淡雪はマリンスノーとなって
水面から顔を出して天を仰ぐと、青白い稲妻のようなクレバスから淡雪が降ってきた。
綺羅星のように舞い落ちる切片を眺めながら、やっぱり海底に積もるマリンスノーと同じだと納得するのだった。
lulilu lalila lulilu lala……
わたしは、氷河の海に暮らすマーメイド。
いつもは浅瀬で貝や海藻を獲ったり、アザラシさんやセイウチさんとお喋りしたりしているの。
空気は清く澄み、海水も透き通っている美麗な土地なんだけど、ニンゲンさんには寒過ぎるかしらね。
わたしがこの赤い目でニンゲンさんを見たのは、後にも先にも一度きり。
宝石みたいな緑の目をして、まだ髭も生え揃わないくらい若い男の子だったわ。
グリズリーの毛皮を鞣したコートを着ていて、おまけにブリザードで真っ白になっていたものだから、最初、てっきりシロクマさんかと勘違いしちゃったの。
その子に出会うまで、ニンゲンさんは資源の摂理を捻じ曲げる凶悪な悪者だから、絶対に見つからないようにしなさいって教わってたの。
だから、きっと恐ろしい外見をしているんだと勝手に妄想してたんだけど、そんな自分が馬鹿みたいに思えるほど、その子は純朴で優しい子だったわ。
言葉は通じなかったんだけど、雪風が届かない穴場に案内して食べ物を分けてあげたら、すごく有り難そうにしてたわ。
それから何日か一緒に暮らしたんだけど、ある日、その子はわたしが食べられる物を探しに海へ潜っているあいだに居なくなってしまったわ。
背中に負っていた荷物も、表面が乾いたグリズリーのコートも無くなってたし、イルカさんから近くに大きな船が来てるからお気を付けなさいって言われてたところだったから、きっと他のニンゲンさんに会いに行ったんだと思うの。
ちょっぴり寂しい気もしたけど、いつまでも一緒に暮らすわけにもいかないから、ちょうど潮時だったのかもしれないわね。
あの子が出て行った日も、こんな風に淡雪がチラついていたものよ。
だからかもしれないんだけど、陸の淡雪を見ても、海のマリンスノーを見ても、あの子と過ごした、貴重で、幸せだった数日間を思い出してしまうの。
lulilu lalila lulilu lala……