特有の修飾語が必要になる」

「つ、つまり……星陽暦100年代に作られた魔物クロノスを封印するためには、その時代を知る必要があるということ?」


 カンナとウィルフレドによる解説を聞いて、イリスは漸く彼らが図書室を訪れた理由に突き当たった。


 彼女だけではない。

 それがどれだけ困難な道程であるか、カンナも知っているのだ。


 何故ならばウィルフレドも含めて彼らは全員学者としていくつかの研究を重ね論文を書いてきた。

 その中で資料の信憑性というものがどれだけ大切なものかを、嫌でも理解している。


 イリスは山積みになっている文献をちらりと見る。


「ここに積んであるのって全部二次資料だよね……」

「ああ。100年代なんて文献も遺物もほとんど出てこない。その中から少しでも当時に近い知識を得る必要がある」


 魔物クロノスの封印。


 これはかなり難航するだろう、ということはこの場にいる誰もが分かりきっていた。

2022年5月7日 タイトル訂正しました。

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