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マッチ売りの「青い」少女

作者: 一ノ瀬 スグナ


 誰かの家を訪れる時、ドアをノックするのは当然のマナーです。

 でも、そのお客さんは乱暴でした。


 ドン! と大きな音が出るくらいにノックするのです。


 黒くて大きいお客さんは、半分がもう泥みたいにぐちゃぐちゃになった体でドアをノックします。

 あんまり乱暴なものだから、ドアの方が壊れてしまいそうです。


 乱暴なのはよくないと思います。


 よくない物は燃やしてしまいましょう。


 えいっ。


 さて、ではもう動けなくなったこの人に正しい家の訪ね方をお見せしましょう。


 優しくゆっくりドアを叩いて……


「マッチ。マッチはいりませんか?」


========================


 私の名前はシオ。

 マッチを売り歩いています。

 昔は、行きかう人たちにマッチを売っていたのですが、最近は出歩く人などほとんどいないので、お家を回ってマッチを売っています。

 今日も売り上げは順調です。

 道の端で売っている頃はこんなにたくさんお金をもらえませんでした。

 もっと早く始めていればよかったかもしれません。


「なんだ? シオ。今日はえらくご機嫌だな」


 手に持ったランタンの中にいる炎が、声をかけてきました。

 彼はハウエル。炎の精霊です。


「それはそうだよ。たくさん稼げたから。これでお父さん喜んでくれるかな?」

「え? あっ……。あー。そうだといいな……」


 私の腰につけた袋には、金貨、銀貨、銅貨、それからお札もたくさん入っています。

 お父さんは、お金がとても大好きです。というよりも、お金と交換できるお酒が大好きです。

 ――私のことよりも大好きです。


「じゃあ、シオ。今日は家の方に戻るのか?」

「そうだね。ハウエル」


 私は少し遠くにある、お家の方へ歩き始めました。

 街には人の気配はほとんどありません。

 道路に積もった雪はほとんど真っ白で、あるとしたら、轍と馬の足跡か、人ではないものが通った足跡しかありません。

 短い夏が終わって、冬になってからもうだいぶ経つので、みんな家の中であったかくしているのでしょう。


「今、何月何日なんだろう」

「さぁ? 今となってはまともに数えている奴がいるのかですら怪しいけどな」

「あ、でも神父さんは数えていたよね」

「そういやそうだったな」


 教会の神父さんは、優しいおじいさんです。ただ、やはり神父さんだからなのでしょうか。難しい言葉ばかり話すので、私には神父さんの話がよくわかりません。


「で、どうした? 急に日付なんて気にして」

「いや。大晦日って、あとどれくらいなのかなって。なんとなく」

「お。俺らの結成記念日か! いいね。なんかやろうぜ! パーティーみたいなのをさ」


 ボワッ!

 ハウエルがランタンの中で派手に燃え上がります。ランタンの中が真っ赤に光ってかなり眩しいです。

 私は開いている右手で光を遮りながら言いました。


「別に記念日とか、そういうのを気にしていたわけじゃないんだけど……」

「でも、まぁ。そういうのあったほうがいいだろ?」

「そうなの?」

「俺はそう思うってだけ」


 ハウエルも落ち着いて、いつも通りの答えのわからない曖昧な会話になりました。


「あ、シオ。煤、拭いてくれ」

「自業自得」



 家への道を進んでいく間でも、いくつか灯りの付いた家があったので、マッチを売りに行きました。

 ドアを優しく2、3回ノックして――


「マッチ。マッチはいりませんか」


 家の中ら物音が聞こえてきて、しばらくすると中からやつれた男の人が顔を出しました。眼の下には隈ができています。


「あ、あんたか。マッチをくれ。早く」

「どうぞ。一束10ペルです」

「金ならここにあるぞ。ほら」

「毎度ありがとうございます」


 男の人は投げるように銅貨を渡すと、いそいでドアを閉じてしまいました。

 そんなことは、日常茶飯事なのですが、今日は再びドアが開きました。ほんの少しだけ。


「なぁ。あんた『青い人』なんだろ。だって、そのランタンにある炎も、精霊なんだろ。間違いない、あんた『青い人』だろ」


 か細い声なのに、早口で話すので、私はほとんど聞き取れませんでした。

 代わりにハウエルが答えます。


「まぁ、俺は精霊だけど?」

「やっぱりか! なら、あんたら、向こうの広場にいる化物をやっつけてくれよ! あいつがいるせいで、まともに外にも出られないんだ。それに、もし家にまで来て、お、襲われたって考えたら、おちおち夜も眠れねぇよ! 頼む!」

