表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ホワイトチョコレート

作者: 大鳳葵生

「先輩! 先輩! 朝ご飯作っちゃいましたよ!」


 東北にある女性専用社員寮。一軒家に四部屋あるこの住居には、まだ私と先輩しか住んでいなかった。

 私の名前は好野晴香よしのはるか。就職して一年は地元で生活していたのですが、東北支社の人手不足につき数名 まとめて転勤を言い渡された身です。

 社員寮には一個上の先輩がいるとお聞きして引っ越してきたら、ご一緒になった先輩は今、部屋から這い出ようとしてきました。


「んー。あ、晴香ちゃんおはよぉ」

「おはようございます先輩顔洗ってきてくださいね」

「ふぁぁい」


 そういった先輩は、重い足取りで洗面所に向かっていきます。先輩の名前は白石菜種しらいしなたねさん。

 後ろ髪のロングヘアも人一倍長いのですが、それよりも特徴的な目を覆い隠すほどの前髪である。


「先輩、ごはんよそっちゃいますよ」

「ありがとぉ」


 しばらくして大きなあくびをしながら先輩も着席。ちゃぶ台に並べられた朝ご飯を二人でつつき始める。

 先輩は小食で朝はご飯を茶碗半分くらいと豆腐とわかめのお味噌汁。それから納豆か卵か漬物程度で済ませることが多い。


「晴ちゃんはよく食べますねぇ」

「当然です。朝しっかり食べてこその午前中の活動なのですから。食べなくても平気ではありますが、やはり食べると大きく違います!」

「偉い偉い」

「……むぅ。また子ども扱いですか」


 先輩はいつも私を子供扱いする。年齢だって一個しか違わないし、もっと言えば先輩の方がずっとだらしない一面が多い。

 最初はこの人のこと気の利く優しい先輩だと思ったんだけどなぁ。


「晴ちゃん今日はお休みだけどどうしたの?」

「あー、実はですね。いえ、なんでもないんですよ」

「えー、教えてよ」

「先輩は知らなくていいんです!」


 この一年、この人と一緒にいて一緒に過ごして。優しい先輩のことが温かい先輩のことが好きになっていた。

 次の金曜日はバレンタイン。準備だけしよう。渡せないのに。

 共同生活している女から、本命チョコなんて渡されたらどう思うだろうか。

 きっと気持ち悪がられるに決まっている。

 義理チョコなら渡せるだろうし、それは渡そう。


「それでは私はでかけますので」


 社員寮の扉を閉めてショッピングモールまで移動する。


 バレンタインフェア。色々始まっているんだな。先輩は何味が好きなんだろ?

 ミルクチョコレート。先輩甘いもの好きだしいいかな。

 抹茶チョコレート。先輩優しい人で緑の印象もあるんだなよな。

 ホワイトチョコレートかぁ。ああ、先輩にはこれだな。見た瞬間にこれしかないって思えた。


「後は何を作るか……」


 寮の台所は作っているところが丸見えだから場所も考えないといけない。東北支社には社員寮に入っていない女子社員もいるし、その人のところにお願いして台所を借りるのは……なんで家でって思われますよね。


「作り方を教えて欲しいって言えばいいのでは?」


 早速私は会社の先輩である一色いっしき先輩に連絡したら、即オッケーの返事が返ってきた。この人は優しい先輩だし、料理上手でもあるから不自然じゃない。

 お昼まで時間が経過し、一色先輩のお宅に訪れると、綺麗な一軒家に住まれています。旦那さんがゲームしてお金を稼いでいるとお聞きしていますが、かなりの成功者のようです。


「好野ちゃんいらっしゃい」

「お邪魔します!」


 早速台所でチョコレート造りを開始。何を作りたいかとか色々質問されたり渡す相手の好みを細かく聞かれました。


「詳しいね。相手の好みをそこまで把握しているとなると毎日ご飯作ってるとか?」

「ぶはぁ!? そんな訳ないじゃないですか!!」

「だよね。そもそも、一緒に住んでるの菜種でしょ? もう二年も一緒に働いているのに未だに好みもわからないし」

「……へぇそうなんですか」


 先輩のこと。先輩の好みって同期の一色先

輩でも知らないんだ。もしかして私しか知らないのかな?

 そうだったら嬉しいな。


「一色先輩ってまだ二十代前半ですよね? 結婚を決めるの早すぎませんか?」

「田舎はこんなもんだよ」

「……はぁ」


 東京育ちの私からすれば二十代は結婚しない印象の方が強い。している人もいるけど、結婚を考える人はあまりいない印象だ。

 それに私の好きな人は、この国では結婚できない人だ。どこかで折り合いをつけるべきなのだろうか。


「一色先輩は、結婚して幸せですか?」

「急だね。もちろん幸せだよ? でもね、結婚したから幸せなんじゃない。私にとっての幸せは、この人と一緒にいるから幸せ。だから結婚していなくても幸せだったと思うな」


 この人と一緒にいるから幸せ。わかるなぁ。私も、先輩と一緒にいることが幸せだ。結婚なんて概念にとらわれる必要はない。


「ありがとうございます」

「何何? 私なんにもしてないよ?」

「いえ、その料理もそれから! その! えっととにかくありがとうございます!」


 私がそう伝えると、一色先輩はクスリと笑った。背中を叩かれ頑張れと言われたら、なんだか頑張れるような気がした。


「チョコ何個か作ったけど、二つくらい特別な奴ない? それも両方ホワイトチョコ」

「いいじゃないですか別に!」

「…………好野ちゃんさ。好きな人に本命と義理用意してない?」

「あっ…………そうです」

「わかるな。勇気出ないよね。好きって伝えるの。そんでもって相手には気付て欲しくて…………無駄な遠回りして。それで叶うこともあればそううまくいかないこともある。好野ちゃんはどっちかな」


 そんなこと、行動しなければわからない。わかった後じゃ遅い。じゃあ、どうすればいい?


