ミジンコと害悪ブタ野郎
「なんで生きてるの?あなた」
と妻のマナに言われて僕はもう死にたかった。
「なんでって言われてもな。よく分からないよ」って僕は言った。
妻と僕の関係は完全にキンキンに夏に飲むビールくらいに冷え切っていた。
「ゲームしてるだけ、その後また寝るんでしょ?もうあなたのいびきは聞き飽きたわよ」
「うるせい」って僕は適当に言った。
コントローラーを握る手に余計に力が入る。テレビ画面を見る目がぎょっと余計に見開く。
僕は人生に絶望してしまった。それは働いてた会社を辞めたからだ。事実上のクビであった。
明日から来なくていいぞ、お前に出来る仕事なんかないぞって。完全なパワハラ。
頭がプッツンって鳴った。聞こえた。響いた。響き渡った。思い切り。
「ゴミクズ! 早く死ね! 地獄に落ちろ! 苦痛の中で死ね! 」って狂うように言った。
僕は人にこんな言葉を言ったことはなかった。でもこんな使ったこともない言葉が口から吹き出てくるほど狂っていたと言うことだった。あいつらもこの僕もだ。
辞めた。辞めた。一番真面目に働いた自信があった。でも邪魔をする奴らがいる。クソくらい。真面目に生きて得するのは、上に行くほどであった。上に立つものだけが真面目に生きることで頭一つ出て評価されたりする。
でも下の者は違った。底辺に行くほど。下の者は必死に下の者の足を引っ張って歩くための足を引きちぎろうとしてお互いに消耗する。せこいことをしたりズルをしたり平気でしまくってさ。それでズルをするから周りより少し評価されてウハウハする奴もいるけれどズルして到達出来るところなんてミジンコみたいなもんだぜ。
底辺ってものはそういう者だ。ああいう奴らってのは心が腐りに腐りきって壺の底に張り付いてるくっさいカビみたいなもんだぜ。
僕は違うって思いたかった。絶対違うと思ってた。あんな腐乱臭ボワボワな奴らと同じわけないと思っていたけど。
でも結果同じであった。
こうしてソファーに汗しみ込ませるだけの害悪ブタ野郎になってもう生きる気力をなくして愛していた妻も環境が悪くなって愛せなくなったし愛想をつかされて愛されなくなった。
汗水流すような仕事ではなかったけれど自分なりに頑張って働いて稼いで家庭にお金を注いでってしていた。それが無くなっただけでもう壊れてしまったようだ。
きっとお金という価値が消えた害悪ブタのこの僕が悪いんだろう。でももう自覚はしていても考えるだけで頭がギュッギュって鳴ってもう無理だってなった。
ゲームに負けると「死ね! ゴミ! クズ! 」って叫んだ。勝ったら思い切り「ざまぁ! 」って言った。
こうなってはもう戻れないと思った。腐乱臭ボワボワでもう死ぬしかなかった。生きる意味なんて妻を不幸にするくらいであった。 そんなお生きる意味とは言えない。
これはもう絶望であった。
それに妻はもう愚痴しか言わなくなった。僕が会社を辞めてから妻は顔の皺を増やしていった。
これはこれはもう死んだ方がマシマシのマシであった。
コントローラーをパッタンとテーブルに置いて僕は立ち上がって言った。
「僕は明日死ぬよ。今までありがとうな」って言った。
「そう」とだけ妻は言った。
ここまでくるともう頭がグニャグニャでグルグルで脳の中をさ迷って意識が宙に浮いていくような気がする。
僕は明日死ぬ。
もう生きる意味なんてないんだ。
生きてちゃ迷惑なのだ。
腐乱臭ボワボワ害悪ブタ野郎なのだから。
明日死にます。明日死にます。明日死にます。
小学生みたいな遺書を書いた。意外と普通に書けた。手が震えるかと思ってた。怖くなって泣き出すかと思っていた。
やっぱり狂っていたみたいだ。間違いなく。
あんなミジンコみたいな奴らに狂わされてとか思った。でももうどうでもいい事であった。
自分はミジンコにやられてしまうくらいのブタだったということだった。
絶望に絶望を重ねていると妻がゆっくりゆっくり黒いオーラを漂わせて近寄ってきた。
最後に何をするというのか。
僕は怖くなって半歩引き下がった。いまさら怖いなんて、って思った。
――妻は言った。
「私も死ぬは」って。
「え?」思考が、時が止まった。
べちゃっと音が鳴った。
すぐに理解できた。
刺された。
「なんで……」
腹に血が滴りながら刺さるナイフを見つめた。ナイフを触ると血で手がベトベトになった。
言葉が出なかった。
絶叫しながらナイフを僕のお腹に突き刺した妻に。
痛い、痛い、痛い。もう無理だ。
血が口からも出た。吐いた。おえぇ。
意識が薄れていく。でもまだ僕は立っていた。
明日死ぬ。明日死ぬ。
腐乱臭ボワボワブタ野郎。腐乱臭ボワボワブタ野郎。
ミジンコ。ミジンコ。
呻いた。血を吐きながら。床にいっぱい血を撒いた。こんな血生臭い死に方は嫌だった。
一度は愛してた妻に刺されて死ぬなんて。
僕はフラッと力を失って思い切りだらりと倒れた。床に打ち付ける何もかもの痛みももう分からない。
まだ目は薄らと見えていた。最後まで僕は見た。
妻はさっき言ってた。「私も死ぬわ」って。
彼女は座り込んで泣いていた。僕のお腹から引っこ抜いたナイフを自分のお腹に向けて必死になにかをこらえている様に。
僕は体に力が入った。また頭がぶちんって言った。
「マナぁぁぁぁあああああ」叫んだ。
何が混じっているかもわからない叫び。怒り。悲しみ。絶望。
「いいのよ。私も死ぬから。あとであの世でまたやり直しましょ」
ザクリ。
あ……………。
僕の隣でマナは先に死んだ。
ピクリともしない。
血が床を這った。
僕の血と混じりあった。
同じ綺麗な赤色だった。
ヌルヌルしていた。
僕は最後まで見た。フワリフワリと羽が生えて飛んだ。
マナはまたあの世でまたやり直そうって言ってたっけ。
ああ。
明日死にたかった。
「生きる意味なんてなかった」だ