「ふーん。だってさ。どうする。シオ?」


 細かいことはわかりませんが、どうやら悪者退治をしてほしいようです。

 私はちょっと考えて――


「お金もらえる?」

「あぁ。やるよ! 命が無かったら金なんて意味ねぇ!」


 私は引き受けることにしました。お父さんはお金がたくさんあった方が喜んでくれるはずです。

 

「本気か? シオ」

「だって、後払いだって」

「いや。そういうことじゃないんだけど……はぁ……」


 私はやっていないお店の前にあったベンチで準備をします。

 荷物を背負っていると、邪魔になりがちなので置いておきます。

 お金も……少し心配ですけど、重いので置いておきます。

 そして、いつも薪割りに使っている(ナタ)をベルトに括り付けておきます。

 あと、ちょっとした秘策。ガラスの瓶を腰にぶら下げておきましょう。

 これで準備完了です。


「それじゃあ、行こうか」

「おうよ」


 私は最後にハウエルの入ったランタンの扉を開きました。


 広場には、黒くて大きな塊がありました。

 かろうじて人のような形をしていますが、随分と大きくなってしまったようです。家に入ったら、間違えなく頭をぶつけて、さらに天井を突き破ってしまうでしょう。

 体は泥のような黒い液体に包まれて、ぺちゃり、ぺちゃり、と音をたてていました。


「いくか。シオ」

「そうだね」


 私は広場にバッと飛び出して、化物と向かい合います。

 そして、ハウエルの入ったランタンを天高く掲げて――


「燃やして! ハウエル!!」


 ランタンの中でハウエルが目をつむるほど、激しく輝きました。

 ハウエルの放った火の玉が化物にぶつかって、黒い煙が広がっていきます。


「げぷっ……。どうだ?」


 私は返事をする前に、走りだしました。

 黒い化物がぐちゃぐちゃしたものを私に向かって吐き出したからです。


「くそっ。しぶといヤツだ!」

「ハウエル。もう一回いける?」

「ちょっと時間をくれ!」


 そんな話をしていると、化物がカエルのようにぴょんと跳ねました。

 カエルと違って可愛くないですし、なにより私たちを踏みつぶしに来ています。

 私もおもいっきり地面を踏んで飛び退きました。幸いなことに踏みつぶされはしませんでしたが、化物は目と鼻の先です。

 私は急いで鉈を取り出して、刃の部分をランタンに突っ込みました。


「ハウエル! まとわせて!」


 私はごうごうと燃える火をまとった鉈で、化物を切りつけました。

 泥の奥の固いところにあたった感触がありました。

 それでも化物はひるむことなく、大きな腕を棍棒のように振り回します。私はそれを躱して、二度三度と鉈で切りかかります。

 しかし、何度もうまくは行きませんでした。

 ついに躱しきれずに、振り払われてしまいます。

 私の軽い身体は宙に浮いて、地面にたたきつけられました。

 拍子に鉈を手放してしまいましたが、ハウエルのランタンはしっかりと握っていました。


「ハウエル?」

「いけるぜ。全力を叩きこんでやる!」


 化物が私たち目がけて、走ってきていました。べちゃ、べちゃと走りづらそうな体で、私を叩き潰そうと大きな腕を上げて走ってきました。


「いくよ――」


 私は逃げるわけでも、躱すわけでもなく、腰につけていた瓶を地面に向かって思いっきり投げました。

 ガラスの瓶は粉々に割れて、中に入っていた液体が化物の体に飛び散ります。

 化物がそんなこと気にすることはありません。

 ついに私を捉えた化物はその腕を振り下ろしました。

 そう、そのくらい近い距離でした。


 私はスッと息を吸い込んで――



「燃やせッ! ハウエル!」



 瞬間、激しい光が世界を白く染めました。

 炎が、熱が、あたり一面に広がっていきます。

 ハウエルの力を至近距離で受けた化物の腕は消えていました。それでも、化物はまだ目の前に立ちつづけていました。


「はあーっ!」


 私は眩しさに閉じそうになる目蓋をカッと見開いて、ランタンの持ち手をさらに強く握りました。

 炎が化物の体中を包み込みました。先ほど投げつけた瓶に入っていたガソリンに引火して、化物の身体を焼き尽くしていきます。

 化物は最後にうめき声のようなものを叫びながら、消えてなくなりました。



 とても大変なお仕事でしたが、なんとか終わらせることができました。それなのに、男の人は「別に金額を決めていたわけではない」と言って、ちょっとしかお金をくれませんでした。

