13 古い恋愛小説
カンナが魔法考古学室で缶詰になる事二日。
ロシェンナからの依頼に向き合うカンナと、その横で魔法の勉強をするエンジュ。
カンナは相変わらずエンジュの相手をしている暇はないものの、昨日の事を反省したのかちゃんと目を見て受け答えはするようになっていた。
昨日は不在だったイリスも、今日は朝から魔法考古学室にいる。
彼女もまた、カンナとは別の依頼があるようで、何冊か本を広げながら一人で唸っていた。
「うーん。えー、なんでそんな事するんだろう、おかしい……」
カンナは気にしていないのか、気にしている暇もないのか何も言わずに自分の仕事を黙々と進める。
傍ら、魔法について自主勉強をしていたエンジュは流石に気になったのか顔を上げる。
「イリスは何の仕事をしているの?」
「古代言語で書かれていた小説の内容から、当時の流行を調べているんだ」
「小説でそんなことが分かるの?」
イリスは本の向きを変えて、エンジュにその内容を見せる。
古代言語で書かれているため、当然エンジュには読めないのだが、それでもカンナが必死に睨めっこしている古代文献とはまた違う雰囲気を醸し出している。
「お堅い記録書や歴史書とは違って、小説は作者が生きていたその時代に流行っていた事象、服装、食べ物が反映されやすいからね。ま、その分読むのも難しいんだけど」
「難しいってどういうこと?」
エンジュにとって、それは不思議な事だった。
イリスも辞書片手にではあるものの、カンナ同様に古代言語を読むことができている筈だから。
「小説って、当時の口語や流行語を取り入れてるから、当時の公的な文章を読むより難しいんだよね」
言葉というものは単語を並べただけでは成り得ない。
それが文章、本となればなおさらだ。
文法、構成、本の主題、その時代の流行、書き手の感情、さまざまなものが織り重なって作られている。
エカルラートにおける”現代語”すら、話す事は出来ても読み書きは得意ではないエンジュにとって、古代言語の習得なんて気の遠くなる話であった。
イリスは本をぱらぱらと捲る。
「この本は多分、恋愛小説なんだけど……展開がめちゃくちゃなんだよね。私が古代言語読み間違えたのかな、と思うくらいに」
イリスは開いているページを現代語に訳してエンジュに読み聞かせる。
その内容はどうしてこうなってしまったのかという展開であり、聞いていたエンジュも意味が分からずに首を傾げるばかりである。
「この主人公の男が節操なしなのが悪いよね。親友ならまだしも、年上から年下、挙句の果てには姉や妹にも手を出してとっかえひっかえ……」
更に続きを話そうとするイリスであったが、何も言わないながらも会話を聞いていたらしいカンナが「おい」と言って顔を上げる。
「エンジュに変な話を聞かせるな」
「保護者から止められちゃった」
わざとらしい溜息をつくイリス。
可笑しな話を共有したかっただけなのだろうが、保護者から止められてしまっては黙るほかない。
「でも、こんなにへんな話も読めるなんて、イリスはすごいよ」
そんな真っ直ぐの褒め言葉に、イリスは照れるように笑う。
「ありがとう、エンジュ。でもカンナだったらもっとサクサク読めるんだろうなあ。ねえ、カンナさーん?」
イリスが読んでいる小説とは方向性が違えど、負けず劣らずの難解な本を凝視したきり顔をあげないカンナ。
彼女の言葉は聞こえているのだろうが一切答えない。
一度集中力の切れてしまったイリスは、続きを読む事もなく机に突っ伏した。
「はあ。こんなだから、私は認められないんだろうな」
「認められないって、誰に?」
「師匠だよ。魔法考古学の。カンナの事は認めてるのに、私は半人前だって言われたきりなんだ」
机に突っ伏すイリスにどう声を掛ければいいか分からず、エンジュは思わず助けを求めるようにカンナをじっと見つめる。
それに気がついたのか、カンナは溜息をついてから一枚のメモをイリスの目の前に置く。
「今更、師匠の話をしてるくらいなら、保管室からここに書かれてる物を借りてきてくれ」
「ええー。おつかい? まあ、気分転換にはなるからいいけど」
「エンジュも行ってこい。地下の保管室には行ったことがないだろ」
頷きながらエンジュは立ち上がる。
面倒くさそうにしているイリスも、エンジュが立ち上がったので渋々と机から起き上がる。
二人が部屋を出て行って、漸く静かになった室内で、カンナは再び溜息をつく。
(まさか、イリスが師匠の話をするとは)
半人前だと言われて、目に涙を浮かべているかつてのイリスを思い出す。
(もう何年、師匠の顔を見ていないだろうか)
疲れ切ったカンナの脳裏に浮かぶのは、厳しい表情で兄妹の前から去っていく師匠の姿だった。