「一色先輩。先輩ならどうします?」

「私? そうだね、とにかく渡したい相手のことを考えるかな。本命を渡すにしても義理を渡すにしても。受け取った相手が笑ってくれる選択肢。だってそれが私の幸せだから」


 作ったチョコレートは一度一色先輩の家にあずかってもらうことにし、私は社員寮に帰宅した。

 家では、食事もとらずにこたつに肩まで潜った先輩がすやすやと眠っている。


 この人は私からチョコレートを受け取ったら、本命チョコを受け取ってくれたら笑ってくれるだろうか。

 わからない。わからないけど…………笑ってくれたら嬉しいな。


 眠っている先輩を起こさない様に夕飯の支度を始める。シンクには現れたカップ麺の容器。


 先輩お昼ご飯をカップ麺で済ませたんですね。


 しばらくして夕飯の準備が整い、先輩を起こすと私の帰宅にやっと気付いた先輩がにへらと笑う。


「ほらご飯ですよ。起き上がってください」

「晴ちゃん起こしてぇ」

「…………まったく。しょうがない先輩ですね」


 私が先輩を起こすと、先輩は嬉しそうに笑う。


「ありがと晴ちゃん大好きだよ」

「はいはい、先輩は忠実な後輩がお好きなようで」

「もー拗ねちゃって可愛いなぁ」

「ほらとっととご飯食べちゃいましょう冷めますよ!」


 私がそういうと、先輩がふーふーしながらビーフシチューを頬張り始める。


 きっとこの人は、私が本命チョコを渡さない方が笑顔でいてくれる気がする。

 だって私はほぼ一年、同じ屋根の下で過ごした後輩なのだから。

 先輩が笑ってくれる選択肢を選ぼう。それが正しいんだ。


 食べ終わった食器を洗いながら先輩と他愛もない会話する。お昼ご飯もちゃんとしたものを食べてくださいとか。今日は何しにでかけたのとか。もちろん、でかけた理由は一切口にしなかった。


 一応、一色先輩にも誰にも言わないでと言ってあるから平気なはず。


 そして月日はあっという間にバレンタインデー当日になってしまった。事前に一色先輩から作ったチョコレートを受け取っており、会社でチョコを配ったり配らなかったり…………田舎な上におっさん連中は貰えるものとばかり思っている人が多い。というのは私の偏見だが、一色先輩は去年配ったそうだし私もそうしよう。


 ちなみに先輩は誰にも渡さなかったらしい。

 ある意味予想通りだった。


 一通り配る、先輩にもみんなと同じ義理チョコを形式上お渡ししたけど、あとで作ったホワイトチョコレートを渡さないと。

 義理チョコを…………。


 私のことを見ていた一色先輩は、ふいに声をかけてきた。


「もしかして好野ちゃん…………ちょっといいかな」


 先輩に呼ばれて会社の敷地内にある自販機の前に行く。ホットココアを購入した先輩が私に渡してくれた。


「間違ってたらごめんね。好野ちゃんってもしかして菜種のことが好きなの?」

「…………はい」

「そうだったんだ…………そっか、菜種のことがね」


 一色先輩はふわりとした笑顔で笑った。


「難しいね。そういう恋は…………本命と義理。用意したってそういうことだったんだね」

「はい」

「…………菜種かぁ。そりゃ好野ちゃんのこと大好きだろうけど…………そういうのじゃないよね」

「そういうのでは…………ないですね」


 一色先輩からもらったココアは、甘くて温かった。


「でもさ、頑張った好野ちゃんのこと知っている私の意見だけど、好きって気持ちをちゃんと伝えないと相手に迷惑をかける場合もある」

「でも私の気持ちは伝えること自体が迷惑で!」

「そうかもね。だから義理チョコも作った」

「はい」


 私の返事を聞いて一色先輩は私をぎゅっと抱きしめた。


「大丈夫。大丈夫だよ」

「なんですかそれ」

「子供の頃、私を救ってくれた人の言葉。相手もお子様だったからボキャブラリーが少なかった励ましの言葉」

「そうですね、でも温かいです」


 勇気をもらった。貰えた気がした。だから、私は先輩にチョコを渡そう。

 みんなが笑って過ごせる選択肢を選ぶんだ。


 その日の夜、私と菜先輩は夕飯を食べ終えると、先輩からおかわりを要求された。


「ええ? だめですよもう終わりです」

「そんなぁいつもより少なめだよ?」

「いいんです今日はこれでも食べててください」


 私が先輩の前に可愛くラッピングされたチョコレートを置くと、先輩は笑顔になって美味しそうに私の作ったホワイトチョコレートを食べ始めた。


 ハート形に作られたチョコは、私のカバンに埋もれたまま。

 はじめまして大鳳葵生です。

 今回はこういう結末です。

 もっとイチャラブなものにしようかと思いましたが、同性愛を書く際に最初にどういうものにしようか迷った結果、現実的な目線を含んだものを描きたいなと思いました。受け入れられる受け入れられないの葛藤。

 晴香の選択は、菜種の笑顔に繋がると考えた結果の選択肢です。


 ここまで付き合って頂きありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