 でも、お礼を言ってもらえたのは素直にうれしかったです。


 私はたくさんのお金が入って重くなっている袋を見て、ちょっとニヤニヤしていました。


「元気だな。シオ。オレは疲れちまったよ」


 ハウエルは思いっきり力を使ったので、弱々しい炎になっていました。


「あとちょっとでお家に着くんだよ。ハウエル。そうしたら、お父さんとお母さんにこのお金を渡して、いままであったことをお話ししなくちゃ」

「――そうだな」


 やっぱり疲れてしまっているようで、ハウエルは妙に歯切れの悪い返事をしました。

 ハウエルに会うまでマッチを売っていた街道を通り過ぎて、ちょっと細い道に入って、昔遊んだ小道を進んで……

 私はようやく家まで帰ってきました。

 どこにでもある普通のお家。でも、世界に一つだけの私のお家。


「ただいま!」


 返事はありません。

 開けるドアもありません。


 ただ、そこにあるのは、焼失した家の残骸だけでした。

 黒焦げになって、へし折れている柱の木には雪が積もっていました。


「あ、あれ?」


 思わず力が抜けてしまい、握りしめていたお金の入った袋とランタンが手からするりと抜け落ちました。

 私はしばらく呆然と立ち尽くしていました。



========================



 長かったような短かったような時間が過ぎた。

 私はおもむろにランタンを拾い上げて、ついてしまった雪を払った。


「ごめん。ハウエル。変なことに付き合わせて」

「最初の頃は多かっただろ。こういうこと。『お父さんにお金を持っていくんだ』って」

「そうだっけ?」

「あぁ。だから気にすんな」


そして、ハウエルは「可愛げのあるシオと話すのも、久しぶりでなかなか面白かったしな」と冗談を言った。

私はぼんやりと崩壊した家を眺めた。


「なんで忘れたんだろう。なにもかも自分でやったのに」

「まぁ忘れたっていうより、思い出したってことじゃね?」

「なにを?」

「俺と会う前のこと――ただのマッチ売りの少女だった頃のことをさ」


 あの日。

 もう何年も前の大晦日の夜。

 マッチを売っていた私は流れ星を見た。

 おばあちゃんが言っていた。流れ星が落ちる時、それはどこかで命が消える時。

 その時、命を落としたのは私だった。

 遠のく意識の中で、私はマッチをこすった。

 温かい素敵な夢が見られる気がして。


 そして、私はハウエルと出会った。


「これからどうしようか。ハウエル」

「それはシオが決めてくれよ。俺は自力じゃ動けないんだ。いままでみたいに歩きまわりながらマッチを売るもよし、さっきみたいな化物退治をするもよし、はたまた教会で神様扱いされるもよし――」

「最後のは無しで……」


 神父さんはやっぱり苦手だ。


「どうするんだ? シオ」

「そうだね……。歩きながら考えようかな」

「結局今まで通りってことだな」


 ハウエルは退屈そうにふっと火を吐いた。

 私は手放していたお金の入った袋を持ち上げて、中から紙幣だけを取り出した。


「ん? どうするんだ?」

「冬だから、花の1つも用意できないけど、せめて何かしたほうがいいかなって」

「そういえば聞いたことあるな。どこかの国はなんかを燃やして、その匂いがなんとかかんとかって」

「全然わかってないじゃん……」


 私は呆れながら、硬貨だけが残った袋をカバンにしまう。

 目の前にはちょっとばかり山になっている紙幣。

 あの時と同じこの場所で、同じ言葉を唱える。でも、気持ちは全く違った。あの時は、悲しさとか寂しさとか、いろんな感情がごちゃまぜになっていた。けど、今は不思議と穏やかだった。


「燃やして。ハウエル」


 疲れていたハウエルの炎は弱々しくて、家の1つまともに燃やせそうになかったけれど、紙はちゃんと全部燃えて、風に消えていった。


マッチ売りの少女が元ネタです。

ともかく何か書きたいと思って、書きかけになっていた物語を引っ張り出してきました。

ご意見、ご感想お待ちしております。

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